第91話 会議は踊る 壱

「どういうことか? リゾソレニアから緊急にいにしえの盟約に従い、世界会議を招集したいとの連絡があったそうじゃが」


 古の世界会議とはかつて大魔大戦後、混乱し疲弊した世界に秩序と平安をもたらすため主要国が一堂に会し、お互いの利害を調整した会議のことを指す。そのとき、世界の安寧を司る国としてマグナラクシアが建国された。それから二百年、小競り合いは毎年のようにあったが、マグナラクシアが陰ひなたに暗躍し、それを決定的な対立までエスカレートさせず共存させてきた。マグナラクシア以外の国は専ら自国の利益追求に専念し、世界秩序や相互協力については具体的な行動をしたことはなかった。


 マグナラクシア魔導学園学長室にいる学園長ツォティエ=ティエンレンはリゾソレニアからの緊急要請に驚き訝しがる。しかも二百年招集されることのなかった古の世界会議を招集したいとの要請は学園長を驚かせ、訝しがらせるには充分であった。さらに主要国の一国であるリゾソレニアは国柄として主要国の中で特に唯我独尊を決め込む傾向があり、平時なら他国に頭を下げるという行為はあの国ではタブーに近い行為だった。その唯我独尊の国からの頼み事である。国が滅びかけるような重大案件が発生したか、あるいは何らかの謀略とさえ想像することは難しいことではなかった。


 学園長の疑問に連絡員はリゾソレニアから伝えられた魔物の大海嘯による惨状を簡単に伝える。それを聞き学園長は顎鬚を撫でながら考える目をし、天井を見つめる。少しの間があって、学園長は口を開く。


「事情の概略は承ったとリゾソレニアには伝えてくれ。会議は開く方向で各国へ通知してくれんか。それから各国代表を運ぶ高速魔導船の出港準備を指示しておいてくれ。準備ができ次第、出港してくれてかまわん。ことは一刻を争う。頼んだぞ。それから、リゾソレニアに会議の時に魔物の侵攻状況と被害を包み隠さず・・・・・詳しく説明するように念押ししておいてくれ。後は……クウヤたちと連絡を取れんか? 今どこにいる? 至急居場所を特定してくれ」


 学園長は一気に出せる指示を出し、事態に早急に対応した。慌てて連絡員は学園長室を飛び出していった。学園長はクウヤの話を思い出し、もしかしてと考えていた。リゾソレニアの話を聞くまではクウヤの話にあった大魔皇帝復活は半信半疑で雲をつかむ話でしかなかったが、リゾソレニアの件を何らかの関係がある現象と考えると、学園長にとって大魔皇帝の復活は絵空事には思えなかった。


「……まったく、いったい何が起きているんじゃ? あのリゾソレニアをして、各国へ頭を下げざるを得ない事態とは……これはかなり深刻な事態になりそうじゃ。魔の森方面からの魔物の大侵攻……クウヤたちに関わりができなければよいが……」


 学園長は腕を組み、この先に起こるかもしれない事態を憂慮した。

 

 各国からの代表団を向かえに行く高速魔導船が出港していく。学園長に件の連絡員は状況を報告する。


「以上、各国代表を招聘する手筈は整いました。後はこちらでいかに議事進行していくかという段階です。しかし……」

「しかし? なんじゃ? 何かあるのか?」

「よろしかったのですか? なけなしの高速魔導船を全て他国の目に晒して」

「やむを得んじゃろ。我らマグナラクシアは世界の安寧を保つことを第一に考えねばならん。あの唯我独尊の傲慢な国が頭を下げるなぞ、よほどの緊急事態と考えねばならん。秘匿技術の公開は痛いが、この世界を失っては元も子もない」


 高速魔導船はマグナラクシアの秘匿技術の一つであり、各国が到達していない技術水準の象徴だった。しかし、唯我独尊のリゾソレニアが各国の支援を求めるなど異常事態が発生していることは明らかだった。そういう状況が秘匿を許さなかった。とにかく一刻でも早くリゾソレニアを支援しなければこの世界にどういう悪影響をもたらすかわからなかったからである。

 またクウヤのいう大魔皇帝が復活などという事態が起きれば各国の利害など簡単に吹き飛んでしまう。各国が一致協力して当たらなければ各個撃破され、世界は大魔皇帝の支配下になりかねかなった。そのため彼はこの会議を万が一の事態の試金石にしようと考えていた。


「それから、クウヤ君の件ですが、現在帝都に滞在している模様です。すぐに連絡を取って、帝都からの高速魔導船に便乗するよう手配しましましょうか?」

「うむ……皇帝と同船になるが、この際止むを得んじゃろう。クウヤ君には表向きの理由を用意してやってくれ。くれぐれも世界会議との関係を勘ぐられないように配慮頼むぞ」


 そして、やっつけではあるが各国代表を集めた会議がリゾソレニアの要請から数日で開かれる運びとなった。


 招集されたのは帝国「蓬莱」、カウティカギルド連合国、会議開催国マグナラクシア、開催要請国リゾソレニアであった。各国代表が出席し、厳重な警備の元、各国首脳による話し合い《外交戦》が行われる。


