第349話 第2章 5-2 暗殺竜
返事をして、さっそく数人の中隊長が命令を伝えに小屋を出た。
その読みは、見事に的中した。
森の前で、一頭の
「やっぱりじゃねえか」
クラリアの読みが当たり、配下のフルト達も瞠目する。
「しっかり、バラけるんだぜ。こんなのが暗くなって何頭も来られたら、手に負えねえ!」
しかし、さらに、クラリアたちは未知の竜に恐怖する。
「大隊長、こいつを」
とある中隊長が持ってきた竜の死骸は、誰も知らない竜だった。まず小さい。そして、
「ウサギじゃねえか」
と、クラリアが云ったが、よく見ると違う。耳が長く、ふかふかの白毛におおわれているが、その手足の鉤爪、そして長い尾、短い顔つきの口中には牙がずらり。まぎれもなく、竜だ。
「なんだ、こいつは……なんていう竜か、知ってるやつあいねえのかい?」
みな、首を横に振る。
クラリアが舌を打った。こんなものが夜陰に紛れ、百も二百も襲ってきたら、どうしようもない。いいように殺されてしまう。
「より警戒を密にするんだ。一人で行動しないで、小隊単位でうごきやあがれ!」
「あねさん、一匹二匹ならまだしも、こんなのがぞろっと来たんじゃ、隠れてる町の連中をまもりきれやせんぜ……」
小隊長に、メストの顔見知りが何人かいて、彼女達だけがクラリアを昔なじみの呼び名で呼ぶ。
「わかってらあ。みっともねえが、暗くなる前に、ダールさんに援軍を頼もう。なあに、数はいらねえ。あの、副官のマレッティっていうねえさんに来てもらうんだ」
数刻後には暗くなる。伝令が走った。クラリアは、短時間でマレッティの隠し持つ「闇」を見抜き、密かに共感を覚えていた。それでなくとも、メストの凄腕を次々に返り討ちにしたというサラティスのカルマだ。味方であれば、これほど頼もしいものはない。たとえ年下でも、ガリア遣いはガリアの実力で上下をつける。それはメストだろうと同じだった。
にわかに第三大隊が動き出したころ、第一、第二大隊での激しい戦闘が、こちらも伝令と共に伝わってきた。外へ出てしばらく歩き、森の端まで来て遠眼鏡で確認すると、雪原の奥、街道方面での第二大隊の戦闘の一端が見えた。
「竜の大将の野郎、ガキだっていうが、大胆に動きやあがるじゃねえか」
「あねさん、感心してる場合じゃ……」
視察に出たクラリアの周囲には、近衛を命じられた四人からなる小隊がいた。その小隊長が、メストでの顔なじみだった。その他の隊員は、一般のフルトだ。
「よし、やっぱりでかいのは向こうに集中していやあがる。こっちは……」
云うが、クラリアが踊りめいた動きで拳を振った。きらりとエッジが光り、流星が明るい雪原に一瞬間、流れる。白い塊は真っ赤に染まって、雪原に転がった。
例の兎小竜だ!
「囲まれていやあがるぜ!」
みな、様々なガリアを構えるが、どこにどれだけいるのか皆目見当がつかない。すさまじい擬態能力だ。
「アアア!」
悲鳴が上がり、見ると、一人の喉元にとびかかった兎小竜が牙を食いこませ、ヂュウヂュウと吹き出る血を啜っていた。襲われたフルトはそのまま倒れ、そこへ雪が動いてたちまち見えなくなる。それはもちろん雪ではなく、この吸血小竜の群れだった。たちまち、全身へ喰らいついて体液を啜った。
「逃げるんだ!」
一人を犠牲にし、残りがいっせいに駆ける。その瞬間、逃げる方向の雪の中から三十キュルトはある巨大なネコめいた雪花竜が一人を襲い、大きな両手で抱えこみながらやはり首筋に牙をつきたてて、たちまち獲物を仕留める。
「行きゃあがれ!」
クラリアが透明なサーベルを構え、立ちふさがった。任侠の果し合いではない。大隊総指揮官を置いて、行けるはずがない。
「あねさんを!」
云われた一人が小柄なクラリアを抱きかかえ、そのまま脱兎のごとく陣へ戻る。氷の刃を発する二股の槍を構え、クラリアのメスト仲間の小隊長は、そのまま一頭の雪花竜と、たちまち体液を吸いつくした十数匹の兎小竜を相手に奮戦したが、やがて倒れた。クラリアは、必死の形相で自分を我が子のように抱いて走るフルトの腕の中で、無表情でその様子を見つめていた。
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