第214話 青波紋唐草取手付青銅様水盤

 「ガラネルでも無いだろうから……デリナか、ホルポスか。確かに、誰でもいいよ。ボクなんかをそれほど必要として、また、恐れているのが不思議なくらいさ」


 「ダールの考えることは、人には分からないわあ。あんただって、しょせんはダールなんでしょお? 何を考えているか分からないし……」


 「それにしても、どうしてデリナかホルポスの手下が、アーリーといっしょにいるんだい? アーリーは……知らないんだろ?」

 「なんだっていいって、云ってるでしょお……」


 マレッティが鈍く光る細身剣を出した。明度を押さえてある。闇に浮かぶ、薄い光輪。しかし、威力は変わらないのである。彼女のガリアは、暗殺にも使える。


 と、リネットが音もなく走り出して逃げた。マレッティは光輪を飛ばしたが、はずした。足が速い。舌を打って追いかける。


 リネットは港の端から道沿いに進むと海岸に下りて、暗い海が光る岩場に逃げこんだ。どういうつもりか。マレッティが慎重に後を追う。


 マレッティは、リネットが云っていた、そんなすごいガリアは遣えないという言葉を信じていなかった。罠かもしれない。慎重に慎重を期して、リネットを探す。町から陰になったのを幸いに、光輪を三つ四つ飛ばしつけて空中に浮かせ、照明とした。眩しさに顔へ手をかざすリネットが、岩場に立っていた。波が足元を濡らしている。


 「……どういうつもり? 自らこんな逃げ場の無い場所に……おかしいわね。一気に行かせてもらうわあ……」


 と、マレッティがリネットの胸元に注目する。何か持っている。

 ガリアか。

 「なによそれ」


 それは、青緑の青銅色に光って見える、器だった。盆というか、平鉢ひらばちというか。簡素な波の模様が掘られており、耳のような唐草の把手がついている。


 「その洗面器が、あんたのガリア!?」

 リネットは微笑むだけで、答えない。

 マレッティは思わず安堵し、鼻を鳴らした。

 「洗面器で、あたしとやろうっての? なめられたものねえ」


 「ルル・ク・キールン・リネッタラ・バセッタラの名において……青皇竜……そのを示しておくれ……」


 「なに云ってんのよお!!」


 光輪が幾重にも出現し、マレッティの剣の振りに合わせて飛び散った。弧を描いて、天地左右よりリネットを襲う。さらに、先だってのサラティス攻防戦で仲間のフレイラを襲った、剣先から線のごとく細くした光線を出し、袈裟切りにリネットへ斬りつけた。


 その全てが、反射して砕けちった。

 「えっ……」


 リネットの周囲に、一瞬にして水流が生まれている。その流れが、光輪や光線をも砕いてしまったのだ。


 海の水か。いや、ちがう。海水ごときで、自分の光が遮られるわけは無い。あれは、ガリアの水だ。では、どこから水が出ているのか。答えはひとつだった。リネットのもつ平鉢から、大量の水が溢れ出ている。


 「これがボクのガリア……青波紋唐草取手付青銅様水盤せいはもんからくさとってつきせいどうようすいばんさ。大したことはできないけど……自分の身くらいは護れるよ」

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