第343話 第2章 3-3 氷湖の罠

 急激に静かになり、ユーバ湖から、冷たい風が吹きつけた。

 「ちょっとあんた~、スターラ語わかる~?」

 フーリエが何を思ったか、バーララに話しかけた。


 バーララ、口元の覆面をぐいと開け、にやっと笑って、

 「スコシ、ワカル、デスー」

 などと、たどたどしいスターラ語を高い声で発した。


 「あんた、どっから来たの~? 名前は~?」

 バーララが親指でグイと山脈のほうを指し

 「ガラン=ク=スタル、イウデスー。ワタシハー、バーララデスー」


 バーララを囲むフルト達、フーリエが何を考えているのか図りかね、心臓の鼓動を速めて唾をのみ、しっかりと周囲の状況を判断する。


 攻めこんでいるフルト達がさらに打ち合わせ通り竜の群れを分断し、各個撃破しつつあった。群れを取り仕切るバーララさえ釘づけにしておけば、このていどの毛長竜の群れなど、どうとでもなる。


 だが、それはバーララも分かっているはずだったが、やけに余裕の表情で、ニヤニヤしてガリアもひっこめたままだった。


 「バーララ~? いま降参するなら~、命は助けてあげなくもないわよ~? こっちは~、竜とだけ戦ってるんですからね~」


 バーララがそのゴーグルも額へ上げ、鳶色のくりっとした瞳を向け、不思議そうな顔つきで小首をかしげたので、フーリエはもう一度大きな声を出した。


 「降参~! するなら~! 命だけは~! 助けなくもない~わよ~!? 云い回し~難し~い~かな~!?」


 確かに難しいかもしれない。フルト達が心配そうにバーララを見た。

 だがバーララは笑顔で右手を上げ、

 「ダイジョブー、デス-、コウサンハー、シマセン、デスー」

 にこやかに白い歯を見せた。

 「へえ~え~、しないんだ~」


 フーリエの声が、若干低い。フルト達がフーリエに視線を移して、ぎょっとした。目が殺気に冷たく光っている。


 思わず、一歩、二歩、下がった。

 「じゃあ~あ~、死んじゃってもいいのね~~!?」


 瞬間、フーリエのガリア「丸縁まるぶち銀牙ぎんが円盤えんばん」がうなりをあげてバーララを襲い、バーララがガリア「速射そくしゃ氣短矢弩きたんやど」で応戦する。的確に円盤を撃ち払い、さらに周囲のフルト達のガリアですらも、その手元に銀短矢が突き刺さる。フーリエとバーララが走りこみ、バーララは雪に沈まない竜毛皮の靴で深雪を進んで、厚い氷に覆われた湖へ向かう。フーリエもガリアで雪をかき分けてそれを追う。その間、振り返ってバーララが銀矢を幾度か発射し、フーリエが円盤を飛ばしてそれを迎撃した。それが足止めとなり、先に湖面へ降りたのはバーララだった。


 フーリエがにやっと笑い、急いで自らも湖面まで追いつくや、円盤を上空から縦に氷の湖面へ打ち付け、回転させて走らせる。氷を割ってしまえば、バーララは湖に沈んで凍死するだろう。


 だが、フーリエのガリアが割る前に、バーララの足元の氷が勝手に割れた。

 「!?」


 やんぬるかな! バキバキと音を立てて氷の下より現れたのは、見たこともない巨大な竜だった。氷河竜をさらに一回り大きくしたような……しかも、長い銀色の雪光を反射する首が三本も立ち上がり、その真ん中の一つにバーララが飛び乗っている。水かきのついた大きな前足が音を立てて波打ち際に氷水を打ち上げ、甲羅はないが亀みたいなずんぐりとした身体も出現する。首は、三本ともその一つの身体から伸びていた。これまでに知られていない、竜の国の多頭竜だ!


 「あ、わ、わわ……!」


 フーリエに従うフルト達が、その恐ろし気な声と姿に腰砕けになった。さすがのフーリエも奥歯をかんで渋面じゅうめんする。


 時間稼ぎをしていたのは、バーララも同じであった!

 「こいつ……~ッ!」

 フーリエ、即座に撤退を指示した。



 4


 その白銀にきらめく長い首と、吐きつける三斉射火炎の照り返しは、アーボ隊からも確認できた。あんなバケモノが出てきたのであれば、第一大隊は総崩れだろう。


 「アーボ、どうすんのさ!?」

 アーボはそれでも動じなかった。

 「アーボ!!」


 炭の入った簡易暖房具の横で、鎧を鳴らし、アーボは立ち上がった。周囲の何人かが、ついに出るかと表情を変える。


 「あれは囮だよ」

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