ロマネスクmeiji

ピュアセレクト井上

第1話

1891(明治24)年5月3日日曜日───


春の暖かい日でした。

ここは日本の横浜という街です。

異国の雰囲気を漂わせる建築物が多数並んでいます。

たくさんの人々が行き交います。

ざわめく街の中で小さな子供の泣き声が聞こえてきました。

泣いている子供は6歳程の小さな女の子です。

長い黒髪を赤いリボンで束ね後頭部から垂らしています。

桃色の着物に真っ赤な袴をはいていました。

多分、迷子でしょう。

人々は見てみぬ振りをして通り過ぎて行きます。

面倒臭い事には関わりたくないものです。

<可哀想に>や<大丈夫?>など話しかけたりすれば子供は泣きついてくるでしょう。

その子供の父母を探してあげなければいけない事になりかねません。

警察に預ける事も出来ますが、やはり他人の子供の為にそこまでする人は、なかなかいないものです。

「お父さま~!お母さま~!」

迷子の女の子は泣き叫んでいます。

迷惑そうな顔をしながら通り過ぎて行く人々。

そんな中、その小さな女の子に声をかける人達が。

「どうしたの?大丈夫?」

「迷子なのか?」

2人共16歳程の少年少女でした。

話しかけたものの迷子の女の子は泣き叫ぶばかり。

少年と少女は話し合いました。

「どうする?勉。この子、可哀想だよ。」

「そうだな…。仕方ない!俺達で、この子の父さん母さんを探そうぜ!すずね!」

少年は勉という名でした。

短髪の黒髪で青色の着物に灰色の袴で背丈は5尺6寸(約170㎝)と長身でした。

少女は、すずねという名で肩より少し長い茶色っぽい髪色で橙色の着物に黄色い帯と目立つ格好。

背丈は勉よりも低く5尺2寸(約157㎝)ですが、この時代の女子としてはやはり平均より高い程でした。

2人共、履き物は草履でした。

「そうね。それが一番よね!」

「そうだ!すずね何か菓子持ってないか?」

「えー…っと。さっき買った煎餅があるわ。」

すずねが持っていた紙袋から出した煎餅を1枚、受け取った勉は迷子の女の子に

差し出しました。

「ほらよ。醤油煎餅だぜ。これ食べて元気出せよ!」

勉は笑顔で言いましたが女の子は。

「…それ…しょっぱいから…嫌!うぇ~ん!!」

「何ィ!?」

更に泣き出す女の子に困惑する勉でしたが。

「これなら…どぉ?」

そう言って、すずねは違う紙袋からカステラを出しました。

「オイ!!すずね!それ…お土産用の高かったヤツ!!」

「いいのよ。次また来た時に買えば。」

すずねは女の子にカステラを一切れ差し出しました。

「あ…これ。食べたことある。」

女の子は気に入った様子で食べ更に食べたそうに、すずねの顔を見上げました。

「まだまだあるから、どうぞ~。」

お腹を空かせていたのか女の子は五切れあったカステラをペロリと食べました。

「俺も食べたかった…。」

残念そうな顔をする勉。

「ありがとう…。お姉ちゃん。」

恥ずかしそうに、すずねに感謝の述べる女の子。

「どう致しまして!」

嬉しそうな、すずね。

「次、食べれるのいつだろうな…。」

勉は未練がましく呟きました。

「ねぇ。お名前なんて言うの?お姉ちゃんは小栗すずねっていうの16歳よ。」

「そういや名前、聞いてなかったな。俺は藤谷勉。俺も16歳だぜ!」

女の子は少し黙ってから、すずねや勉を見つめて喋り始めました。

「西尾…みどり…です。6歳です。」

「みどりちゃんね!宜しく!お父さんとお母さんは?」

「…いないの。一緒だったの。でもいないの…うぅ…。」

「泣かないで!みどりちゃん!私が…お姉ちゃんが一緒に探してあげるから!」

すずねは、みどりちゃんを一度抱きしめてから手をつなぎました。

「お父さまとお母さまに会いたいよ~!お姉ちゃん!ふぇ~ん!!」

すずねと勉、みどりは歩き出しました。

「どうするんだ?すずね。」

「大声で叫ぶわ。」

「…え?マジで?」

すずねは予告通り大声で叫びました。

「みどりちゃんの~!!お父さん!お母さん!いませんか~!?」

往来の人々は一度は振り向くも、まるで興味ないといった表情で何事もなかったかのように歩き続けていました。

「お父さま~!お母さま~!みどりを見つけて~!!」

みどりも叫びながら歩きます。

「勉も叫んで!!」

「はァ!?」

「何よ!!みどりちゃんの為よ!!」

「…恥ずかしくね?」

「蹴るわよ?」

「…暴力反対なんだケド。」

「なら叫んで!!」

「仕方ねェな!!」

そういうと勉は、みどりを抱き上げ肩へと乗せました。

「お…お兄ちゃん…!?」

戸惑う、みどり。

「この方が少しは見つかりやすいんじゃないか?みどりちゃん。」

勉が突然に肩車をしたので驚く、みどりでしたが…。

「うわぁ~!!高い!すごく高いよ!お兄ちゃん!あはは!!」

歓喜の声を上げる、みどり。

「いーから早く探せっての!!」

「やるじゃないの勉。」

「うるせーよ。」

「まぁ勉らしいけどね。」

「うるせーっての!!」

それから30分程3人で街中を歩きました。

「…なかなか見つからないわね。」

「俺いい加減、疲れたぞ…オイ。」

「少し休もっか。」

「そだな…。」

勉は、みどりちゃんを肩から下ろし建物の陰の壁に寄りかかるように座りました。

「この人混みだから大声でも意外と響かないのかしらね。」

「…じゃね?」

「にしても勉。すごい汗ね。」

「…肩車疲れ。」

「意外と体力ないのね。さすが剣術の稽古サボってるだけあるわね。」

「うるせーよ。」

「あら!?みどりちゃんいないわ!!」

「はァ!?いつの間に!?」

その時みどりは喉が渇いたので水を探していました。

「井戸ないのかな~?勉お兄ちゃんと、すずねお姉ちゃんにも飲ましてあげたいのにな~。」

小さいながらに、お礼をしようと思っていたようです。

そんな、みどりの背後に人影が。

「お嬢ちゃん。西尾みどりちゃんっていうんだね?」

「おじさん達…誰?」

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