第95話 学園長の策謀、クウヤの新たな戦場
「……ルーシディティ、落ち着いたかね。申し訳ないがあまり時間がない。話を進めさせてもらおうかの」
学園長はおもむろに口を開き、話を続ける。ルーはまだ言い足りないようだったが、学園長からの無言の圧力を感じ、しかなく一旦口を閉ざす。
事態は切迫しており、あまり余裕はなかった。粗削りでも大筋な話をまとめて、会議に備えなければならかったからである。ルーもそのことは頭では理解しているが彼女の感情が頭の理解を邪魔していた。
「……しかし、学園長、本当にこんなクウヤを人身御供に差し出すようなことでしか、世界の安寧を得られないんですか? そんな安寧なら……そんな程度のものなら……私は……私はいらない……」
ルーはクウヤの腕に抱かれながら、彼の顔をフッと見上げ、自分の顔を彼の胸に押し付ける。何か言おうとしてたがうまく言葉にならない。クウヤはそっとルーの頭を抱えるが、彼の表情はルーのぬくもりを感じた安堵感と、彼女に対する申し訳なさと、自分の呪われたかのような運命に対する諦めとが入り混じった複雑なものだった。
クウヤもルーに何か言おうとしたがうまく言葉にならずにためらっていると、意外なところから言葉が発せられる。思わず彼とルーはそちらを見る。
「……るーちゃん、我がまま言わないの。貴女も国を代表するような立場なのだから、今の状況を分っているよね? ……わたしだってクウヤくんにそんなことさせたくない。けど、それをしなかったら、多くの人が困るのよ……。それはわかっているよね? だから……」
ルーは恨みがましい目でヒルデを見る。ヒルデは思わず、ルーから視線を外しうつむく。
「……ヒルデ、なんでそんなこと言うのよ! クウヤにだけ、重い荷物を背負わせようとしているのよ? いつからそんなに――」
「わたしだって! ……わたしだって……わたし……」
ルーの非難に反論しようとしたヒルデであったが、その声は次第に嗚咽に変わり、最後まで反論することはなかった。
ルーにはヒルデの気持ちも、言わんとするところも痛いほど分かっていた。しかしどうしても感情がついてこない。
この時ほどルーは自分の置かれた境遇を恨んだことはなかった。それはヒルデも同じようであった。ヒルデの大きな両目からは涙があふれ、申し訳なさと自分の無力さに対するいらだちがありありと現れていた。
「……ま、ここで四の五の言うよりかは、一発かましてみるのもいいんじゃねぇか? あのよくわからねぇオッサンたちの前で」
エヴァンは場の空気を全く読まず、言い放つ。その言葉に他の三人は同様に凍りつく。エヴァンの言ったことは彼らの頭の中の選択肢には全くないことだった。
「かますってなぁ……」
クウヤは思わず、顔に手を当てうつむく。内心『また、コイツは空気よまねーな』と思っていることがはっきりと見て取れる。
突然、高笑いが聞こえ、クウヤたち全員が一点を注目する。学園長だった。
「……はっはっは……」
学園長は何か憑かれたように笑っている。
「学園長、どうされたんです?」
これにはクウヤたち全員が驚き、学園長を見る。学園長は何か吹っ切れたように語りだす。
「いや、どうやらワシらは難しく考えすぎていたようだ。エヴァンの言うことも最もじゃと思ってな。ワシらの取りうる選択肢が少ないなら、その選択肢を最大限に使うべきではないか? 徹底的に高い代償を払わせる、若しくは
そう言われても、今一つ理解できないクウヤたちは互いに顔を見合わせる。その中には言い出しっぺであるエヴァンもいた。
「……ま、そのあたりはワシがうまくやろう。クウヤ、お前は多少大げさに大魔皇帝復活の危険性を訴えろ。そして、その危険性に対抗できるのは唯一魔戦士となるお前だけだと吹聴しろ。それだけでいい」
その時、学園長の目は黒い為政者の光を宿していた。クウヤたちはその雰囲気に気圧され、ただ頷くだけだった。
「……わかりました。現状ではその線でやるしか選択肢がないようですね。やってみましょう」
学園長はクウヤのその言葉にうなずき、黒い笑みを浮かべる。クウヤたちはの表情を目の当たりにし、背筋が凍る思いをする。
「さて、これから楽しい時間となりそうじゃわい。ふぉっふぉっふぉ……」
クウヤたちは学園長の様子に一抹の不安を感じるとともに会議の行方が見通せなかった。
「とりあえず、わしは他に打ち合わせがあるからお前たちは控室で少し待っているといい。クウヤも何を話すか整理する時間が必要じゃろう。ささ、行ってこい」
学園長に促されクウヤたちは彼らの控室へ移動する。その道すがら、エヴァンは何か考えている。ヒルデの顔をのぞき込もうとしたり、ルーの顔とヒルデの顔を見比べたり、怪しい行動をとる。
「……エヴァン、さっきから何をしているのです?」
控室の入るなり、エヴァンの行動を不審に思っていたルーが口火を切る。
「いや、ルーとヒルデが入れ替わったみたいだなぁと思って」
「入れ替わる? どういうことでしょう? 意味が分かりませんが」
「いや、公爵邸で話しているときは、ヒルデが感情的に自分の気持ちを話していたけど、学園長の前では真反対の話をしてたよね? ルーも公爵邸の時と真反対の話をしていたように思えたんだけど、どうして?」
エヴァンの指摘に二人は妙にソワソワしだす。何か示し合わし隠し事をしているかのようにお互い顔を見合わせている。
「私は自分の気持ちを誤魔化したくなかっただけよ。もう誤魔化して、生きているなんていや。それだけです」
「私はるーちゃんのお目付け役でもあるから……。役割は果たさないと……公式の場では」
「そういうものなのか?」
「そういうものなの」
