第85話 ルー、無双
「クウヤ、お前どこ行っていたんだよ?」
港に戻ってクウヤたちを探していたエヴァンはクウヤたちを見つけるなり、行き先を尋ねる。
「そこら辺をブラブラしていただけだよ。特にあてがあったわけじゃない」
クウヤは素っ気なく答えた。クウヤの後ろで何かしら、モジモジとしているルーを見つけて、ヒルデは含み笑いをする。
「るーちゃん、どうしたのかなぁ〜? 何でクウヤくんの後ろでモジモジしているのかなぁ〜?」
「……何でもない、何でもないよっ! 何でもないんだから……!」
ルーはそっぽを向き答えるが、それで納得するはずがないのがおばちゃん化したヒルデ。半目で、ルーを見ながら緩む口元を手で隠す。含み笑いを隠すその仕草は年端のいかない少女のものではなかった。
「……そうですか、そうですか。それではそういうことにしておきましょう。フフフッ……」
「何よー、その笑みは! やな感じ」
「べーつーにー。何でもありません、お嬢さま。フフフッ……」
ルーをイジるヒルデはいつもより上機嫌に見えた。しかも彼女には珍しく、多少浮き足立っているようにも見えた。そんなヒルデのルーいじりを見ながらクウヤは「平和だなぁ」などと感慨に耽る。
しかし、ヒルデの様子にふと疑問が浮かぶ。
「ところで、ヒルデにシメられなかったのか?」
クウヤは浮かんだ疑問をエヴァンに投げつけた。ヒルデがキレた後は血の雨が降るのが通例だった(主にその犠牲者はエヴァン)。しかし今に限ってはエヴァンが大した傷を負っていないことがクウヤには不思議でならなかった。
「ん? 何とか今のところ無事にすんでるぜ。何かあったのか? 俺は何もしていないぞ」
(ふーん、何もないのか……その割にヒルデが上機嫌だな……。ま、人の感情の機微をエヴァンに聞くほうが無理か。しかし、そうすると……? ん?)
エヴァンが聞いたら怒りだしそうな、かなり失礼なことを考えるクウヤ。その思考の途中で、ピンとくるものがあった。
(そういうことかな? ま、そういうことで放置しておこう)
クウヤは到達した結論に自分なりに納得して、思考を撃ち切った。ヒルデはクウヤの思考を知ってか知らずか、まだルーいじりを続けている。
荷役ギルドの前で自分たちの荷物をひとかたまりにして、クウヤはとくに当てもなく辺りを見回す。
クウヤの横をどこかで見た黒塗り馬車が通過する。するとその馬車は程なくして、ギルドの前で止まった。止まるとすぐに人が降りた。クウヤはその馬車に背を向け、あさってのほうをとくに当てもなくボンヤリ見ていた。
「失礼。クウヤ様ですか?」
突如、背後から声をかけられ、クウヤは振り向く。彼の眼前に
「クウヤ様、お迎えに上がりました。どうも遅くなって申し訳ございません」
事務的に謝罪の言葉を述べる使用人。クウヤはいつものことながら、公爵家の自分の扱いに苦笑するしかなかった。とはいえ、ことを荒らげる必要もなかったので自分のうちに公爵家に対する感情をしまいこむ。
「……それで、そちらの方々はお付きの方ですか?」
使用人はエヴァンたちを品定めするように見回し、クウヤに尋ねる。
「いや、学園の友人だ。たまたま帰省するのに同席したので、お爺さまに表敬したいと」
使用人は一瞬眉をひそめたが、何事もなかったように「左様でございますか」とだけ口にして、荷物を馬車に積み始める。
荷物の積み込みが終わると同時に、クウヤたちは馬車へ乗り込む。
「さて、それでは出ます」
使用人の一言で馬車は出発した。
――――☆――――☆――――
馬車は公爵家に到着する。馬車は正門に着いたが、出迎えに出てくるのは数人の使用人だけで、公爵本人は出てこなかった。
特段そのことをクウヤは気にしなかったが、ヒルデは薄々クウヤに対する対応が何かおかしいと思い始めていた。
荷物を馬車から下ろし、使用人はクウヤたちを屋敷内へ案内する。出迎えの使用人たちは下ろされた荷物を持ち、クウヤたちの後をついていく。
邸内の長い廊下をしばらく歩き、屋敷でも一番奥の部屋の前に一行は到着した。先導した使用人が先に部屋へ入り、クウヤたちを招き入れる。
「皆様、こちらのお部屋でおくつろぎください。公爵さまはただいま所用にてご不在にございます。もっと早く正式な形でご連絡頂けていれば、お出迎えいただけたのですが……それはともかく、公爵さまがお戻り次第お呼びいたしますのでこちらでお待ちください。それでは……」
使用人にはあるまじき嫌味を残し、部屋から出て行った。
「……なんか感じ悪いね。いつもこんな感じなの、クウヤくん?」
客人であるため発言を控えていたヒルデが、使用人が出て行くとすぐにたまらず口を開く。
「ん? ま、こんなもんだ。表面的にはそれなりの対応をしてくれるが、内心何を思っているかなんてわかりゃぁしない。それほど気にすることじゃないよ」
クウヤは飄々としてヒルデの問いに答えた。
「公爵は使用人の躾がなってないようね。仮にも主人の孫に対して言うべきことには思えないのですが」
ルーもヒルデに同調し、疑問を呈する。ルーの境遇はクウヤと似たところがあるので、クウヤに対する差別意識のようなものを感じ、嫌悪感を示す。
