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AIも解けない謎のドラマへの応援コメント
これでしょうか?
1. The Crooked Man (曲がった男)If you remember the old man dying peacefully in his sleep at the very end of the episode, it is "The Crooked Man".
The Plot: Holmes investigates the death of Colonel James Barclay. At the end of the episode, Holmes and Watson trace the tragedy back to Henry Wood, an old, physically deformed former soldier who was betrayed by the Colonel decades ago.
The Ending: Henry Wood is an old man who has lived a life of immense hardship. At the end of the episode, after telling his story and being cleared of murder, he passes away peacefully in his sleep. The coroner rules that the Colonel died of apoplexy from the sheer shock of seeing Henry.
作者からの返信
ご教示どうもありがとうございます。
ネットの動画を確認しましたが、残念ながらこちらではないようです。
編集済
このエッセイ(?)は、見事な解説になっていると思います。
米国南部では、異人種間の婚姻が1960年代末期まで違法でした。勿論、この映画の舞台となった1920年代もそうでした。異人種間の恋愛もタブーで、南部では、リンチの対象になっていました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E5%AF%BE%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%8B%E3%82%A2%E5%B7%9E%E8%A3%81%E5%88%A4
北部と言われる州でも、1900年代初頭まで違法だった州もあったのだと思います。小泉八雲となったラフカディオ・ハーンは1900年代初頭にはオハイオ州シンシナイティで新聞記者をしていた時期に、黒人(性格には白人と黒人の間に生まれた)女性と結婚していて、新聞記者としての職をクビになったと言われています。その後、ニューオーリンズで記者をした後、日本へやって来たはずです。https://president.jp/articles/-/103314
もう一つ、付け足したいのは、米国の黒人女性の間では、白人男性と付き合うことがタブー/ジレンマになっていました。それは奴隷時代に白人のオーナー達に性的な虐待/迫害を受けていたからだと理由だそうです。親族の女性達からそう言われ続けていると言っていた大学院生にも出会った事があります。70年代から80年代は、本当に黒人と白人女性のカップルは時々見ましたが、逆は物凄く稀でした(西海岸を除いては、もっと稀だったのが、私と妻の様なアジア人の男と白人女性のカップルでした)。黒人女性が白人男性を受け入れる様になった理由の一つが、黒人男性の収監率が物凄く高い事でした。近年、黒人女性が社会的・経済的に優れた地位に上り詰めても、相手に相応しい黒人男性の数が少な過ぎると言う傾向にあるのです。
作者からの返信
おはようございます。
こちらにもコメントどうもありがとうございます。
人種間の分断の歴史は本当に苛烈なようですね。
私の妻(米国籍の白人)の母方の親族はアトランタ周辺の出身で、今でもほとんどがそこに住んでいます。労働階級者が多く、今でも、黒人に対して偏見を持っているのは確かです。最初に出会った時は、私への差別的な思考を警戒しましたが、今まで、私の前で、そう言う発言や行動を見せる親族はいません。しかし、黒人のことを平気で「ニ◯ー」(まるにはガを入れてください)と呼ぶ人は少なくありませんでした。黒人社会でも、白人に対する偏見は、実は、白人の黒人に対する偏見よりも強く残っています。残っていると言うよりも、現在系で強調されていると思います(彼らが日常的に経験する差別的な扱い等によって)。それでも、現大統領を支持するアフリカ系米国人もいます。
未だにプランテーションだった建物や土地はのこっており、見学できるので、米国南部へ来られた時には、訪れてみて下さい。白人の住むマンションの豪華さと、黒人達が住んでいたほったて小屋の様な住居の差を見れば、両方の生活の差が、ある程度想像できます。
もう一つ付け加えたいのは、米国でも、黒人男性が選挙権をえたのは、女性(白人黒人も)よりも先だったと言うことです。白人社会による邪魔は入りましたが。
作者からの返信
おはようございます。
コメントどうもありがとうございます。
「南部の唄」でも主人であるジョニー一家の住む邸宅と使用人であるリーマスおじさんの住む小屋では非常な差がありますからね。
確かに黒人民権運動の主だった指導者も男性ばかりですね。
黒人女性は二重の差別の下に今も置かれているのでしょう。
短編集「指輪」を読んで――魅惑の森瑤子作品への応援コメント
森瑤子さんは、バブルの象徴みたいな、?
