第230話 襲撃前夜
「云いたくはありませんが、都市政府の中に盗賊団とつながっている者がいて、街道をわざと未整備にし、獲物……すなわち襲撃対象である我々を狙いやすくしているのではないかという噂まで流布する始末でございます」
中間地点へ入る前日の夜、たき火の前でバーケンがアーリーにそうつぶやいた。
「盗賊と役人が……な。下っ端同士の話ではあるまい」
「左様で」
根が深そうだとアーリーは感じた。
「明日は特に注意をお願いします」
「わかった。そうしよう」
アーリーはその日、夜遅くまで周囲の暗闇を凝として見渡していた。
カンナは、底冷えのする地面へ竜革の敷物をしいて、震えながら雑穀粥で満たされた椀をすすっていた。どうにも寒い。先日は霰も少し降った。たまらなく寒い。風呂に入りたい。
周囲を見渡しても、みな無言で食事をしている。荷車が十二台といっても、最後の二台は五十人からなる一行の食料を積んでいた。マレッティはいざ出発すると、フードをいちどもとらずに、まったく無言だった。水飲み場で顔を洗うときすら人知れず行っている。カンナはそんなマレッティの態度を最初は不審におもったが、アーリーが何も云わないのでそのままにしておいた。代わりに、ライバがよく話しかけてくる。おかげでカンナはすっかり聴くだけならスターラ語を理解した。話すのは、まだ苦手だったが、いずれ慣れるだろう。その代わり、微妙にサラティスと綴りや形が異なるスターラ文字はまだ読めない。もっとも、読む機会もなかったが。
ライバはカンナの横で火に当たりながら、いっしょに木のスプーンで粥をすすって、
「カンナさんは、どうしてサラティスからスターラへ?」
「カンナさんだなんて……年下だし、カンナでいいですよ」
「とんでもない。ガリア遣いは、自分より強いガリアを遣う人には、少なくとも敬意は払うものですよ。年齢とか関係ありません」
「そうですか? サラティスじゃ……みんな……」
カンナは言葉につまった。いまでは、侮蔑や敬意どころか、恐怖の対象だった。
「それより……わたし、良く分からないの。仕事のこと……アーリーの指示の通りに戦ってきただけ。竜を倒してね」
「たくさん倒した?」
「そうでもないけど……だって、わたし、今年の夏前にバスクになったばかりだから」
「そうなんですか」
「ライバさんは? ベルガンへはどうして?」
「あたいは、スターラとベルガンを、行ったり来たり。隊商の護衛の仕事で」
「竜は倒さないの?」
「スターラは、サラティスほど竜は出ないんですよ。そのわりにガリア遣いはいるから、みんな仕事が無いの」
「ふうん……」
カンナは、ふと「メスト」のことを聴こうと思ったが、怖くなってやめた。あの、スターラの裏のガリア遣い、暗殺者たちのことを。パーキャスで戦った、シロンやマウーラは、ライバのようなスターラのごくごく一般的であろうガリア遣いからは、どこまで知られていたのだろうか。
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