002 北の森

 少女の名前はアーティ・フェンネル。

 ダークブルーの髪を揺らしながら笑顔を見せる。


 彼女は三年前からこの店、アマイロ雑貨店を営む店主、である。

 店を始めた頃は人っ子一人寄りつかなかったが、今では村外からも人が訪れるほどには繁盛している。

 なぜなら扱う品の90パーセントは日常用品全般ではあるが、例えばこの村唯一の収入源であるアルデネの木、それを斬るための斧だ。この斧、なんと他の店で買うよりも長持ちの上切れ味が素晴らしくいいらしい、と評判は上々だ。このように何であっても品質がいいので繁盛しないわけがないのだ。



 笑顔で迎えられた中年の男性、名をウィランドという。

 ウィランドもまたこの店の常連、しかも村の外からわざわざこの店の品を買いに来る熱っぷりである。


 店に入ってきたのが顔見知りのウィランドであると確認すると、アーティはすぐにたくさん箱が並ぶ棚から目的の物を探し始める。


「ウィランドさん、今日もクロックラの丸薬とレクノウァ薬を各5箱でいいんですね?」

「ああ、頼むよ。ここの熱さましと傷薬はよく効くって評判になってるよー」

「おだててもダメです。値引きは一切しませんからね」

「ほんとだって。俺にしたらもっと高く売りたいぐらい」

 

 無言の睨みでウィランドの口を閉じさせる。

 アーティは、まだあどけない顔立ちであるが睨んだ時の顔は妙に迫力があるのだ。


「あまり金儲けに走っちゃだめですよ? ウィランドさん」

「わ、わかってますって。おれはアーティちゃんの店の商品では金儲けしませんよってね」


 ウィランドは旅の商人である。

 街から街をわたり商品を仕入れ売る、それが彼の仕事である。

 この店に立ち寄ったのは一年前、あまり見ない商品があったので試しに売ってみたところ、すこぶる評判がよく、今ではどこに行っても売れる人気商品である。それ以来彼は定期的にこの店を訪れていた。


「てかさ、アーティちゃん。この店の商品の秘密教えてよー、誰にも教えないからさ」

「ダーメ、です」


 相変わらずだなー、とひとしきり笑った後、ウィランドは急に姿勢を正す。


「急にどうしたんです?」

「実は今日はもう一つ頼みたいことがあってね」

「頼みたい事?」


 いつもは見せない彼の真剣な表情に首を傾げる。


「グルシダの葉って在庫にあるかい?」

「グルシダの葉、ですか? ちょっとならありますけど、あれって高度な解呪に使われるものですよね?」

「ああ」

「あれはウィランドさんの扱う商品じゃない気がしますけど?」

「あれがどうしても必要なんだ。その……20枚ぐらい」

「20枚ですか!? ちょっと地下を見てきますね」

「頼む」


 カウンターの奥にある階段を下りた地下、そこには店頭に置ききれない数多くの商品が置いてある。

 小さな照明を点けて、棚にある幾つもの箱を一個ずつ確認しながら目的のものを探す。この辺りは頻繁に売れる商品ではないので埃がずいぶんとたまっていた。

(今度、掃除した方がいいね)

 程なく、一つの箱から8枚の黒い葉を見つけることができたので、地下から店内で待っているウィランドに声をかけた。


「ダメですね。うちにあるのは8枚でした」

「そう、か」


 埃を払いながらウィランドの元に戻ると、ウィランドが下を向きうつむいていた。

(そっか、この人)


「ウィランドさんってお金儲けだけ考えてる人じゃないんですね」

「え?」

「グルシダの葉なんて、どこの街に行ったってそうそう売れるものじゃありませんよ。それって売るために欲しいんじゃないってことですよね」

「え、い、いや」


 急に辺りをキョロキョロするウィランドに吹き出しそうになるが、そこは我慢して笑顔で応える。


「採ってきてあげますよ。グルシダの葉」

「え、え!?」

「ただ、場所があれなんで、お売りできるのは明日になりますけど」


 するとウィランドは急にアーティの手を両手で握り、ブンブン振り回し始めた。


「ホントかい! ホントかい!?」

「ええ、ホントです。だから放してください」


 それでもやめないウィランドの顔面を残った手で拳をつくって殴ったのは、それからすぐのことである。


 鼻の辺りを抑えるウィランド。


「ん、ちょっとまて。採ってきてくれるのは嬉しいけど、確かグルシダの葉は」

「大丈夫ですよ」


 アーティはウィランドに満面の笑みを見せた。


 ◇ ◆ ◇


 ここローグは東西南北を大木であるアルデネの木に囲まれている。

 アルデネの木は貴重なこの村の収入源であると同時に村の開発を遅らせる要因でもある。人の往来を妨げ、人間に危害を及ぼす魔物の類も生息しているため、決しておいそれと入れる場所ではない。


 東の森、西の森、南の森、そして北の森と村の人達には呼ばれ、比較的安全な東の森で木の伐採、キノコや木の実の採取が行われている。それぞれの森で採れる物や生息している動物がなぜ異なるのかは今でも謎である。


 今回アーティが入ることとなるのは北の森で、グルシダの葉はそこにある。

 北の森は人間が食べられるようなキノコや木の実は非常に少なく、凶暴な魔物も生息しているため滅多に村の人は寄り付かない。術式に使われる触媒などを採りに行くような場合を除いては、だが。と、言うのも北の森は他の森と異なり、薬や術式の触媒の用途などで用いられる特殊な素材が豊富にあるからだ。