「連想ゲーム」に出演してましたよね。
僕もたくさん読んだことあります。
「スカーレット」ていう、翻訳もあったよね?
ずいぶん丁寧に読み込んでますね😊
また、読ませていただきたいです。
作者からの返信
おはようございます。
コメントどうもありがとうございます。
私は1982年生まれでして森瑤子さんが亡くなったのは小学生の時で、初めて作品を読んだのは死後数年経ってからでした。
生前のメディアでの活動については残念ながら記憶に無いんですよね。
「風と共に去りぬ」の続編(ミッチェルではなく別の作者によるものですが)「スカーレット」の翻訳もされていましたし、そちらも読みました。
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羽衣の流れ着く先はへの応援コメント
こんばんは。
お話を伺って、『田辺聖子の今昔物語』(角川文庫、1993年)に載っている『さらわれた姫君』(「巻三十(八)より」とのこと)という話を思い出しました。ある大納言の姫君が、恋に落ちた内舎人(うどねり)に誘拐され、陸奥の安積山(あさかやま)に小屋を建てて暮らすことになったが、内舎人が食べ物を調達するため何日か小屋を留守にしていたあるとき、我が身を憂えたのか懐妊して体が弱っていたのか、姫君が亡くなってしまい、帰ってきた内舎人も悲しんで亡くなってしまう、という物語です。
吾妻さんの考察を拝見した後だと、羽衣天女に似ているように思えてきます。天界と地上の差は身分の違いを思わせますし、水浴びを盗み見たというのは垣間見を、男が羽衣を盗んだというのはむしろ女自身を盗んで貴族の邸宅に戻れないようにしたことを指し、女が羽衣を取り返して天に帰ったのは女が亡くなったことの暗喩(掛詞的な婉曲表現)、という考え方もできそうな気がします。
田辺さんは「京では、さらわれた姫君の噂は、いつもあることでございます」(p.111)とまで書いていますし、『伊勢物語』にも姫君をさらう話があるので、似たような話は他にもあって、貴族に限らず噂されていたのかもしれません。もしくは、飢饉などの際に貴族の女性が強盗に襲われた話が、羽衣天女の物語に変化した可能性もあるかもしれない、などと思いました。
作者からの返信
おはようございます。
興味深い考察ですね。
「羽衣天女」は確かに貴賤結婚の暗喩ですから、そうした貴族女性の誘拐婚の投影はありそうですね。
私と一才しか年が違わないんすね…僕は83年生まれの41歳で後厄です💦
作者からの返信
コメントどうもありがとうございます。
おっしゃる通り、私は1982年生まれで今年43歳になりました。
あまり厄年って気にしたことないですね。
誕生日、生日《ションリー》、birthday。への応援コメント
誕生日おめでとうございます^^。
43歳なんてまだまだこれからですね。
私も同じことを上の世代の方々から言われるのでしょう。
作者からの返信
ありがとうございます。
確かに人生八十年(まで生きられるか分からないけど)なら私はまだ折り返し地点を過ぎたばかりですね。
なぜ自分は書くのか。への応援コメント
ゴッホは生前一枚しか絵が売れなかったというのは嘘らしいですが、そりゃ売れればいいけど、売りたいというモチベーションでは描いていなかったのかなとも思います。当時も売れ線の潮流というものはあったと思うので、売れるように描くこともできたでしょうね。いや、それができなかったから現在評価が高いのかもとは思います。
なにかそんな事を思いました^^。
作者からの返信
おはようございます。
ゴッホの絵は前衛的過ぎたんでしょうね。
私は自分の作品がゴッホの絵のような前衛性のあるものとは思いませんが。
なぜ自分は書くのか。への応援コメント
宮沢賢治は、生前たった一冊の本しか残しませんでした。ご存じ『注文の多い料理店』ですね。
他の作品は、住まいの天井裏に仕舞ってあった手帖のようなものに書き記してあったものが、死後発見されたそうです。
書聖人とも言うべき人ですが、生前の実績はほぼゼロです。それが良いか悪いかは、受けとる人次第なのかもしれませんけれど──
私のように、紙に書いて残していない人間の作品は、どうなるのかと考え、少々怖くなったりして、一冊くらいは本の形にしておくべきか、などと下心を出したこともありました。