「そう思ってください」
声を合わせ、エヴァンに納得するよう迫る。エヴァン自身も、それほど深く考えていたわけではなかったので、女性陣二人にせまられては両手を上げるしかなかった。
それでも納得がいかないのか、しきりに頭を傾げる。
クウヤもエヴァンの指摘を受け、わずかながら彼女たちに疑念を抱く。
(……エヴァンの言うことも最もだな。あの二人何か言えないことがあるのかもしれない。気をつけよう)
とりあえず、クウヤは目下の問題にケリをつけ、自分が一番やらなければならない問題に集中することにした。
――――☆――――☆――――
「それでは、会議を再開する。皆様方よろしいかな?」
学園長は会議の再開を宣言する。当然のことながら、異議を唱えるものはいない。
「……さて、皇帝陛下のご希望により、魔の森の現状などについて現場を視察した者た ちに報告をしてもらおうと思う。クウヤよ、後は頼んだぞ」
学園長はクウヤを会議の場に呼び、参加者に紹介する。
「中にはご存知の方もいらっしゃるかもしれないが、改めて紹介したい。クウヤ・クロシマ君だ。帝国植民都市リクドー施政官ドウゲン・クロシマ子爵のご子息だ。簡単な紹介で申し訳ないが、後は彼に話を進めてもらおう。よろしいかな?」
学園長は参加者に同意を求める。特に反応する参加者もおらず、同意されたものとして話を進める。ただ、リゾソレニアのタナトスだけはクウヤのことを訝しげに見つめている。
「……それでは時間もあまりありませんので、早速話をしたいと思います。魔の森では――」
クウヤは魔の森で受けた襲撃の様子などの若干誇張して話す。特に謎の敵に操られ襲ってきた魔物の脅威についてはかなり話を盛った。学園長は苦虫をかみつぶしたような顔をしていたが、そんなことお構いなくクウヤは続ける。
「――あの森で遭遇した魔物で一番厄介だったのは、アンデッドたちです。通常あのような場所で遭遇することなどないのですが、アンデッドたちが森の奥から次から次へと現れ、調査隊を襲いました。殴っても殴っても襲い来る連中を全滅させることは不可能でした。体制を整え、森の奥へ奥へ調査隊は分け入りました――」
「ちょっと待ってもらえないだろうか。魔の森ではアンデッドまで出没するほどに穢れているというのか?」
タナトスがクウヤの報告を遮るように質問する。リゾソレニアは魔の森に近い。自国の近隣にアンデッドが徘徊するような土地があることを懸念しての発言だった。通常、アンデッドは穢れた地で発生すると言われている。穢れた地では、生けとし生けるものが存在することのできないと言われており、そんな物騒な土地が近くにあることは誰も願わない。
「穢れているかどうかについては確認できていませんが、印象としてはアンデッドが自然発生するような状況ではありませんでした。先ほど述べたように何者かによって発生させられたものと思われます」
淡々と答えるクウヤ。いささか訝しげに彼を見返すタナトス。タナトスには態々アンデッドを使役して、襲撃する意味がわからなかった。
「では、そのアンデッドを使役する者の正体と目的は判明しているのか?」
「残念ながら現状では判明しておりません。ただ、我々の調査を妨害しようとしているところから、マグナラクシアに敵対するもの、もしくは人と魔族との友好関係を妨害しようとするものが考えられます。現状ではその程度の推測しかできませんが……そういった勢力の最終目的は大魔皇帝の復活、あるいはその支援、その可能性も現状では考えなければなりません」
若干誇張して、大魔皇帝の復活とアンデッドの襲撃をこじつけた。ただ、クウヤ自身はこじつけたとは思っていなかった。クウヤにとってはその襲撃が大魔皇帝復活の兆しそのものに思えたからだ。それにあの遺跡ではっきりと大魔皇帝復活を宣言されているクウヤにとっては、この会議に参加している国家代表たちよりも切実に大魔皇帝復活を懸念していた。
「……しかし、何故それが大魔皇帝復活と結びつくのか、現状では根拠に乏しい。もう少し明確な話はないのか? 我が国としては根拠の乏しい話に付き合う余裕はない」
「猊下……残念ながらすべては推測でしか語れません。しかし、通常あり得ないアンデッドの襲撃、猊下のお国で発生している事象、これらが示唆しているものは推測通りと思われます。でなければ、今述べた事象が連続して発生することは考えられません」
クウヤがそう言い切ると、タナトスは腕を組み押し黙る。タナトス自身もクウヤの話を聞いて、大魔皇帝復活が全くの妄想話ではないと思い始めていたからだ。
「……仮定の話ばかりでは物事は進まない。何か確実な情報はないのか? 大魔皇帝復活を確信しうる情報……そういったものはないのか?」
「そうですね、あると言えばあります。ただその情報も僕の見聞きした話としてしかお話しできませんが……それでよければ」
クウヤはタナトスを直視し、はっきりと答える。タナトスも多少身を乗り出し、クウヤの話を聞く。皇帝やペルヴェルサもクウヤを注視している。その様子を確認し、クウヤは学園長に目配せする。学園長は微かにうなずき、クウヤの発言を促す。議場の緊張感は高まり、何とも言えない殺気のような張りつめた空気が満ちていた。
「では……実は魔の森の奥には大魔戦争の頃に作られたと思われる遺跡がありまして、そこの中へ一時的に閉じ込められました」
学園長を除く参加者全員が、クウヤにさらに注目する。
「……遺跡内で声が聞こえました。『魔戦士となるべきものよ来たれ』と」
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