第242話 謀略
砦の中には既に原油から立ちのぼった可燃性のガスが充満しており、石造りの砦の中はたちまち炎にくるまれた。盗賊たちの生活用品や貯めこんだ盗品が燃え、かつて窓だった穴より煙と火が噴きあがる。それが砦をおおう植物に引火し、砦全体がたちまち業火に包まれた。
さらに、周囲の立ち木へ引火する。
「に、逃げましょうか、カンナさん」
思いのほか早く広がりだした炎と煙にライバが慌てだし、奪われた荷馬車へカンナを連れて飛び乗ると、器用に馬を操ってその場を後にした。荒れ地で揺れながらカンナが振り返ると、轟々と森が炎に包まれている。
「ひゃー……」
カンナはあまりの火の勢いに驚きを隠せなかった。あんなことをしてしまって、本当に良かったのか。
「カンナさん、ちょいと急ぎますよ」
え? まさか?
カンナが何か云う前に、ライバは荷馬車ごと瞬間移動を開始した。
5
地平線の奥の冬木立の森のど真ん中より、もうもうと黒煙が上がって、隊商がどよめきだした。火が、晩秋……いや、初冬の風に乗って瞬く間に森林を嘗めて行く。夕暮れに近いが、明日の朝まで待ってライバとカンナが戻ってこなかったら出立しようと打ち合わせが終わったころだった。
「ふ、ふ……」
仁王立ちで両腕を組んだアーリーがうれしそうな笑みを浮かべてその狼煙を見つめた。後ろからフードをとらないマレッティが近づき、もそもそとそのフードの奥より聞こえにくい声を出す。
「あんな腐れ盗賊ごとき、カンナちゃんが本気を出したんなら、虫みたいにひねり潰されたでしょおねえ」
「問題は、盗賊ども相手に本気を出せるかどうかだったが、問題なかったようだな」
「そうかしら……まだ、急にキレるところがあるから。キレた後で我に返って、落ちこむかもよ」
「それを繰り返して、
「たぶん、護衛のガリア遣いもいたでしょうけど」
「そんなもの、カンナの敵ではない」
「でしょおねえ。盗人の用心棒ごときじゃあねえ」
その会話に耳をそばだてつつ、バーケンも、何とも云えぬ複雑な表情で黒煙を見つめていた。つまり、意外さと、カンナを見直す気持ちと、自らの計略が失敗した苦さだった。
(まさか、あのマヌケ面の小娘が、あの盗賊団を打ち破るとは……いや、しょせんはあんな三下のガリア遣いが相手をするような器ではなかったということか。逆の意味での。腐っても、サラティスのカルマ……か。デリナとかいうダールを一騎打ちで追い帰したのはアーリーではなくあの小娘だという噂は、本当なのやも……?)
バーケンの瞳が、細く、底知れない闇と光をたたえはじめた。考えを改め、計略を練り直さなければならない。
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