電子の海は世界に繋がっています。
可能性だけなら、当時とは比べ物になりません。ですが、あまりに広いその海で拾い上げて貰うのは容易ではありませんね。
私自身は、爪痕も残せるか定かではありませんが、少なくとも何人かには読んで貰えた、その事が励みにもなります。
作者からの返信
おはようございます。
コメントどうもありがとうございます。
宮沢賢治の場合は確かに生前本は一冊出していますが、本人が何が何でも世間で作家として知られたいと野心を燃やしていたかは疑問ですね。
私も出版業界に一時期だけ勤めていたので晴れて作家になり本を出しても今は本自体が売れない時代だとは知っています。
確かにネットには完結長編で殆ど全く読まれてもいない作品は無数にありますし、私の作品もその一つだという自覚はあります。
繰り返しになりますが、コメントどうもありがとうございました。
夢の国から――東京ディズニーリゾートを訪れてへの応援コメント
コメント失礼します。
先ほどは拙作を読んでいただきありがとうございました。
先日行ったときのチケット代は中人料金で9000円でした。春休みだということもあり一番高い値段でしたが、思ったより空いていました。閑散期の一月あたり(今年は例外でしたが)に行くと、空いているかつホテル・チケット代が安いと言われていますが、それでも昔と比べると倍以上に値上げしていますね……これはビックリです。
FSはオープンが一年三か月延期したので、「これは大丈夫か?」と心配でしたが、入場した時はとても感動モノでした。本当はFS内のレストランに行きたかったのですが、モバイルオーダーのみ(カード決済)だったので諦めてニューヨークデリにしました。そういえば、ディズニーってペイペイ使えないんですよね……これは疑問です。
長文失礼いたしました。
作者からの返信
拙稿へのコメントどうもありがとうございます。
去年私たちが行った時には公式ホテルにはやっと素泊まりで予約が取れたくらいで開演前には長蛇の列でしたね。
ハイシーズンのチケット代は中人と大人で大差ないですね。若い人が気軽に行ける値段でないことで客離れしているのかも。
思い出の映画館と作品、俳優たちへの応援コメント
早稲田松竹懐かしいです。当時付き合っていた女性と『未来世紀ブラジル』を見に行って終始爆睡されたことを思い出しました。
作者からの返信
コメントどうもありがとうございます。
私も誘ってもらって一緒に観た映画で爆睡してしまったことがあり、今でも申し訳ないです。
昭和は遠く、まだ近くへの応援コメント
かつての日帝のアジア侵略によって、どれだけのアジア人が塗炭の苦しみを強いられたか、その反省の欠片すらない日本人をアジアの人々が相応の視線で見つめるのは当然過ぎる話。それを「反日」という暴力的な言葉をぶつけて恬として恥じない今の多くの日本人のありようにクラクラさせられるものがあります。
作者からの返信
ご高覧及びコメントどうもありがとうございます。
私も今の日本人のアジア蔑視には自信や余裕の無さが感じられてそちらに暗澹とします。
編集済
映画「世にも怪奇な物語」の世界――第三話「悪魔の首飾り」への応援コメント
初コメント失礼します。
ポーの世界とは離れてしまいますが、同時代を舞台にしている(60年代後半~末期)、同じ酒に溺れた落ち目の俳優が主人公という共通点もあってか、タランティーノ監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド('19)」をも想起させます(同作内の主人公ダルトンにはブースというスタント・ダブル兼悪友という理解者がいるのですが、「悪魔の首飾り」のダミットにはいないといった点、またマカロニ・ウェスタンやマスコミについてのスタンスが対照的)。
作者からの返信
おはようございます。
私はタランティーノ監督の作品は観たことがありませんが、フェリーニへのオマージュの可能性はありますね。
映画「世にも怪奇な物語」の世界――第一話「黒馬の哭(な)く館」への応援コメント
こんにちは。
とても見たかったものの未見に終わった映画です。雑誌「スクリーン」で紹介を読み、このエピソードに特に惹かれました。フォンダ姉弟がが危険な関係を演じる、ご指摘の通り近親相姦ぽい感覚があり、こんなことでいいのかな、と訝ったのを覚えています。
