003 下る命令
二人は走っていた。
急いで今の出来事を城に伝えねばならないからだ。
斬っても倒れない男達、そして正体不明の術師。
アカディア王国は無論、城壁だけに守られている国ではない。
国を真に守っているのは城壁という物理的なものではなく、術による巨大結界だ。
複雑かつ大規模な術式による巨大結界が巨大な城と街を丸ごとドーム上に覆っているのだ。そのため魔物の類の侵入を完全に防ぐと同時に、術の使用もある程度制限している。
そんな中での今の事件は異例中の異例であると言え、二人に何かしらの不安を抱かせずにはいられない。
ようやく城の門まで着いたところで、門前に一人の男が立っているのに気付いた。
銀色の髪、背中に巨大な両手剣、そして何よりやる気の感じられない目。
アカディア王国第一騎士団団長クロウ・サザラントだ。
「あ、クロウさん! 城に伝えたい事が」
「伝えたい事? それは後にしてくれると助かる。まずは俺の仕事を果たさせてくれ。本当は街までお前達を探して来いって言われてたんだけど面倒でよ、ずっと待ってたんだ」
「えーと、クロウさん。私達に何の用で」
この人は相変わらずだなー、と苦笑いを浮かべるラナ。
「あー、正確にはお前じゃなくアルンの方なんだが」
「俺?」
「ああ、城からの直接の命令がお前に下った」
「城からの?」
(城、つまり総団長もしくは王族からの命令か?)
「秘薬グリメリウスを調達してこいってよ」
「秘薬!?」
「ちょ、ちょっとクロウさん。秘薬ってあの秘薬ですよね?」
「ああ、あの秘薬だ」
秘薬とは、一般の市場に流通せず、人の手による調合、精製が非常に困難なものを指す。その分、その効果は良くも悪くも凄まじく、闇市では非常に高値で取引されることもある。
その中で秘薬グリメリウスはあらゆる病気を一瞬で治すといわれ、あらゆる病気に対する特効薬だと信じられている。
ラナは少し考えた様子で口を開く。
「グリメリウス…… 王女と関係あるんですか?」
ここでアルンの頭にマール侍女長の言葉が浮かんだ。
(確か、王女の調子が悪いって言ってたな。それは何かの病気ってことか?)
「残念ながら俺は秘薬グリメリウスを取りに行かせる、という事以外は聞かされてはいない」
(少し妙だな)
「で、どうするんだ? アルン」
(いや、俺に選択する権利はない、か)
「命令とあらば」
「ちょっとアルン、そんなに簡単に引き受けて…… 当てはあるの?」
するとアルンは笑った。
「珍しいな、あの真面目なラナが。これは城からの正式な命令だぞ?」
「そ、それはそうだけど。秘薬なんて、探して来いって言われてそうそう探せるものじゃ」
「ラナが教えてくれたじゃん」
ラナは、え? という表情で少し考えるが、すぐに考え至ったようでその顔を驚きに染める。
「まさか!」
「クロウさん、今からローグ村に行ってきます。そう城にはお伝えください」
「ローグ村? よくわからんが何かしらの当てがあるようだな。わかった、伝えておこう」
「ちょっと待って! アルンだけ外に出るのはずるいわ! 私も行く!」
「お前はダメだ」
「なんでよ! アンタ、他に何の命令も受けてないでしょ!?」
「総団長のルウァイトさんから、一つ受けてる」
ラナは嫌な予感に、その顔を徐々に暗くしていく。
「ラナ、お前は待機。以上だ」
「そんなー!」
ラナはその目に涙を浮かべ、切なげにこっちを見つめる。
「お土産、よろしく」
「お、おう……」
あまりの切なさに思わず了解してしまった。
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