 当然、各国からの出席者は代表クラスになり、帝国は皇帝自ら少数の近衛を引き連れ参加する。カウティカも代表ペルヴェルサ・プラバス=ネゴティア自ら会議に赴く。リゾソレニアも教皇タナトス自ら出席する。


「それではリゾソレニア代表、教皇タナトス猊下より要請された不可侵領域からの大量魔物侵攻に対する支援について会議を始めたいと思います。議事進行については大魔大戦後の世界盟約に従い、わたくしこと魔導学園学園長兼任マグナラクシア魔導学園国代表ツォティエ=ティエンレンが相務めます。以降、この場では各国代表の方々は同等同位とし、私の指示に従って頂くことになります。ご異議なき場合は沈黙をもって賛同頂きたい」


 円卓を囲む各国代表ははツォティエの言葉に黙ってうなづく。それが各国の思惑をかけた外交戦騙しあいの始まりの合図だった。


「それではリゾソレニア代表タナトス猊下から現状報告をお願いします」


 ツォティエは他の参加者にナタトスを紹介する。その紹介を受け、タナトスは徐に口を開く。


「わかりました。我が国の現状を包み隠さずお話しします。そのうえで各国の最大限の支援を要請したい」


 タナトスの口から直接リゾソレニアの現状について説明がある。魔の森方面から魔物の大海嘯が押し寄せ、リゾソレニア周辺の保護国が軒並み壊滅し、住民は無残に魔物の餌になり果てたことを包み隠さずタナトスは報告した。リゾソレニアの惨状について具体的に言及があると各国代表はわずかに眉をひそめる。さらに現状で何とかリゾソレニア国境付近でくい止めているが大海嘯は止まる雰囲気がなく、ここままでは何れリゾソレニア本国内への侵入を許し、その後大海嘯がどこへ向かうのか全く予想がつかないことを述べる。各国代表は話が進むにつれて次第に苦渋に満ちた顔になっていった。

 リゾソレニア側の現状についての報告が終わり、各国代表は戦慄していた。有力国の一角を担う国がただ単に没落していくなら各国ともほくそ笑むことを隠さなかっただろう。しかしこの状況ではリゾソレニアが滅びれば、魔物の大海嘯の被害を受ける次の国は自分の国かもしれなかったからだ。


 にもかかわらず……。


「よろしいかな?」


 ある国の代表が重々しい空気の引き裂くように口を開く。


「カウティカ代表ペルヴェルサ殿、どうぞ」


 議長に促され、発言を続ける。


「タナトス猊下、この騒動で貴国が失った保護国ではいかなる産物が得られたのかお伺いしたい」


 タナトスはカウティカ代表に対し、胡乱な目を隠さなかった。カウティカ代表はそんなリゾソレニア代表の態度を意に介さない。


「……何故、そのようなことを?」


 恣意を図りかねたタナトスがペルベロッサに尋ねる。


「我が国は商業国家。正面きっての切った張ったではお役には立ちますまい。それ故、物資などの支援でお役に立てるかと思いましてな……」


 カウティカ代表はわずかに口角を上げる。


 会議の参加者はカウティカの決して公言しない意図に気づき、苦虫を噛み潰したような顔をする。


(……さすがに良くも悪くも商人だな。こんな時まで……)


 議長という立場ゆえ、言葉にも態度にも表さなかったが、会議の参加者の中で一番苦々しく思う学園長であった。


「おやおや、カウティカには巨費を投じ作り上げた傭兵軍があると聞き及びますが。何かの間違いか? このような事態にこそ、役立つのではないのですか? それとも商人のお遊びの玩具の軍隊でも編成されたのかな?」


 タナトスも表向き感情を出さないようにしているが、口から手が出るほど他国の兵力が欲しかった。主要国各国の兵力状況については把握済みということをあえて言外に匂わせる。加えて、挑発することで相手を何とか煽ろうとしていた。


「いえいえ、まだ我々の傭兵軍は国内警備用でしてな。貴国へ派遣して戦うような軍ではありません。それにリゾソレニアの神聖な・・・国土を下賤な傭兵の血で汚すのは忍びない」


 飄々とタナトスの挑発を交わすペルヴェルサ。このような場ではペルヴェルサのほうが一日の長がタナトスよりあった。さらに彼は続ける。


「それに我が国には大規模な軍を派遣するための手段がない。それこそ輸送船が降って湧いてくるような事態があれば、輸送隊の警護軍程度なら派遣できように。残念ながら我が国にはそのような軍船は存在しておりませんでな」


 ペルヴェルサの話を今まで瞑目して聞いていた皇帝が口を開いた。


「そういう話なら我が帝国は輸送をお手伝いしようではないか。我が帝国の海運は世界一じゃ。一気に必要な物資と護衛をリゾソレニアへお送りしよう」


 皇帝の話を聞いて、ペルヴェルサの顔に一瞬驚愕の色が浮かぶ。


 皇帝もまた同じ穴のムジナであった。各国はいかに自国の負担とリスクを減らし、他国の負担を増やして疲弊させるか腹の探り合いが続く。

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