第93話 会議は踊る 参

 時間は主要国によるリゾソレニア支援の会議が始まる前にさかのぼる。


 クウヤたちは帝国へ皇帝一行を迎えに来た高速魔導船に便乗しマグナラクシアへ向かっている。


「全く、何だってんだ……学園長は俺のこと使い魔か何かと勘違いしているんじゃないか?」


 高速魔導船の舷窓から後ろに流れる水面を見つめながら、グチっていた。


「何をしているんですか、クウヤ。最近黄昏たそがれることが多いですね」


 珍しくルーがクウヤに優しく声をかける。クウヤはルーを一瞥し、ため息をつく。


「……何だ、ルーか」

「『何だ』じゃないでしょう、クウヤ。どうしてそんなにため息ばかりつくのです? 他人に需要があることはいいではないですか。それこそ、走れない駄馬はすぐ食用ですよ。それよりかはいいでしょう? 走れるうちが華ですよ」


 ルーの身も蓋もない言葉にクウヤはさらにため息をつくしかなかった。少なくとも、需要がなくなってもクウヤが食用に供されることはない。


「……ところで、学園長にはなんで呼びだされたんです? 学園長に呼ばれるたび、モメゴトに巻き込まれている気がするのですが」


 ルーの一言で、クウヤ眉をひそめる。学園長から呼び出しがあるときは、ほぼ確実に何かしら厄介事を押し付けられるてきたことを思い出す。


あの・・学園長のことだから、十中八九厄介事を押し付けるんでしょうけど、今度は何をやらせるつもりなんでしょう? しかし皇帝陛下と相乗りさせるなんて……非常識この上ない気がするのですが」


 ルーは人差し指を顎に当て、首を傾げる。クウヤも首をひねる。


 それもそのはず、ただ単に学園長からの呼び出しで一国の代表である皇帝と相乗りさせること自体が異常事態だった。


「さあ、あのタヌキ親父の考えなんて分からんけれど、陛下がマグナラクシアへ呼び出されるなんてよほどの事態が起きたんだろうな。それと同じタイミングで呼ばれたんなら関係ないはずない。表向き、全く関係ない理由で呼び出されてもね」


 クウヤは多少おどけながら、両手を上げる。


「それはそうね。いつも通り……ということかな。それはさておき、ここ狭苦しいわね……」


 ルーは肩をすぼめる。船室の前にはあちこちに監視の目を光らせている警備兵が立っている。彼らは僅かな敵意も見逃すまいと監視の目を光らせていた。それに加えて、クウヤたちにあてがわれた船室はお世辞にも広いとは言えない倉庫を急ごしらえで客室にしたような部屋だった。当然最低限の内装しかなく、配管などもむき出しになっており、狭さ苦しさは否めなかった。


「仕方ないさ。学園長が無理矢理便乗できるように手配したんだ。とりあえず座れる空間があるだけでも良しとしなきゃ。便乗した船は御用船。堅っ苦しいのも仕方ない。モメゴトを起こさなければそれで――」


「よー、ヨロシクやってるかぁ、クウヤ? 飲むものとって来たぞ」


 クウヤとルーが話をしている途中で、緊張感のない声をあげ、エヴァンが入室した。その後ろにはヒルデが付き従っていた。その声にガックリ肩を下げるクウヤ。彼らは飲み物を取りに船室の外へ出て戻ってきた。


「……言うに事欠いて、ナゼそう言う……」

「ま、いいじゃねーか。実際ルーとヨロシクしているだろう? 今更、気に止むことじゃないだろう」

「だから、それは誤解だと……」

「そうそう。セキニンはとらないと」


 なぜかエヴァンの話に乗っかってくるヒルデ。恨みがましい目をヒルデに向けるクウヤは最近妙にエヴァンに乗っかる彼女に何か一言言おうとしてやめる。クウヤの視界になぜかしら、微妙に身もだえるルーの姿が視界に入ったからだ。


 クウヤは頭を抱える。クウヤからみればほかの三人が共謀しておちょくっているようにしか思えなかった。


 相変わらず、仲間から神経を削られるクウヤであった。


「んなことより、なんでまた陛下と相乗りなんだ? 普通なら絶対ないだろう。学園長ってそんなに権限があったのか? おかげて窮屈で仕方がないぜ。」


「よくわからんが、何か緊急事態が起きたことは確かだろな。でないとこんな無茶が通るはずがない」


 クウヤたちは己に課されるであろう無理難題に戦々恐々としながらも、一路マグナラクシアへ向った。


――――☆――――☆――――


「……陛下はあの小僧をあの会議の場へ引っ張り出すと?」

「引っ張り出すとは人聞きがが悪い。今起きている緊急事態に関連する事象についての証言をさせるだけだ。何も問題あるまい?」


 控室で執事長と皇帝は停滞する会議を進めるための密議を重ねている。


「内々で学園長には根回ししておけ。向こうが納得するかどうかは二の次でよい。とにかく会議の場へあの小僧を出せば、あの小僧のこと、何かやってくれるわい」

「……御意」


 皇帝はクウヤが突拍子もないことをしゃべりだし会議が紛糾する様子を思い浮かべ、老獪な笑みを浮かべる。執事長はいつものように一礼して控室を辞する。


「……さて、あの小僧何をしてくれるかの。たのしみじゃわい」


 誰に聞かせるともなくつぶやくと、皇帝は傍らにあった水を飲み干した。


 場所は変わって、マグナラクシア代表兼学園長の控室。帝国の執事長が皇帝の発案を学園長に知らせている。淡々と皇帝の希望を伝える執事長に対し、学園長は不快感を表情に出すことをためらわなかった。


