第367話 第3章 4-3 パオン=ミ

 驚いて身構え、剣を向ける。

 向こうも驚いて、その光を十ほども出して宙へ浮かび上がらせた。

 ガリア遣いだ!


 お互い、まじまじと見合った。カンナはその相手の面立ちと見たこともない色や形の衣類を見て、直感した。こやつ、竜の国の人間ではあるまいか!?


 ひょろっと背が高く、カンナはやや見上げた。冬期用に厚く折り重なった、赤や黒、青い木綿や絹の刺繍が施された前合わせの衣服を着て、大きな黄色い絹帯を巻いている。帯には様々な道具が挟みこまれ、また立派な紐で吊り下げられていた。上着の長い裾がひるがえって、脚もカンナたちと似たズボンをはいているのがわかった。ブーツも似たようなものだが、すべて竜の毛による防寒が施されている。


 顔立ちはカンナとデリナを合わせたようなものに近く、丸顔で鼻も低く全体にのっぺりしていたが、二重の眼が大きくぱっちりとしている。しかし眩しさにきゅっと細めると針のように鋭い。黒髪を頭の上で団子にまとめ、銀の髪飾りがあった。眉が細い。


 そしてガリアは……。


 その両手の指の間に、布のような、紙のようなものが挟まれていた。カンナは、そのウガマール紙のメモ紙みたいなものがこやつのガリアであると理解した。しかも、宙へ浮いている白い炎は、全てこの紙が燃えながら宙に浮かんでいるのだ!


 フレイラを思い出させる、指へ得物を挟んで両手を交差したその構えに、カンナは油断せず、既に小さな稲妻を発している黒剣をつきつけた。


 「そのガリア……」

 なんと、いかにも異邦人の女がサラティス語を話した。カンナが目を丸くする。


 「いかずちを発す黒き剣。そなた……そなたもしや、アーリー様のおっしゃっておった、バスクスというやつか?」


 カンナが大口を開ける。衝撃のあまり声が出ない。出ないが、ややしばらくして、

 「アーリーを知ってるの!?」

 であった。


 「なんたる奇遇!」

 女が笑顔になる。上品ながらも、野味にあふれる独特の佇まいだ。

 「我は、そなたを探しておったのよ」

 構えを解き、指より呪符のガリア「火炎かえん華符かふ」を消した。

 「はい!?」


 カンナは、当たり前だがわけがわからぬ。硬直して、瞬きも忘れ、この暗闇に浮かぶ異邦のガリア遣いを凝視した。幻覚にも思えてくる。


 いやその前に、やはり言葉づかいが変だ。

 「な……なにを云ってるの?」

 気味が悪く、思わず後退る。


 「我が名は、パオン=ミという。歳は十八ぞ。ディスケル=スタルの姫よ。と、いっても、しがない地方領主のな……こうして、サティラウトウまで出張するほど、こき使われておる」


 パオン=ミは、そしてハハハハ、と陽気に笑った。カンナは、まったく状況を理解できない。声も出ず、開きかけの唇を小さく動かす。


 「まあまあ、そう案ずるでないわ。アーリー様の依頼で、我はそなたの手助けに参ったのよ。有り難く思うが良いぞ」


 そう云い、無遠慮にカンナの間合いへすっと入ると、小動物めいて細かく震えるその細い肩へ優しくふれた。その無駄も動く気配も何もない風のような動きに、カンナは成す術が無かった。冷汗がこめかみより顎を伝う。


 「あ、あの……」

 「なんじゃ?」

 「ア、アーリーと……その……どういう……ご関係?」

 「ご関係は、そうさのう」


 パオン=ミ、その細く華麗な動きをする指のあいだよりまた謎の文字だか記号だか絵だかよく分からないものの描かれた札を何枚も出し、宙へばらまいた。すぐさま白く燃え上がり、人魂が浮かび上がって周囲の明度が増す。洞穴内の様子が見え、カンナは光に目を細めた。


 「古くよりの知り合いでの……知ってのとおり、かの御方はダールゆえ、我が幼少のみぎりには既にあのお姿であった。父と……というか、我が家とはずっとつきあいがあったようでな。いろいろと世話になっておる。我が国の王家とも、な。アーリー様の依頼により、王と父の命で、我はいまここにおるわけよ」


 「なんで、こんなところに?」

 それだ。

 「ここにわたしがやってくるのが、分かってたの!?」

 「さようなわけがあるまい!」

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