詳細に内容を書いて下さり満足しています、ありがとうございます。
「世にも奇妙な物語」は、この映画のタイトルを連想していました、でも確かに内容は似て非なるものでしたね。
作者からの返信
拙作のご高覧及びレビューどうもありがとうございます。
これは当時の夫であるロジェ・ヴァディムが撮ったので、名だたる俳優一家であるフォンダ姉弟には複雑な感情があったのかもしれないですね。
ピーター・フォンダは実際のところ少ししか出てこないのですが。
テレビシリーズの「世にも奇妙な物語」は捩りというかオマージュでしょうね。
コマーシャルの記憶(三)美しい人の面影への応援コメント
誰だろうと思って検索したところ、かつてジャッキー・チェンの映画(邦題「デッドヒート」)に出演されていることがわかり、記憶が繋がりました。
その映画でもほとんどセリフもない役でしたが、透明感ある女優さんだなと強く記憶に残った女優さんでした。
作者からの返信
江黒真理さんもコラムで「ジャッキーの映画出演でスタジオに行ったらスタッフに彼のファンと間違えられた」と書かれていました。
あまり活躍できなかったのが残念です。
「ピンク」の記憶への応援コメント
昔、美術家の友達に「どうしてマジシャンは黒とか赤とか、原色を好むのか?」と質問されたことがありました。
正直「そこかい?」という気分だったのですが、試しにある機会でライトブルーの衣装を着て舞台に立ちました。演目は同じですがどうも集中できなかったことを思い出します。
その時、身に着ける色の大事さや魔力を実感しました。舞台上、中立的な立場でいたい、というという僕自身の内面や居心地のよさを表しています。普段も背広を着ない仕事をしてますが、気付くと黒を選んでいます。
また、師匠ふじいあきらから「他人のイメージ通りの色や衣装を選ばないと、現象やセリフ以外の部分でお客様を敵に回す」と教わりました。舞台に登場した時、最初に起こす現象の前に、お客様はマジシャンに対して「この人はどんな人だろう?」と感じるわけで、そこであまりにもギャップが強いと(あ、コイツ無理してキャラを演じてるな…)と看破され、ショーに集中してもらえません。
これは示唆することが多いなと今でも思います。“見た目のらしさ”への反発からを自我の芽生えというべきかわかりませんが、オトナになるにつれ、反発自体にも疲れ、“らしさへの従順”が心地良く思えるようになりました。
冷静さを表す澄んだブルーの石をさり気なく身に着けられているとのことですが、きっとお似合いだと思います。
スミマセン、作品への感想より私の主観ばかりになってしまいました。でも非常に共感を覚えたのでコメントさせていただきました。内容、とても面白かったです!
作者からの返信
おはようございます。
ご高覧及びコメントどうもありがとうございます。
確かに以前拝見したステージでも黒い衣装でしたね。
青い宝石が好きと書きましたが、実際には持っていません(笑)
ただ、冷静に物事に当たりたい時には青系の服やハンカチなどを身に付けることが多いです。
繰り返しになりますが、ご感想どうもありがとうございました。
「二十一世紀」社会の片隅からへの応援コメント
お子様の件、また入院中の出来事など、胸が痛くなりました。年末年始での緊急事態、さぞご心労されたことと思います。この瞬間も子供を抱えて緊急病院へ走っているお母さんがいると思うと、心から同情すると共に、自分にできることは本当にないのかと思います。
若い頃、「勉強になるから行ってみな」と言われ、クラウン(ピエロ)を専門にやられている先輩芸人の紹介で、小児病棟の慰問に行ったことがあります。
そこはいわゆる終末ホスピスで、枯れ枝のような手で一生懸命拍手をしてくれた男の子がいました。ショーの後 「マジックで病気治せる?」と言われ、絶句してしまいました。
親世代になり、児童虐待や悲しい事件に対する受け止め方はずいぶん変わりました。同性であっても独り者と子育て世代で分かり合えない部分を感じることがあります。しかし他者への関心がますます薄くなる今こそ、本作のような問題提起や体験の共有は貴重だと感じました。
ご家族皆様の健康をお祈りしております!