「……どうしても、彼をあの場へ出さなければならないということですかな?」


「……は。『あの停滞した会議を活性化させ、話を進めるのに有効』と陛下はお考えです。なので是非ともクウヤ君の話をあの場で公表するよう手配していただきたい」

「マグナラクシアとしては、あの子の証言が会議に良い影響を与えるとは思えませんな。学園長としても、生徒を政争の場に出すのははばかれましてな。なのでせっかくのご提案ですが採用するわけにはまいりません」


 執事長は特に反応しなかった。予め予想していた返答だったからだ。


「……とは言え、『議長』として会議をまとめなければならないと思いますが。いかがお考えか?」


 学園長は執事長を一瞬にらみ、考える様子を見せる。


「……確かに会議は紛糾しておるが、打開策がないわけではない。わしに腹案があってな。皇帝陛下もきっとご賛同いただける案じゃと思うておる。詳しくは会議の場でお話しいたすが、ぜひともご協力を賜りたいと皇帝陛下にはそうお伝え願えないだろうか?」


 執事長はなおも反論し食い下がろうとした。しかし、学園長の年には似合わないほどの鋭い眼光に反論は制される。学園長の語り口は静かであったが、何物にも有無を言わせないような得も知れない迫力に押され、執事長は思わず同意してしまう。


「……さて、ご理解いただけたようなのでお引き取り願えるだろうか? まもなく会議は再開される。急ぎ準備をせねばならんのでな」


 その迫力に押され、執事長は負けを認めざるを得なかった。しかし、執事長としてもただでは引き下がれない。


「それでは、会議の方向性が明確化した時点で、クウヤ君の話を聞く時間を取ることを提案せていただきます。それでは」

「な……ちょっと、待ちたまえ!」


 執事長は捨て台詞のようにそう告げると、学園長の返答を待たずに退室する。学園長は慌てて執事長を止めようとするが執事長の退室のほうが早かった。


「まったく帝国は何がしたいんじゃ? わざわざクウヤをあのくだらない場へ出すことに取りつかれおって……」


 学園長はそう呟きながら、帝国の動きを懸念する。


「こちらも、それなりに対抗しておかなければならないか。また『火種と火消し』を動かさなければならんか……」


 そう誰ともなくつぶやくと、近習を呼び何か指示をする。指示を受けた近習は一礼し、足早に控室を出て行く。学園長はその様子を何も言わずに見送る。


「さて……どう動くかな。こちらの想定の範囲内で動いてくれるといいのだが……」


 学園長は立ち上がり、窓の外を眺める。空には暗い色の雲が流れ、次第に空を覆いはじめていた。


――――☆――――☆――――


「……やはりそうきたか。現状でそれ以外に妥協案はないか」


 半ばシラけた目で皇帝は会議の推移を見守っている。


 会議が再開して、まもなく学園長からある提案があった。その提案とは以下のとおりである。


一、リゾソレニアへ派遣する兵力はマグナラクシアから抽出し、それを主力とする。その他の国は国力に応じて、マグナラクシア派遣軍の補助兵力を派遣する。


二、各国はそれぞれ以下の分担を担う。


 ○帝国―兵力・物資の輸送及びその護衛。

 ○カウティカ―物資と資金の提供。

 ○リゾソレニア―派遣軍の受け入れ。


三、派遣軍の指揮権はマグナラクシアにあるものとする。また、戦況次第では追加の派兵等を要請できる。


四、リゾソレニアは派遣軍の指揮下に入る。各国派遣兵力も同様に派遣軍の指揮下に入ること。


 学園長の提案に各国は直ぐに国益と照らし合わせ、より得るものが多くなるよう思考をめぐらし始める。現状では帝国、カウティカともに大規模な兵力の派遣はないが、派遣軍の指揮権をマグナラクシアに握られることに難色を示す。また、リゾソレニアも派遣軍の指揮下に入ることに難色を示す。学園長案に追加の派兵も匂わせる条文があったからだ。


 しかしその声に学園長は反論する。


「今回の措置は緊急事態に対応するためのもので、これを永続的なものにするつもりはないし、これを前例にするつもりもない。現状で最も合意しやすい案だと自負しておるが。各国代表に置かれましては即決していただきたい。事態は切迫しております。この会議続ければ続けるほど事態は悪化することをお含み置きいただき、小異は捨て大同につくよう各国代表に重ねてお願いしたい」


 各国代表は難色を示し、決断しかねている。確かに兵力の面では負担は少なく、それぞれ自ら宣言した得意分野で貢献できるよう配慮されている案であった。しかし――指揮権をマグナラクシアが独占することに承服しかねていた。指揮権がないということはたとえ今は各国の要望などを鳥れた形になっていても、戦況次第ではどの程度搾取されるかわからない、つまり極端な言い方をすれば各々の国の安全を保障するための力をマグナラクシアにとられかねない恐怖感にとらわれていた。それが各国の決断を遅らせていた。


 しばしの沈黙の後、皇帝は意を決して発言する。


「我が帝国は議長提案に乗ろうではないか。事態が切迫している現状ではやむをえまい」

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