第282話 ブーランジュウ

 ファーガスは驚いてその伝令のガリア遣いを見つめた。いままで、自分へ意見することなど一回も無かった、忠実な伝令だ。そもそも伝令とは余計なことを云わないのが前提で、云われたことを確実に伝えるのが任務であり価値だ。


 「貴様、珍しく物を云うと思ったら、云うに事欠いてバグルスごときの手を借りろというのか? どうかしているぞ」


 「手を借りるのではなく、利用を……」

 「おなじことだ」

 ファーガスは鼻を鳴らし、顔をそむけた。

 「では、あのバグルスよりの依頼はどうするのです!?」

 「ほうっておけ」

 「なんですって?」

 「あんなのにかまっている場合ではない」

 「しかし、あのバグルスの背後には、ダールが……」

 「それは、どうとでもなる」


 伝令は黙りこんだ。ファーガスは大きく息をついた。きっと、ファーガス組織の主要な暗殺者たちが一気に殺されて、動揺しているのだと思った。


 「心配するな。それに、そもそも、バグルス風情がでしゃばる問題ではない」

 「バグルス風情とはどういうことだ?」

 「なに……?」

 再び顔を向け、ファーガス、息を飲む。伝令の目が赤く光っている。

 「き、きさ……」


 伝令の身体が変貌する。幻術か。それとも変身か。ファーガスの部屋の中に、二十キュルト(約二メートル)近い体格の大柄な女が現れた。ランプの灯を背にして影を作り、両目を含めた全身の発光器が竜めいて赤く光っている。影の後ろには、ぞろりと蠢く長い尾があった。その広い肩が、怒りで戦慄いていた。


 「ぅお……」

 ファーガス、思わずガタンと椅子を引いて腰を浮かしかけたまま固まった。

 先程とまるで異なる、深いアルトの声が響いた。


 「おまえたちこそ、まるで役に立たん。何がメストだ。カルマの連中に、手も足も出ないではないか」


 ファーガスの身体が、怒りと恐怖でとふるえだした。大柄な影が小首をかしげて、ファーガスを見下ろす。


 「下手に出ていれば、どこまでもつけあがりよる。が、ガラネル様の崇高なる理想の手駒にすらならん。うまくわたしを使っておればよいものを……。もう猶予は無い。こんなゴミどもの陰へ隠れているなどと……。ガラネル様には悪いが……」


 やおら、引きつるファーガスの首をバグルス・ブーランジュウの片手がつかみ、締め上げながら捻って、その口をこじ開ける。そこへ鎌首をもたげた尾の先がつっこまれ、喉の奥へ大量の毒液が流しこまれた。


 「ごぉお……ごぉぶ……ぶほぅ……ッ」


 ビクビクと痙攣して、ファーガスは白目を向いた。毒液の成分は胃から急激に血中へ吸収され、全身の皮膚がやや青みがかって白くなった。尾が引き抜かれ、ブーランジュウが手を離すと、ファーガスは白目のまま、どっと椅子の背もたれへ身体を預けた。


 ブーランジュウが低いドスの聴いた声を発した。


 「いいか、貴様は覆面と手を組み、カルマ共へ暗殺者を総動員してその足止めをする。いいな。わたしが全て差配しておく。わたしが、ギロアの仇を討つのだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る