第110話 連合軍、成立。

「……なんともすさまじいものだな、魔戦士とは」


 クウヤが殲滅した者たちの死骸の切れ端をみつめながら、皇帝は魔戦士の強大な力に感嘆する。


 自らの生存をかけて殺気立つ群集を地面をうごめく小虫を踏みつぶすように殲滅したクウヤの力は下手をすれば一軍にも値するものであると皇帝は考える。


「……もう少し検証が必要じゃが……使えるな。クウヤは、否、魔戦士は旗頭としてふさわしい力を持っている。なかなかいい手駒が手に入ったのう。ふっふっふっ……」


 皇帝はクウヤの、魔戦士の力に満足しこれからのことを考えほくそ笑む。


 一方、クウヤの仲間たちは愕然としていた。クウヤがいとも簡単に大勢の人間を屠ったからだ。彼らからするとクウヤはただの殺戮人形になってしまったように感じている。


「クウヤ……どうして……」

「クウヤくん……なんてことを……」

「クウヤの奴、何があったんだ? あれが魔戦士なのか?」


 三者三様の思い抱きながら、同じ結論に至る。


『魔戦士クウヤは以前のクウヤと同じではない』


 そのことだけが他の三人に重くのしかかった。


 一方、クウヤは燃え残った亡骸を特に感慨もなく見つめている。


(こうもあっさり燃やし尽くすなんて……魔戦士の力はかなり強力だな。まだ力の三割も出していないのにこの結果か。ま、向こうは素人集団ていうのもあるかもな。とにかくあまり過信しないように自重せねば………


 あれ? なんでこんなことを考えているんだ? 人を殺めたんだぞ……? 何人もまとめて……


 お、俺は一体……一体、何者になったんだ? 魔戦士とはこんなものなのか? これではただの殺戮機械じゃないか!)


 クウヤの心には燃やし尽くした人物に対する哀悼の気持ちもなく、人を数多消し去った後悔もわきあがらなかった。そしてクウヤは人を殺めたのにもかかわらず、感情が動かなかったことに対して自分自身をいぶかしむ。クウヤは己の力、魔戦士の力に恐怖を感じ始めた。


 クウヤは内心かなり動揺していたが、極力表に出さないよう努めた。下手に無様な姿をさらせば、皇帝の面子を潰す可能性があったからだ。クウヤは非常に居心地の悪い思いを抱えて、かつて人であった燃えカスを見下ろす。


 しかし、皇帝はクウヤの苦境をまるで気づかず、満足げな黒い笑みを浮かべている。そして徐に立ち上がった。 


「クウヤよ、お前の力の一端、確かに見せてもらった。これからはその力、この世界の安定のみならず、帝国の永遠の繁栄のために振るうが良い。大儀であった」


 皇帝が言葉を述べ、クウヤの力を示す催しは幕を下ろすことになった。


――――☆――――☆――――


「クウヤ、お前、何しているんだ! 何人消したと思っているんだっ」


 エヴァンはクウヤにつかみかかり、皇帝の前で演じた惨劇を責める。一方、クウヤはその抗議をただ受け止めるだけだった。


「なんとか言えよ! お前自分のしたことが分かっているのか?」

「……ああ。分かっているさ」


 クウヤはやや投げやりに答える。そのことがさらにエヴァンの癇にさわる。明らかにエヴァンはいらだちを増した顔でクウヤを睨みつける。今にも殴りかかろうばかりの雰囲気にヒルデが割って入る。


「クウヤくん、どうしてあんなことを……? クウヤなら、一瞬で気絶させることもできたんじゃないの?」


 ヒルデにしてはきつい口調でクウヤを問い詰める。彼女も心情的にはエヴァンとまったく同じらしい。その言葉にクウヤは戸惑う。


「……わからない……もう人としての感情が死に始めているのかもしれない。ただの戦闘人形になり始めているのかも……しれない」


 クウヤはうなだれ、訥々と言葉をひねり出す。その様子にエヴァンとヒルデの二人はなんとも言えない微妙な表情でクウヤを見つめている。


「……二人とも、終わったことをとやかく言っても仕方ないわ。 クウヤもしっかりしなさい! 貴方にはすることがあるでしょう」


 ルーは一人、クウヤに発破をかける。一方ルーにたしなめられた二人はまだ思うところがあるのか、憮然としている。ただ、ルーの言うことも一理あるので、あえて反論しないでいるようだった。


「もっと先のことを考えましょう? クウヤの力はこの世界を救うもの……そう考えましょう? でないと、わたし……」


 ルーはクウヤにそっとすがりつく。クウヤも優しく肩を抱いた。


――――☆――――☆――――


 皇帝はついに連合軍の編成を勅命として発布し、関係諸国に通達した。その上で主要国首脳を招集した。主要国首脳はマグナラクシアへ招集される。


 各国首脳はマグナラクシアで一番大きい競技場に集まり、クウヤの力を見ることになった。


「さて、懸案事項であった連合軍の編成について帝国の準備が整ったことを諸兄に伝達するとともに、旗頭となる魔戦士の力について、その力を各国首脳の方々に直にお目にかけたい」