「はは……。俺のために憤りを感じてくれるのは有り難いけど、なるべく大人しくしていてくれよ。公爵は相当な奸物、下手に弱みを握られたくないんでね。ま、使用人たちの態度はおそらく公爵の声に出さない意向だろうよ。そんなものといちい付き合ってられないからね」
「一度ガツンとやってしまえば、おとなしくなるのでは? 学園では結構派手にやったのに、ここでは意外と“平和主義”なんですね」
「……はは。きびしいねぇ」
「まあ、クウヤがいいと思っているやり方にするしかないんでしょうけど、何となく気に入らないわね」
『平和主義』をあからさまに強調するルーの軽い嫌味に苦笑いするクウヤ。ルーにもクウヤの立場が想像できなくはなかったが、彼が思いのほか公爵家と穏健な付き合い方をしようとしていることに、彼女は何となく不満を感じていた。
「とにかく、今日のところはおとなしく頼む。ただでさえ、いろいろややこしいことで腹いっぱいなんだ。面倒くさいことはもう十分だ」
クウヤはそう言って、この話題を打ち切る。
「とりあえず、着替えて身なりを整えておこうぜ。嫌味なくらいにな」
人差し指を立てながらそう言うクウヤの笑みはこれ以上ないぐらい黒い笑みだった。
――――☆――――☆――――
「失礼したします。公爵様がお会いになるとのことです。お支度を」
クウヤたちがほぼ身なりを整え終えるころ、公爵家の執事がクウヤたちに声をかける。
「よし、身なりはだいじょうふか?」
クウヤは他の三人に声をかける。三人とも準備は整っていた。黒を基調とし、金のアクセントを控え目に入れた、飾り気のない礼服を身に着けたクウヤを始め、青を下地に深紅のアクセントの入った儀礼服をまとうルー。ヒルデは淡い青を下地にした清楚で控えめな礼服、エヴァンは小ざっぱりした一般的な礼服を身にまとっていた。
「それではこちらに」
執事が先導し、クウヤたちは公爵との謁見場所へ向かう。
「クウヤ、よくぞ参った。学園生活はどうじゃな? 不自由はしとらんか?」
公爵は恐ろしく大げさにクウヤへ声をかける。クウヤは多少、口元を引きつらせながらも、それに答える。クウヤをよく知るものが見れば、あからさまに作った笑みを浮かべ対応していることがありありとわかる。
「陛下とお爺様のご配慮のおかげで、不自由なことは何一つありません」
極めて社交辞令的な返答をし、とりあえずは公爵の機嫌をうかがうクウヤ。ルーはそんなクウヤにわずかながら憐れみを含んだ目で見ていた。
公爵はクウヤの様子には関係なく自分の話を続ける。クウヤの支援のために皇宮内でどれだけ骨折りしたか、クウヤの能力を拾い上げたのは自分であると言わんばかりの話にクウヤたち四人は表には出さないものの、辟易していた。
「それで、友達かなそこの三人は? クウヤが世話になっておる」
そう言うと公爵は柄にもなく軽く会釈した。三人も公爵に返礼する。
「こちらはギルド連合共和国カウティカ代表第三公女ルーシディティ・プラバス=ネゴティア嬢、そのお付きのヒルデ・ディヴァデュータ、そして最後はリクドー商人が一子エヴァン・マーチャンでございます。この三人と有意義な学園生活を送っております」
クウヤは簡単に他の三人を公爵に紹介する。公爵はルーの紹介は聞いていたがそれ以外はあからさまに聞き流していた。
「これはこれははるかカウティカからこの帝国までよくぞいらした、ルーシディティ嬢。この公爵マテュー・モーリッツ・ハインツ・プレヒト、心より歓迎いたしますぞ。本来ならば国賓扱いで歓待するべきではありますが、何せ急なお話しゆえ十分なもてなしができなくて申し訳ない。カウティカの第三公女殿に何か不足があっては我が国の威信にもかかわるだけでなく、この公爵家の威信にも大きくかかわる大事。それ以上に貴国と我が国との友好関係にかかわることゆえ、遠慮のうお申し付けくだされ」
「ご配慮痛み入ります、公爵殿。こちらも非礼な点があるとは思いながらも、学友としてご好意に甘えさせてもらっています。非公式の表敬ではありますが、この訪問がカウティカと貴国との友好関係の深化の一助となればと願ってやみません」
伊達に帝国宰相の地位にいるわけではなく、外交儀礼について公爵はそつなく対応する。ルーもそれを受けて
ルーに対しては慇懃な公爵ではあるがヒルデとエヴァンに対してはほとんど関心を示さず、「あまり堅苦しく考えず楽にするがよい」と述べるだけだった。その態度がルーの癇に障る。
「おお、公爵殿、不躾ではありますが、早速お願いしたいことがあります」
作り笑顔で公爵は「何なりと」と答え、ルーの次の言葉を待つ。ルーは何か企んだような表情で公爵に願いを述べる。
「それでは、お言葉に甘えて。私の付き人であるヒルデ・ディヴァデュータ、クウヤ殿の友人、エヴァン・マーチャンの両名を私と同等の存在として扱っていただきたい。この両名は学園で私と“対等の学友”として付き合っているものですから」
そのルーの言葉に公爵は微妙に口元を引きつらせる。ルーはその表情に一瞬黒い笑みを浮かべる。
「……わ、わかりました。ルーシディティ嬢にとって大事なご学友ということならばそれなりの対応いたしましょう」
その返答にルーは外交的な笑みで返礼するのであった。
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