第361話 第3章 2-2 発見さる

 クシュフォーネの草花そうか自在じざい木果こかはいうまでもなく、ドングリをばらばらと岩山へ打ちつけるや、岩肌を巨大な豆の蔓のような植物が這いずり回り、まばらに生える松などの木がうねって、クシュフォーネを持ち上げる。冬なので豆の蔓はすぐに弱まるが、次から次に新しいものが伸びて、難なく彼女を岩山の頂点へもちあげた。


 そして、頂上へ上がった二人が目にしたものは……。

 「げえっ……」


 二人がほぼ同時にカエルめいたつぶれ声を発し、それからほぼ同時に口を手で押さえて、その声を聴かれまいとした。その距離だから、恐らく聞こえてはいないのだろうが、本能的に手が動いたのだ。


 二人が見たものは、雪深いトローメラ山のふもとの一部より稜線にかけてびっしりとアブラムシのようにこびりついている竜の大群だった。距離があるので黒い点に見えるが、一頭一頭が主戦竜であるので、その一頭の大きさは、十数キュルトはある。しかもその数が、数百はいる。二人はたちまちのうちに悟った。


 「トロンバーには、竜は一頭もいない。すべて、こちらにいる……」

 ことを。


 五百キュルトも上ると寒風が吹き付け、二人は震え上がった。が、寒さだけではない。手足が震える。恐怖だ。歴戦の暗殺者である二人とも、あのような数の竜は見たこともなく、見つかって襲われでもしたならば一巻の終わりということを理解した。


 なるべく、素早く降りて報告し、隊長であるカンナの指示通り一目散に逃げなくては。

 だが二人、手足がすくんで動かない。

 大声で下に向かって叫ぼうにも、その声で見つかったらと思うと声も出ぬ。


 そのまま、しばし岩山の頂上にいたが、何刻もいたような錯覚に襲われた。じっさいは、そうでもない。そうでもないが、下で待っているカンナたちは、頂上が見えないので、二人がどうしているのか不安になってくるだけの時間は過ごした。


 「どうしたんだろ?」

 カンナがスティッキィとメランカーナを見てつぶやいた。二人とも、同時に肩をすくめた。

 「ちょっとお、何か見えるのお!?」


 スティッキィが叫び、岩山の周囲は少し開けていたので、森林に音が吸収されず、トローメラの晴天にこだました。そのため、頂上の二人は落下しそうになるほど驚いた。しかし、黙れと叫び返すわけにもゆかない。とにかく降りて、状況を伝えなくては。


 二人で慌ててガリアを出そうとするも、びびってしまってうまく出なかった。これでは降りられない。


 「なあによお、返事くらいしなさいよお!!」

 またスティッキィの声。ベッカとクシュフォーネが青ざめる。


 すると、その音を聞きつけたのかどうか、眼の良い飛竜たちがたちまち集まりだした。まるで獲物を見つけたカラスだった。突如として上空へ飛来した数十もの飛竜どもを見上げ、岩の下の三人が慌てる。


 「なんで急にい?」

 「ス、スティッキィの声が、大きかったんじゃないの?」

 「いやねえ、カンナちゃん、人のせいにして……」


 「二人とも、ベッカとクシュフォーネの心配をしましょうよ、降りてくる二人を援護しなくては……」


 メランカーナに云われ、それもそうだと、カンナが黒剣を出す。雷紋らいもん黒曜こくよう共鳴剣きょうめいけん! すぐさま上空の飛竜たちに共鳴する。ヴ、ヴ、ヴヴウウン、と振動が起きて、さらに地鳴りのような低い共鳴音が。さらに、ジリジリと電光がほとばしりはじめた。その音と電光が、見る間に大きくなる。


 (こ、これが、噂の……)


 目を見張り、そしてまぶしさに目を細め、メランカーナはさすがに余計な言葉を発しなかった。スティッキィも、カンナが対処してくれるのならと、ガリアを出さずにメランカーナへ離れるよう目くばせする。カンナの邪魔だ。


 カンナは一息に、上空へ向けて音響の塊を発した。

 バアアン!! ガアアァ……! グォッ……オオッ……オオォン……!


 忽然と音がこだまし、吹雪飛竜や毛長飛竜の何頭かが卒倒して森へ墜落する。ベッカが魂消たまげて稜線をみやると、黒々とした点が今の音に驚いて、ざわざわとうごめいていた。


 気づかれた。

 「もう、だめだ、逃げるよ!」


 ついにベッカが叫び、銀麗ぎんれい流帯剣りゅうたいけんを出した。逃げると決めたならば、心が定まってガリアもすぐさま出る。



 「?」


 何かが爆発したような音が遠く響いて山稜にこだまし、ホルポスは不思議そうに氷の窓の外へ眼をやった。柔らかな光がさしこんでいる。ボルトニヤンが作った、蕪や人参、山芋などの根菜とユーバ鱒のハーブスープと、雑穀粥を食べているときだった。食後の、ドライフルーツ入りのパウンドケーキもホルポスの好物だ。

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