オルゴールの上の人形――歌手ジャーメイン・スチュワート

 その歌手の存在を知ったのは、全くの偶然だった。


「キング・オブ・ポップ」ことマイケル・ジャクソンが急逝した時、中学時代に中古でアルバム“Dangerous”を買ったきりの私でさえ、彼の死に大きなショックを受けた。


 動画投稿サイトyoutubeで彼の曲のショートフィルムやまだあどけない黒人少年だった「ジャクソン・ファイブ」時代の映像等を取り付かれたように繰り返し閲覧したのを覚えている。


 一つの大きな存在の喪失は、それに先立つまた別の大きな存在の消失をしばしば彷彿させる。

 私にとっては香港スターの張國榮レスリー・チャンがそれで、マイケルの動画と並行して生前のレスリーの映像もyoutubeで検索する対象になった。


 Youtubeを利用された方ならお分かりかと思うが、このサイトでは一つの映像の閲覧者には関連する別の映像が提示される仕組みになっている。


 レスリーの動画を閲覧する内に、彼と同時期に香港で活躍した男性歌手グループ草蜢(別名grasshopper)の「烈火快車」という曲のプロモーションビデオも目にした。


 ちなみにこの草蜢は男性三人の構成やメンバーの年配、風貌からしても日本の少年隊に似た(あるいはどちらかが似せたのかもしれない)グループだ。


 率直に言って、彼らの映像自体は「二昔前のアイドルグループ」という観ていてやや気恥ずかしい印象以上のものはなかった。


 しかし、歌われている楽曲のリズムには一聴して引き付けられるものがあり、メロディには繰り返し聴きたいと思わせる力があった。


 その動画に付されたコメントには、「これはJermaine stewartのWe don't have to take our clothes offのカバーだ」という趣旨のものがあり、興味を覚えた私はすぐさま“Jermaine stewart”の名でオリジナル曲の動画をサイト内で検索した。


 マイケルやレスリーの比ではないが、それでも多数の映像がヒットし、この“Jermaine stewart”が相応に有名な歌手らしいこと、そして、“We don't have to take our clothes off”はその中でも動画の投稿数が多いことから、どうやらこの歌手の代表曲らしいことが何となく察しが付いた。


 視聴した“We don't have to take our clothes off”のプロモーション動画に出てきた“Jermaine stewart”ことジャーメイン・スチュワートは、手足の長い、華奢な体にスーツを纏い、黒いストレートのロングヘアに白い帽子を被った黒人男性だった。


 中性的に高音のボーカルといい、軽やかに踊る振り付けといい、一見してマイケルを思わせた。


 マイケルと違って不自然に白い肌やいかにも人工的な目鼻立ちではない。


 しかし、黒人らしからぬストレートヘアや子狐じみた小さな顔、常人離れした細く長い手足は、マッチョを売りにする向きの強い黒人男性歌手としては明らかに異色であった。


 風貌のタイプとしてはこれも黒人歌手兼俳優のウィル・スミスに似ていなくもない。


 だが、飽くまで黒人男性として優男やさおとこという感じのウィル・スミスに対し、ジャーメインは長髪のせいもあってか、もっと女性的な印象が強い。


 加えて、露骨に誘惑してくる女性に対してどこか困惑したように笑う動画中の表情からは、どことなく同性愛者的というか、トランスセクシャルな雰囲気もほの見える。


 それでも、切れ上がった小さな目と同じく尖った小さな顎が特徴的なあどけない顔立ち、骨組みからして華奢な体型のせいか、メディアでしばしば揶揄的に取り上げられるゲイの男性にありがちな、粘着質ないやらしさや陰湿な空気は不思議と感じさせなかった。


 その後、いくつかの曲のプロモーション動画を見たが、この印象が変わることはなかった。


 むしろ、オルゴールの上で流れてくる音楽に合わせて踊る人形に似たノスタルジックな肉体感の乏しさ、おとぎ話に出てくるハーメルンの笛吹きのような浮世離れした印象が強まっていった。


 目にした映像の多くが一九八〇年代から一九九〇年代前半までのカラー映像で、経年による画質や音響のざらつきの目立つものだったが、それが余計にその映像の中で歌い踊る人や時代へのノスタルジーを誘うべールのように感じた。


 マイケルのようなアクの強さや過剰なまでの存在感には乏しかったが、そうした線の細さも含めて、古き良き(というほど昔ではないかもしれないが)時代のアーティストというか、ソフトフォーカスの懸かった映像に似つかわしい人に思えた。


 いくつか例を挙げると、まず、デビュー曲の“The Word Is Out”。

 日本語にすれば「言葉は要らない」といった意味合いのタイトルだが、プロモーション動画中の彼は何事か事件を起こして指名手配されている犯人のようである。

 白黒に刷られた自分の顔写真を収めた指名手配の貼り紙を尻目に街を一人歩いていく彼。流れてくる曲は、スリリングというよりは、不安や寄る辺なさを切々と訴えるような歌声である。

 プロモーションビデオの構成として歌手としての彼がダンススタジオらしき場所で歌い踊るパートも交互に出てくるので、ドラマとしてはあまり厳密に作られたストーリーではないが、ラストの彼は恋人らしき女性と二人で連れ立って歩いていく。