 学園長は首脳陣を前に宣言する。各国首脳らはいよいよくるものが来たかと待ち構えるもの、実際に目で見て確認するまでは信じられないと行った表情ののもの様々であった。


 特に各国代表に随伴してきた学園長は平静を装い、内心忸怩たる思いを秘めざるを得なかった。学園長としてはあまりクウヤを前面に立たせたくはなかったが、旗頭たる魔戦士の存在抜きに連合軍の編成はありえない。


 教育者として教え子を戦乱の最前線に立たせたくはないという思いと、この世界の調停者として連合軍を編成し迫り来る脅威に対抗しなければならないという思いが交錯し、結局教え子を最前線に送り出す以外の選択肢を作りえなかった学園長は己の無能さを嘆かずにはいられなかった。


「……それでは魔戦士クウヤよ、その力を各国代表にお披露目しなさい」


 クウヤは一歩歩み出て、自分の得物を高く掲げ、アピールする。


 ごく短い詠唱すると、凄まじい魔力の暴風とも言うべき魔力の渦がクウヤを中心に発生する。


 各国首脳はその暴風に煽られ、ざわめく。


 クウヤを中心とした魔力の暴風は次第に収斂し、竜巻のような形を取る。


「せやっ!」


 クウヤは気合一声、高々と自分の剣を激しく突き上げる。次の瞬間、剣から雷が放たれ、轟音とともに竜巻を引き裂いていく。さながら、竜巻を引き裂きながら昇龍が空を駆けるようであった。


 各国首脳は一斉に感嘆の声を上げる。


 その歓喜の中で一部のものは渋い顔をする。特にクウヤが力を示せば示すほど、相対的に自分の価値が低下するような立場の者は。


 皇帝に随伴してやってきた公爵もその一人であった。クウヤが魔戦士としての力を何のためらいもなく示せば示すほど、自身がひそかに画策し暗躍した計画が無価値なものになっていくような感覚を彼は感じていた。無理に犠牲を出し巨費を投じずとも、それと同等の、もしかするとそれ以上の成果が、今目の前で各国首脳の前で披露されている。公爵の魔戦士復活計画は何の皮肉か、魔戦士自身の手で否定されようとしていた。


 公爵の苦々しい思いをよそに皇帝はクウヤのお披露目に満足し、各国首脳を前に宣言する。


「各国首脳の諸兄は目の当たりにしたであろう魔戦士の力を。万が一、この世界の調和を乱すものあれば、新生魔戦士を旗頭とする連合軍が直ちに派遣され、たちまちにうちに制圧されることとなるであろう! 魔戦士と連合軍に秩序の維持はお任せあれ。これで各国首脳諸兄が悩まされることはなくなるであろう」


 各国首脳による拍手の嵐の中、皇帝は勝ち誇るように胸を張り拍手に答えるのとは対照的にかたわらに控えた公爵の表情は極めてさえないものであった。

 

 お披露目の後、連合軍は直ちに編成され、その最初の任務としてリゾソレニア支援の任務が与えられた。公爵は苦々しくその流れを見送るほかなかった。


「閣下、よろしいので?」

「……やむを得んだろうが! 今ヘタに動けば、我々が世界に仇成すものと認定されかねん。そうなれば、全てが無駄になる」


 侍従に多少八つ当たりしながら、現状を受け入れざるをない状況に対し嘆くしかなかった。


「……今に見ておれ。このままでは終わらんぞ」


 公爵の目は怒りとかすかな狂気の光が宿り始めていた。


 傍らに控える公爵の密かな狂気を知ってか知らずか、皇帝は上機嫌であった。


「この世界の秩序を維持する崇高な使命を担う連合軍の精鋭たちよ! 今日この日に、余が列席できたことは幸いである。余は確信する。諸君らは必ず崇高な使命を全うすることを! そして、再びあいまみえることを確信している!」


 そう言うと皇帝は片手に持った盃をあおる。連合軍の兵士たちも同じく盃をあおる。出撃の士気を高める儀式は滞りなく終了した。兵士たちは


「……むぉ……くっ……」


 突如盃を落とし、苦痛に満ちた表情を見せる皇帝に周囲の側近たちは色めき立ち、浮足立つ。しかし、皇帝は側近たちを制する。


「……騒ぐでない! 今、動揺が広まれば士気に関わる。誰か、余を支えよ!」


 動揺する側近たちを統制し、皇帝としての毅然とした姿を兵士たちに見せ続ける。


 かろうじて式典が終わるまで耐え抜いた皇帝はガックリと力尽きる。側近たちはあわてふためきながらも、事態を大げさにしないため迅速に皇帝を運びたしそのまま私室へ運ぶ。


「……良いか、このことは他言無用ぞ。もし漏れたとしても、『疲れがでた。一時的なモノだ』と触れ回れ! しかと申し付けたからな……」


 皇帝の側近たちは皆不安げな様子を隠さなかったが、公爵は冷めた目で見つめていた。そしてわずかに口角を上げ、ほくそ笑む。


 やっとのことで発足した連合軍に暗雲がかかる。

 ほんの些細な波紋のはずがやがて大きな運命のうねりとなってクウヤを襲う。

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