第120話 嵐の予兆

 ただ、ここ十年ほどは、この街も竜の進出に脅かされて、ウガマールやストゥーリアから出張してきたガリア遣いが常駐している。防波堤は、防堤も兼ねていた。


 「海生竜か……」


 潮風に紅い髪をなびかせ、町を見下ろして、アーリーがぼそりとつぶやいた。そろそろ、竜の気配がする。


 海生竜というのは、いったいどういう竜なのだろうか。この時期の強烈な浜風は、内陸から飛んでくる軽騎竜をも押し戻すという。そのかわり、水平線の向こうからその海風と波に乗って、完全に水中に適した竜が現れる。それらを海生竜といい、都市国家が金を出して退治している。リーディアリードには、サラティスとウガマールの竜退治出張所があって、ガリア遣いたちに仕事を依頼し、竜を退治させているはずだ。町の規模からして、サラティスでいうコーヴ級数人をリーダーに、モクスル級が二十人ていどはいるだろう。


 「ま、竜退治が目的ではない。さっさと船を探して、出発しよう」

 アーリーは町へ向けて坂を下り始めた。

 


 陸路で大量の物資を運ぶのはコストとリスクが伴い、特にウガマールからストゥーリアへ小麦を輸送するのは必ず海路だった。この海路を死守するのは、ストゥーリアを餓死から守ることと同義だった。北方のストゥーリアでは、大麦やライ麦はよく採れるが小麦は気候変動と連山の噴火による土地の変質のせいで壊滅的な収穫量の低下に見舞われており、ウガマールからの輸入にほぼ全量を頼っている。ウガマールを出発してラクトゥスからリーディアリード、そしてベルガンまでたどりつきさえすれば、蟻の行列めいた人海戦術でストゥーリアまで食料を運びこむ。


 町はこの時期、今年最後の定期便を待つ人々で賑わっていた。冬になれば、低気圧で海が荒れ、大型の帆船は半年近く休む。


 しかし、であった。

 「嵐がきているだと!?」

 人で混み合う都市政府の港湾事務所で、アーリーは声を荒らげた。

 「冬の嵐にはまだ早くないか!?」


 「そうなのですが、現実に……この時期の嵐は十年ぶりですが、ここまで大きいのは記録にありません」


 マレッティもカンナも、騒然とする事務所の待合室内を見渡した。彼らも、予定が全て狂う。特にベルガン向けの小麦運搬貨客船は、もしかしたらこのまま春まで運行休止ともなれば大損だし、なによりストゥーリアの食料計画に大幅な狂いが生じる。ストゥーリア政府の役人も、必死の形相で喚いていた。


 そのストゥーリア訛りのサラティス語に、マレッティは深くフードをかぶった。

 「スターラを見殺しにする気か、なんとか船を出してくれ!!」


 スターラ、とは、ストゥーリアのことである。本来はスターラといい、サラティス語でストゥーリアという。


 (そういえば、わたし、ストゥーリア語は分からないなあ……)

 カンナは、ぼんやりとそんなことを考えた。

 ごった返す事務所を後にし、とにかく港へ向かってみた。

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