 立ち去った後の路地には、冒頭に出てきたのと同じ白黒の彼の指名手配の貼り紙が一枚舞い落ちるカットで終わっている。

 アーティストを指名手配犯というかお尋ね者に仕立てる演出自体はプロモーションビデオとしてはありがちかもしれないが、ハリウッド映画風のコメディタッチではなく、一貫して都会的な虚無やメランコリックな雰囲気を強調している点に独自性を感じた。


 次に、これも初期に出した“I like it”。

 鐘の音が鳴り響く時計塔のある街並みを赤いトラムバスから走っていく風景が映り、恐らく舞台はロンドンと思われる。

 夜、橋の上をジャーメインと恋人の女性が歩いている。

 盛んに肩に手をかけようとするジャーメインを女性が頑なに退ける動作から、どうやら二人が痴話げんかをした直後らしいと察せられる。

 そこにふと通りかかったタクシーを呼び止め、彼女はそのまま車に乗り込むと彼を置いて走り去ってしまう。

 一人、取り残されるジャーメイン。

 そんな彼の前に、御者の操る馬車や昔風のベールの付いた帽子で着飾った女性などが次々とモノクロの幻影として現れる。

 歴史ある街に住み着いた陽気な幽霊と思しきこの白黒の人物たちが入れ替わり立ち代わり現れて彼を驚かす一方で、ジャーメイン本人も白いシルクハットとジャケットを纏い、タップダンス風の振り付けで歌い踊るシーンが処々に挿入される。

 ラスト、冒頭で彼女が乗り込んだタクシーを探し当て、ジャーメインも合流する形で同乗する。

 振り向いたタクシーの運転手の顔は、先ほど彼を驚かした御者の幽霊と瓜二つ。

 一瞬、引きつった表情を見せるジャーメインだが、すぐに気を取り直して笑顔に戻り、恋人たちを乗せたタクシーはそのまま夜の街路を走り去る。

 誰もいなくなった橋の下を流れる川の水面では、ベールの帽子の女性の幻影がはしゃいだように笑っており、その謎めいた笑顔が大写しになって物語は終わる。

 素直な見方をすれば、ディズニーランドの「ホーンテッド・マンション」に出てくるような愉快な幽霊たちが、喧嘩した恋人たちを再び引き合わせ仲直りさせてくれたと取れるラストだ。

 しかし、どこへともなく画面から走り去ってしまうタクシーと底抜けに明るいだけに却って不可解で不気味な女性の笑顔からすると、若い恋人たちを幽霊の仲間に引きずり込んだのではないかとも思わせる。

 カラーの映像に合成された白黒の人物たちもそうだが、何より主人公であるジャーメインの、普通に道を歩いている場面であってもわずかに浮遊していて靴底に泥が付くことはないのではないかと思わせるような生活感のなさ。

 それが物語全体にメルヘンチックであると同時に少し不気味な味わいも与えている。

 ジャーメインの軽やかな身のこなしをオルゴールの上の人形のようだと先にも書いたが、彼の歌声もどこかオルゴールの音色に似ている。

 率直に言って、男性歌手としては声量に乏しいので、その点で食い足りない感触を覚える人も少なくないと思われる。

 だが、オルゴールの金属質な高く細い音色が止まった後も耳の底に尾を引いて残るように、鋭くハイトーンな彼の歌声も、特にこの曲に関しては冒頭で鳴り響いていた鐘の音と相まって忘れ難い感触を残す。


 そして、個人的に一番琴線に触れたのは、“Tren De Amor”だ。

 歌のタイトルはスペイン語で英語に直訳すれば“Love Train”すなわち「恋の列車」といった意味になる。

 彼としては後期に出した曲で、プロモーション動画中のジャーメインは、あどけない風貌こそ変わらないものの、特徴的だったストレートヘアから鳥の巣のようなドレッドヘアに変わっていた。

 この曲の歌詞は、恋愛のときめきや誘いかけを率直に歌った、明るい内容である。

「嫌なことなんか忘れて早く恋の列車に乗ろう」

「さあ乗ろう、約束した場所に連れて行くから」

「チケットなんて要らないさ」

「パーティを始めよう」

 要所を抜粋すればそんな感じの歌詞が最後まで続く。

 しかし、それまでのハイトーンボイスと打って変わって、地声で穏やかに話しかけるような低めのボーカルとスローテンポなメロディを聴いていると、そこはかとない憂いが漂っているようで、どうも額面ほど浮かれた気分を歌っているようには感じられない。

 間奏で流れるハーモニカの震えるような音色がまたどこか切なげで、ある種の郷愁や喪失感を増幅させる効果を果たしている。

 私の観た限りでは、この“Tren De Amor”のプロモーション動画は二種類ある。

 一方は、短めのドレッドヘアに茶色のジャケットを着た彼が、白いかすみが懸かった背景を後ろに時折子供や複数のバックダンサーを交えて歌う。

 もう一方は、長めのドレッドヘアに真っ赤なジャケットを着た彼が、鏡の間のような背景に立って一貫して独りで歌う。

「恋の列車」と題しているにも関わらず、どちらのバージョンも現実的な風景を映し出すことはない。

 もしかすると、「恋の列車」とは「銀河鉄道の夜」でジョバンニとカンパネルラの二人が乗り合せたような存在で、夢幻的な車窓の風景に見惚れている内に、どちらかが姿を消してしまう可能性も秘めているのかもしれない。