作者からの返信
ご高覧及びコメントどうもありがとうございます。
うちの長女は一週間足らずで退院したわけですし、同じ病棟にいた子たちも明らかに命に関わるレベルの重病ではありませんでした。
「マジックで病気が治せるか」と尋ねた男の子の話は、その後、彼がどうなったのかを想像してもとても心が痛みます。
それでは、また。
私もTsubakiさんのご家族全員のご健康を願っております。この時勢ではいつ誰が病に倒れても全く不思議がないので。
こんにちは。
原作がある映画を観ると、その後に活字は読まなかったりするわたしです(アニメ、ナウシカはマンガも映像も見ましたが)。
やっぱり別の表現なのでしょうね。
眼から入る固定した映像と、脳内の映像は。
作者からの返信
「世にも怪奇な物語」は「ヨーロッパの名匠たちがポー作品を映像でリライトする」といった趣旨の作品ですからね。
私もこの二話目は原作小説をそれ以前に読んでいましたが、他の二話は原作を読んでいませんでした。
「プリンセス」の虚実――皇女アナスタシアとアンナ・アンダーソンへの応援コメント
アナスタシアの話がこんな真相だったとは!興味深く読ませてもらいました。
作者からの返信
コメントどうもありがとうございます。アナスタシアというかアンナ・アンダーソンの物語には哀しく美しいものがありますね。
こちらはアンダーソンがモデルの創作です。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054880931942
羽衣の流れ着く先はへの応援コメント
はー、物語に対する印象と、それへの深い洞察。その他の昔話に共通する文化性のようなもの。
そこまで考えて読んだことありませんでしたが、確かに……と思いました。
なんか文化学の面白い説を読んでいるような感覚になります。
尻切れで終わるにもかかわらず、教訓と言うには重すぎる。この感覚は結構昔話にはありますよね。
作者からの返信
コメントどうもありがとうございます(改めて自分の文章を読み返したらあまりにも読みづらかったので簡単に修正しました)。
昔話や伝承には物語としては不完全かつ理不尽な展開のものも多いですね。
ただし、「羽衣天女」は派生や関連の認められる神話も多いので絵本にされているのは子供にとっての理解しやすさを優先したバージョンとも考えられます。
イカロスの失墜への応援コメント
こんにちは。
ブリューゲルの絵はいくつか見たことがあるものの、この絵を知りませんでした。
どことなく、よそよそしさと不気味さを感じるのは、現代の絵に慣れているせいかもしれません。
絵の主題がなんなのか。
イカロスが落ちてしまったことそのものではないことは確かですね。
こんなふうな小説を、いつか書いてみたいな、と思ってしまいました。
作者からの返信
ブリューゲルが描きたかったのは神話の時代から無視されてきた無名の庶民だったのではないかという気がします。
停滞中ですが、一応はブリューゲルが主人公の小説も書いています(オランダ語読みだと本来は『ブライヘル』ですが、それだと誰なのか分からなくなるので便宜的に『ブリューゲル』にしています)
https://kakuyomu.jp/works/1177354054880658740
虹の色はいくつ?への応援コメント
素敵な観察眼ですね。
色って人によって確かに見え方が違うかもしれないですね。
そういえば、私も虹が絵のようにはっきり見えないかと思った事がありました。
近づけないと知った時には寂しく思ったものです。
作者からの返信
拙作のご高覧及びコメントどうもありがとうございました。
私も
「どうして本当の虹は絵のようにはっきりした色でもないし、完全に綺麗な橋の形でも見えないんだろう」
と子供の頃に物足らなく思いました。