第340話 第2章 2-4 竜騎兵の撤退

 その瞬間を待っていた!


 アーリーの全身が火の塊となり、人間を短時間で炭化させる温度のプラズマを斬竜剣へ集め、投擲の姿勢をとると氷鎧ひょうがいを脱いだ竜の腹めがけて投げつけた。剣は離さなかったが、剣先から、竜めがけ巨大な炎弾が発射される。


 一直線に命中する。

 トロンバーの空が、真っ赤に染まった。


 爆風と爆音はカンナのそれとは異なり、破裂音というより強烈な燃焼音だった。火だるまとなった氷河竜が空中でひっくり返って、爆炎を上げながら真っ逆さまに墜落する。たちまち全身が燃え上がって、たまらず悶えながら自らの冷却ガスで火を消すが、腹が焼け焦げていた。


 氷河竜は情けない悲鳴を発し、胴を共鳴させながら四つ足で走って一目散に吹雪の夜の奥へ消えてしまった。しばらく走ってから、風をつかんで再び宙へ舞い上がり、夜空へ消えたのが発光器の軌跡で分かった。


 アーリーは、大きく息をついた。



 その様子を、マレッティも目撃していた。雪雲の垂れこめる漆黒の夜空が赤々と焼け、上空の雲がそれを反射して不気味な赤黒せきこくにその身を染めた。


 フルト達も、息をのんでその光景を凝視した。


 マレッティにしてみれば、あれほどの規模は珍しいとはいえアーリーの得意技など見慣れたものだが、フルト達は魂消たまげて声も無い。まさに天変地異の出来事に思えた。

 そんな硬直したフルトめがけ、またも、闇の中からあのガリアの短矢が飛んできた。マレッティが気配に気づいた時には、もう、背の高い一人が胸へそれを食らって呻きながら横倒しになった。心臓まで貫かれ、唸っていたがすぐに無言となる。


 「敵だわ、ガリア遣いよ!」


 マレッティが光輪をばらまき、入念に周囲の暗がりを消す。思わぬ方向から煌々と照らされ、思わずまぶしさに額へ手をかざしたのは、薄い褐色肌に黒髪を髷に結った、中柄な女だった。服が見たこともない装飾に満ちている。


 「何者なの!?」


 マレッティが光輪を三つ、投げつける。そのガリア遣いは口元だけのぞかせて、不敵な笑みを浮かべると右手のガリアを構えた。機械式の、連射可能な弩、すわち特殊クロスボウといったものだった。機械式と云ってもガリアなので、その機構は意味がないというか、飾りに過ぎない。太く短いガリアの矢を連続で発射し、ガリアなので自在に軌道を操ることができる。


 ガリア遣いは聴いたこともない言葉で何か云いながら、マレッティの光輪めがけて断続的に矢を撃ち、寸分違わず飛行すると命中し、光輪を破壊した。


 「こいつ……!」

 マレッティが瞠目している間に、人物はサッと踵を返し、闇に消えた。

 「追え、追うのよ!」


 しかし、ガリア遣いはなんと、毛長飛竜の背中に乗って、たちまちのうちに夜空の奥へ去ってしまった。


 マレッティたちは、茫然とその後姿を見送った。

 (あれが……竜騎兵ガルドゥーン……)


 デリナに話を聞き、マレッティは竜の国にいるという、竜へ乗るガリア遣いを知っていた。あれがそうなのだ。するとあの聴いたことのない言語は、ディスケル=スタルかどこかの言葉なのだろう。


 雪が、また止んできた。

 時刻的には、既に昼近いのだろう。

 東の空の地平の向こうから、ぼんやりと明るくなってきた。

 誰かが、くしゃみをした。



 3


 明るくなると被害の全容が分かってきた。竜たちが暴れていた時間は、短いようでなんだかんだと半刻はあったようだ。なにせ視界も悪かったし、竜が素早く移動しても建物などに阻まれ、追いつけない。その隙に損害の拡大を招いてしまったようだった。


 「こういう戦闘が、スターラで行われることも想定しなくてはならない」


 アーリーが重々しく云い放つ。その意味では、よい予行演習になったのだろうが、それにしては被害が大きい。


 凍結、延焼、建屋破壊でトロンバーはほぼ半壊していた。いくら主力の氷河竜をいきなり投入してきたとはいえ、完全に虚を突かれた。人的被害に関しては、一部町民の避難が始まっていたこともあり、住民の被害は百人ほどといったところだったが、移動を開始していたヴェグラーが、一部戻ったり、そのまま移動したりでかなり混乱し、三十人ほどの死者を出していた。その中には、あのガルドゥーンに殺されたものがかなりいる。二十人近いことがその傷跡から判明した。フルトの被害はほとんどは、竜ではなくあのガルドゥーンだ。


 「本命は、氷河竜ではなくこっちだったか」

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