第233話 追跡
が、その隙に、御者の死んだ一台の荷馬車を他の盗賊が手早く奪っていた。シィッ! と鋭い息の音を合図にし、盗賊たちはまんまとその一台を強奪することに成功した。街道を外れ、パウゲン馬を巧みに操り、小麦を満載した荷馬車が原野を去って行く。
「カンナさん、追いましょう! あれ一台で、どれだけの損害になるか!」
ライバがそう叫び、有無をいわさずカンナの手をとって、その場から瞬間移動した。
3
二人は執拗に、かつ巧妙に荷馬車の後を追跡した。ライバの瞬間移動は、最大で五百キュルト(約五十メートル)ほどであるということだった。
「これが、あたいのガリア『
そう云って大きな、食肉を解体するブッチャーナイフを見せる。いかにも使いこんでいるような鈍い血の錆が浮いて、脂で霞んだ地味な光を放っている。握り手に巻いた布も剥げかけているという、不思議な外観をしていた。たいてい、ガリアというのは新品でビカビカに光っているものだが。
二人は街道からかなり離れた、森の一角まで荷馬車を追い続けた。瞬間移動ができるので、盗賊達に気づかれないよう、慎重に後をつけることに成功した。
そして、彼らの根城であろう古代の要塞跡に、日暮れ前にたどり着いたのだった。
森の外れの木々の合間より、二人はその小さな古城を見つめていた。
カンナは、慣れない瞬間移動に長い時間つきあわされ、完全に酔った。まるでパーキャスでの船酔いを思わせる酔い方だった。まさに、移動する瞬間、景色が一瞬で狂い、空間が把握できなくなるのだ。
「ぅおぇえっ……」
冬を前にした枝だけの大きな落葉樹へ、胃液を吐きつける。
「だいじょうぶですか? 慣れないとどうしても……ごめんなさい。無理に連れてきちゃって……」
ライバがたまたま持っていた水筒から、水を飲ませてくれたので助かった。
「い、いいえ、わたしこそ……びっくりしちゃって……いろいろと……」
「サラティスでは、ガリア遣いが盗賊なんか退治しないのでしょう? 驚くのも無理はないですよ。でも……あの隠れ家のなかを見たら、あいつらが、竜よりも憎む相手だと分かりますよ……」
ライバの声が急に低くなったので、カンナはむしろそちらが気になった。いったい、あの古い石造りの砦跡で、盗賊達が何をやっているというのか。
古代の砦といっても、街道を監視し、警護する出城以下の本当に小さいもので、既に建設より数百年が経過し、かつ廃棄されてからも最低でも二百年は経っているもので、この季節は枯れた植物の合間に石の壁がかろうじてのぞいて見えるという有様だった。往時は、この出城を中心に衛士などの宿舎や厩も周囲にあって小さな町というか村を形成していたというが、現在では竜の住処にはなっていようとも、とても人が暮らしている痕跡はない。
だが、盗まれた馬車があったし、大きな馬もまだつながれたまま、荷物も置かれたままだ。
と、その枯れた植物の合間の暗闇より、幽鬼のごとくふらふらと、影の薄い人間が現れた。まるで壁から溶け出てきたかと思うほどだ。意外にも、歳の頃はカンナの同じか少し上の少女だった。だが、背が小さくやたらと痩せ、茶髪の髪も伸び放題で本当に幽鬼に見えた。しかもなんとこの寒空にほぼ全裸で、布切れのようなものを肩からひっかぶっているだけだった。あまり愛らしいとはいえない顔は憔悴と絶望で見る影もない。不思議なことに、半開きの口よりのぞく口中には、上も下も、前歯が一本も無かった。虫歯で抜いたのか、抜かれたのか……。なにより、下腹部がふくらみかけている。身ごもっているのだろう。
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