続、錆

豊臣三毛

第1話【帰宅】


 もう11月が迫っているというのに、何故だか僕は未だに半袖で外を出歩いている。

 別に頭が手遅れになった訳ではない。

 ただ……何故だか寒さを感じないのだ。

 その点に於いては僕の身体は可笑しくなっているのだろう。

 未だに今月の中頃に拗らせた風邪が残っているようで、熱もだるさも取れたのに咳が続いている、それが直接の原因なのかもしれない。

 だとすれば未だ平均体温は上がったまま、僕はそれに慣れてしまったという事になる。

 それはそれで由々しき事態だ。一体僕はどれだけの相手に風邪を撒き散らしているのか、分かったものではないのだから。

 出来るだけその可能性は考えたくない。よって考えない。

 さて、近頃の僕はというと、また性懲りもなく折った筆をボンドで直して進めている。

 何度も何度も折った筆だ。もう原形を留めていないかもしれない。

 それでも遂に僕は……僕は、筆以外の物を握れなくなってしまった。

 だから、またこの憎らしい襤褸ぼろの棒きれを片手に、紙へ怨みつらみを書き立てているという訳だ。

 否……そう仰々しいものでもない。だけど、また昔の様に邪悪な者へ跪く様にはなってしまった。

 かつては邪神に。

 今は、悪魔に帰依して。

 何故なら僕は……幼少の頃より、邪なる者共を好み愛してきたから。

 だから僕が再びその道へ引き寄せられた事は、何も可笑しい事ではない。

 無理矢理棺桶に詰め込んで、墓を建てて封じた『彼女』。

 彼女を再び掘り出して、僕は深く頭を下げた。

 だけど彼女は未だ、服を着た骸骨の姿をしている。

 嘗ての様な瑞々しい邪悪な姿ではない。

 僕が強引に葬り去ってしまったのだから、そうなっているのは当たり前の事だ。

 まだ彼女は、僕の事を許してくれてはいないのだ。

 何時になったら許してくれるのかは分からない。

 だけど、僕はやっと分かったのだ。

 僕は彼女無しでは、生きていけないという事を。

 だから僕は彼女が許してくれるまで筆を進め、魔力を捧げ続けるだろう。

 それは絶対に無駄な事にはならない。

 否。

 させないと誓ったのだ。

 僕自身と彼女に。

 だから僕は、もう暫くは落ち込めないのだ。

 物言わぬ屍と化した彼女の亡骸を見上げながら、僕は思う。

 人間の身勝手によって生み出され、そして忘れ去られ、捨て去られていった者達の事を。

 勝手に死んだ事にされたり、勝手に悪魔にされたりして、人間の都合で酷い目に遭わされ続けてきた者達の事を。

 ……嗚呼、バケモノよりもおぞましい人間という言葉の意味。

 それはつまるところ、こういう事であったのか。

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