第164話 カルビアーノ

 (わたしが見えるお店……)


 昨日、バルビィに連れてゆかれたあの飯屋しか当てがない。が、場所が良く分からない。たしかこの近くだと思い、とにかく暗がりの中を彷徨った。もともと狭い町であるし、覚えのある匂いをたどって、なんと、三軒裏の通りにその店はあった。我ながら、自らの食い気による執念に感心する。


 「カルビアーノ」


 昨日は気づかなかったが、そう、看板にあった。サラティス語だ。が、意味がわからないので、おやじの名前だろうか。


 そっとドアを開けると、ランタンの光が漏れてカンナは眼を細めた。よい匂いとパイプの香ばしい匂いが充満し、酒の匂いも混じる。狭い店なので混んでいたが、おやじはカンナを認めると手招きした。カウンターの隅に席を作ってくれる。


 「今日は、バルビィのやつは仕事か」

 「さ、さあ……今日は会ってないんです」

 「あいつは、ギロア様の信頼が厚いからな」

 「へえ……」


 ギロアにすら本心を隠し、周囲にもそう見えさせているのは、バルビィの手腕なのだろう。


 「たっぷり食べていきなよ。払いは、いいから」

 「あの……ギロア……様は、どういった……」


 「ああ、来たばかりだから、あまりよく分からないのか? いい御方だよ。七、八年まえにぷらりと来られて……いろいろと、竜のことをおっしゃられて。最初はみんな不審に思ってたけど、じっさいあの御方が竜とのつきあい方を実戦してくれるものだから。ここらじゃガリア遣いも少ないし、竜をうまく扱えるのなら、高いカネを払って遠くからガリア遣いを呼ぶことも無いしな。はい、おまっとう」


 うまそうな出汁だしの香りが鼻につく。先日と同じ種々の磯の魚介のスープにパーキャスの常食である魚肉ダンゴがたっぷりと入ったもの。ひよこ豆と雑穀の雑炊、焼いたオマール貝、それにカニ肉と海藻を酢で和えたもの、ウニと大きなハマグリの蒸し物が出た。


 カンナは、生まれて初めてこんなに魚介を食べている。じっさいうまいのだが、

 「……ここの人達は、お肉は食べないんですか?」

 「食べるよ。だけど、量がなくってなあ。年に一、二回だな」

 なるほど、ハレの日の料理ということか。竜は食べないのだろうか?

 「食べるよ。しかし、竜はまずくってなあ」

 やはり、まずいのか。


 おやじは他の客の相手をするため、離れてしまった。カンナは無言で黙々とそれらを平らげ、最後にまたハーブティーを飲んで、帰ることにした。


 「ごちそうさまです」

 「ああ、また来なよ」

 「ねえ、おじさん」

 「カルビアーノってんだよ」

 やはり、店の名はおやじの名だった。

 「カルビアーノさん……竜は、ここの人にとって、どういうものですか」

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