 グルシダの葉は、別名、潜り草と言われ、その名の通り採れるのは地中だ。

 故に普通に探したところで、そうそう見つけることなどできはしない。

 そこで利用されるのがある魔物の習性である。

 ラダラットという魔物がグルシダの葉を巣に集める習性があるので、それを利用すれば地道に探すよりもはるかに効率よく採取することができる。


 ウィランドが喜びながら店を出た後、アーティはすぐに準備を始めた。

 さすがに夜の北の森は歩きたくないので手早く棚や箱から必要なものを集めていく。

 ヤッフェ白銀のナイフに傷薬であるレクノウァ薬、方位磁石や適当な飲食物を白い肩掛けカバンに詰め込んで、ちょっと迷ってから奥の部屋に入ろうとした時、勢いよく入口のドアが開き、鈴の音が鳴った。


「ちょ、ちょっとどうしたんですか? ロイウッドさん」


 そこにいたのは、この村の鍛冶屋を営むロイウッドという髭を生やしたガタイのいい男。そんな彼が肩を上下させ息も切らしながら勢いよく駆けこんできたのだ。


「す、すまねぇ」


 ちょっと待ってくれ、と言わんばかりにこちらを手で制して、息が整うのを待たせた。


 数分の後、ロイウッドはバタバタとカウンターに走りこみ勢いよく手に持つ物を叩きつけた。

 そこにあったのは大きく一本の亀裂が走った金槌。

 それをアーティは一目見るなり大きく、そして聞こえるようにため息をついた。


「まーた、無茶な使い方をしたんですね? ロイウッドさん」

「これは俺の相棒だ! これがなきゃ仕事にならねぇ、何とかしてくれ!」

「前に約束したこと覚えてますか?」


 ギクリ、とロイウッドの肩が一瞬上下する。


「前に言いましたよね、無茶な使い方はしないって。確か二、三カ月前だった気がしーまーすーけーど?」

「そ、それは……あれだ。珍しい金属が手に入ったもんで調子に乗って叩いてたら意外にそいつが頑丈でよ!」

「反省してないでしょ」


 アーティの睨みに堪らず目をそらすロイウッド。


「頼む! 次からは絶対に無茶な使い方はしないから!」


 大の大人が見事な土下座を見せるので、しょうがないなーと呟いてカウンターに置いてある亀裂のはいった金槌をしぶしぶ手に持った。


「これだったらすぐ終わりそうなんでちょっと待っててください」

「おお! すまない。助かるぞ!」

「まったく……こんな亀裂はいったら普通直せませんからね!」


 また一つ大きなため息をついてからカウンターの奥の部屋へ入る。


 その部屋は店頭よりも狭く、客を迎える部屋ではない。

 棚には日常用品などは置いてなく、あるのは黄色、緑といった色とりどりの液体が入った小瓶や、黒や褐色、銀色の金属が並んでいる。

 それらを一通り見た後、黒い金属の粉だけを手に取り、中央にある小さなテーブルに亀裂のはいった金槌と共に静かに置いた。


「これぐらいだったら触媒は使う必要ないかな」


 アーティは金槌の上に手をかざす。

 するとその手がわずかな光を帯び、次いで金槌も光を帯び始める。

(界素の構成から、素材はピロガロール黒鉄鋼。まぁ前にも一回視てるからわかってたけど)

 かざす手を亀裂部分に持っていく。

(やっぱり全体に影響を及ぼすほど亀裂部分の界素が損傷してる)

 よくもまぁ全壊しなかったもんだ、と感心し、誰にでもない自分に言う。


「それじゃ、始めよっか」


 アーティは黒い金属の粉を直接金槌の損傷部分にかける。

 すると数分で黒い金属の粉は消えていき、それと同時に金槌の損傷部分が塞がっていく。

 その間、三分とちょっと。

 大きく亀裂のはいった金槌はそこになく、代わりにひび一つない金槌がそこにあった。


「よし、完了、と」


 すぐにロイウッドのもとに金槌を持っていく。するとそれを見るや否やロイウッドは抱きつこうと両手を広げ迫ってきたので、すかさず一歩引く。見事に彼の腕がブウンと空を切る。

 少し残念そうな顔をするロイウッドを無視して、


「損傷部分を塞いだだけなので、形はロイウッドさんが直してください。鍛冶屋なんですから」

「おう、あったりまえよ!」

「代金は2,300κ(カーロ=お金の単位)になります」

「はいよ、助かったぜ。ありがとな」

「いえ、ありがとうございます」


 アーティは笑顔で答える。


「ところで…… その白いカバン、どっかに出かけるところだったのかい?」

「ええ、ちょっと北の森に」

「北の森!? 大丈夫かい?」

「ちゃんと準備していくので、それに仕事ですから」

「そうか。ま、気を付けてな」

「はい」


 来た時と同じくバタバタと出ていくロイウッドを笑顔で見送ってから、アーティは白い肩掛けカバンに紫や黄色の液体の入った小瓶を新たに加えて、壁に掛けてある白い薄手のコートを着る。


 そして程なくアーティはアマイロ雑貨店を後にした。

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