 そんな不安をかすかに覚えてしまう歌と映像の組み合わせである。

 時には酷くおどけた表情を作って「一緒に乗ろう」と歌いかけるジャーメインだが、その実、誘いかけている本人が白い霞の彼方か、合わせ鏡が無数に織り成す扉の奥に消え入ってしまうかのような危うさが漂っているのだ。


 歌手ジャーメイン・スチュワートのプロフィールについて説明すると、英語版のwikipediaによれば、彼は一九五七年九月七日、オハイオ州コロンバスに生まれた。


 マイケルが生まれたのが一九五八年八月二十九日だから、年齢としてはジャーメインの方が一つ上である。また、マイケルの出身はインディアナ州ゲイリーであるから、この二人は隣り合う州に相次いで生まれた計算になる。


 ちなみにジャクソン兄弟の五男だったマイケルには、幼い頃は双子のように良く似ていた年子の四兄マーロンがおり、また、兄弟の中で彼に次いで活躍した三つ違いの三兄の名はジャーメインである。


 そうした事実を念頭に置いて見ると、遺伝子的な意味での血縁こそないものの、マイケル・ジャクソンとジャーメイン・スチュワートでまるで隣の県に住み合う従兄弟いとこ同士のような近しい印象が生じてくる。


 それはさておき、十一歳で兄弟たちと「ジャクソン・ファイブ」として歌手デビューしたマイケルに対し、ジャーメインの方は十代に入ってから最初はダンサーとして活動を始めた。

 そして、ジャクソン・ファイブが常連歌手として出演したテレビ番組「ソウル・トレイン」のバックダンサーや歌手グループ「シャラマー」のバックコーラスを経て、一九八三年、二十五歳で前述した“The Word Is Out”でメジャーデビューした。


 世界的なヒットになったマイケルの“Thriller”のリリースが一九八二年十一月だから、マイケルが正にキング・オブ・ポップになるのと前後して、ジャーメインは初めてミュージックシーンに正式に姿を現したのである。


 私が最初に彼の歌う映像として視聴した“We don't have to take our clothes off”は、一九八六年、ジャーメイン二十九歳の時にリリースされ、合衆国内のビルボードで五位、イギリスでも二位を取り、彼の曲としては最大のヒットとなった。


 しかし、一九九〇年代に入ると目立ったヒットはなくなり(ちなみに私が中古で買ったマイケルの『Dangerous』は一九九一年に出た)、一九九七年、ジャーメインはエイズの引き起こした肝臓癌で亡くなった。三十九歳だった。


 代表曲“We don't have to take our clothes off”は「僕らは服を脱ぐ必要はない」といった意味のタイトルだ。


 これはエイズが危険な性病として認知され始めた時期に、「セックスではなくプラトニックな恋愛を大事にしよう」というテーマで作られた歌だという。


 彼は、自らが予防を訴えかけた病に斃(たお)れたのである。

 この死因については、

「彼は同性愛者で、そうした相手との性的接触からエイズ感染して死んだ」

「麻薬を仲間内で回し打ちした結果、エイズに汚染された針に当たって感染した」等、

ネット上でも様々な憶測が流れているが、真相は不明だ。


 ただ、彼の晩年を映した写真や映像は今のところ目にしてはいないものの、最盛期ですら少年のように華奢だった体が病魔に蝕まれて死ぬ頃にはどうなっていたのかを想像すると、何とはなしに背筋が寒くなるのを覚える。


 マイケルは五十歳で亡くなったが、ジャーメインはもっと短命だった。歌手として活躍した期間もずっと短かった。


 Youtubeにはジャーメインの死後に彼のヒット曲を取材したテレビ番組もアップされており、また、死後数年経った二〇〇五年に彼の兄弟たちによりトリビュート・アルバムが出されたとの記述がwikipediaに見受けられるから(ジャーメインにも兄弟はいたのである)、米国では相応にビッグネームだと言える。


 だが、私のように普段は洋楽に全く無知な人間にとって、生前はその最盛期においてすらジャーメイン・スチュワートの名を聞き知る機会はなかった。


 彼が亡くなった当時にはまだ普及もしていなかったインターネットでの気まぐれな検索の積み重ねが、偶然に彼の存在を引き当てたのである。


 あの時、クリックした映像が一つでも違えば、私は今でもジャーメイン・スチュワートという歌手がかつていたことすら、知らないままだったかもしれない。


 マイケルが巨星だとすれば、ジャーメインは彗星だ。実体は瞬く間に姿を消しても、偶然その輝きを目にした私の中では残像が尾を引いている。


 実際には大人になって初めて知ったにも関わらず、私にとって、子供の頃に繰り返し螺子ねじを巻いて聞き続けたオルゴールの音色のような感慨を引き起こす歌い手です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る