第74話 クウヤの帰還 弐

「屋敷へ走るぞ!」


 クウヤの号令一下、全員が走り始める。


 見えない敵は殺気を漂わせ、確実にクウヤたちの後を追う。

 クウヤは苛立っていた。敵の位置がつかめないのに、殺気だけがタールのようにまとわりつくことに。他の三人も、同様に今まで出会ったことのない敵の存在に戸惑い、苛立つ。


 その敵はそんなクウヤたちをあざ笑うように、魔力を帯びた火球が彼らを翻弄する。

 見えない敵の魔法による散発的な攻撃は、簡単に回避できるが、回避する度に回避先を狙い撃ちする。しかもその威力は弱く、肉食獣が獲物を仕留めた後、もてあそぶように彼らを翻弄する。


 いたぶられるような感覚にクウヤたちは更に苛立つ。


(何なんだ、この敵は! 完全にこちらをもてあそんでいる!)


「クウヤ、何なんですか! いたぶられるままですか!? こっちから仕掛けられないのですか?」

「無理だ! 敵の位置がはっきりつかめない! とにかく、今は屋敷へ急げ! それしかないっ!」


 いい加減、見えない敵の攻撃に嫌気が差したルーが、打開策をクウヤに求めるがクウヤはこの状況に反撃の糸口がつかめないでいる。


 体制を立て直すため、手近な物陰に四人は身を隠す。気配を殺しつつ、周囲を警戒する。攻撃は物陰に身を隠すと同時に止んだ。


 その時、エヴァンがクウヤに耳打ちした。


「クウヤ。気付いたことがあるんだ」

「なんだよ、こんな時に」


 クウヤは怪訝そうな表情をする。エヴァンがこんな逼迫した状況で、何故そんなことを言うのか、クウヤには理解できなかった。エヴァンは構わず、言葉を続ける。


「このねちっこく嫌味な割に、大したことのない攻撃、どこかで受けてないか? 昔、どこかでされたような気がするんだけど……」

「ねちっこい嫌味な攻撃……? あ!」


 クウヤはエヴァンの指摘に心当たりがあった。かつて教えを請うたある人物の攻撃パターンによく似ていた。


「エヴァン、悪いが囮になってくれないか? 推測が間違っていないなら、俺の考え通りの展開になるはずだ」

「……多少引っかかるな。敵の正体の目星はついたのか?」

「まぁな。エヴァン、お前の一言で思い当たった人物がひとりいる。多分当たりのはずだ。……細かい説明は後でするから、言う通りに動いてくれ。ルーもヒルデも頼む」


 エヴァンは今ひとつ具体的な人物を思い浮かべることができず、首をひねっている。しかしクウヤは敵の正体に目星をつけていた。


「……誰かわからんが、やってみるか。どう動けばいい?」


 クウヤは他の三人に指示をする。他の三人も頷いている。


「よし、いけ!」


 その掛け声とともにエヴァンが物陰から飛び出す。彼を狙って攻撃が再開する。彼はその攻撃をかわしつつ、屋敷へと向かう。すると攻撃は行く手を阻もうと激しくなる。エヴァンはその一つ一つの攻撃を何とか紙一重で躱しながら、敵の注意をひく。クウヤはその攻撃を具に観察し、敵の位置に当たりをつける。


「今だ! ルー!」


 クウヤの合図にルーが飛び出し、攻撃元と思われるところに矢継ぎ早に矢を放ち、矢の雨を降らす。矢の雨に怯んだのか、一瞬攻撃の手がゆるむ。


「ヒルデ! 頼む!」


 ヒルデが続いて飛び出す。それと同時に詠唱を始める。


「……魔なる力よ、我に力を! いでほむら! いでよ清水!」


 彼女は火炎と水を出現させ、ぶつける。大音響と共に大量の蒸気で白くなり、辺りの視界が奪われる。彼女は水蒸気爆発を誘発し、発生した大量の蒸気を煙幕としたのである。


「よし、行くぞ!」 


 四人は一目散に屋敷へ向けて、全速力で走っていった。


――――☆――――☆――――


「はぁ、はぁ、はぁ……みんな無事か?」


 屋敷の門の前で、クウヤは他の三人の安否を確認する。


「はぁ、なんとか、はぁ、はぁ……一応、死んではないな……」

「……はぁ、はぁ、うまく、はぁ、いった、かしら? はぁ、はぁ……」

「あれで、はぁ、うまくいかなかったら、はぁ、どうしようもないわね……」


 エヴァンもルーもヒルデも全速力で走ったせいで、息も絶え絶えに答える。


「どうやら、巻いたみたいだな。あれだけ派手にやったんだ大丈夫だろう」


 エヴァンは楽観視していたが、クウヤは違う見方をしていた。


「……だといいんだが。みんな構えろ。俺の推測があたっていたら、おそらく、この門を開けたら……」


 と言いながら、屋敷の門を力いっぱい開ける。


 門は、錆びついた鉄のこすれる軋み音を立てながら開く。

 門が開くと人影が見える。


 その人影は両手を腰に当て、屋敷玄関の前でクウヤたちを待ち構えていた。

 

 ルーやヒルデやエヴァンは身構えその人影の攻撃に備えるが、クウヤは腰に手を当て、大きくため息をつく。


「……一体、どういうつもりだよ。歓迎にしちゃぁ、荒っぽすぎるんじゃないの?」


 クウヤの一言に反応するようにその人影はゆっくりと近づいてくる。ゆっくりと詠唱し、魔法を発動しようとしているようだ。


「あぶない! クウヤどいて!」


 ルーが危険を感じ、真っ先に仕掛けた。放たれた矢は確実にその人影をとらえた……かに見えた。しかし、事も無げに放たれた矢を打ち払う。

 不敵にも、その人影は笑っているようだ。


「……もういいだろう、ソティス。腕試しはここまでだ」


 ソティスと呼ばれた人影はさらにゆっくりクウヤの元へ近づく。


「おかえりなさい、クウヤ様。お待ちしておりました」


 そう言うと、彼女はうやうやしくクウヤにこうべを垂れる。

 他の三人、特にルーとヒルデは呆気にとられ、何が目の前で起きているのか理解ができなかった。エヴァンは見えない敵の正体がわかり、ただただ、苦笑いするだけだ。


「えー! クウヤくんの知り合いなの?」

「……ずいぶんと、熱烈な歓迎をしてくれる人ね。クウヤの何?」

「……はぁ。ソティスの姉御らしいというかなんというか……」


 クウヤも頭の後ろを掻きながら、彼女を紹介する。さすがのクウヤもソティスがここまでやってくるとは思っていなかった。


「まぁ、一応……うちの侍女のソティスだ。よろしく頼む」


 ソティスもさっきまでの攻撃態勢はどこへやら、すっかり侍女モードで自己紹介する。


「エヴァンも久しぶりね。相変わらずで何よりです。そちらのお二人は初見ですね。はじめまして。クウヤ様の侍女をしています、ソティス・ティアマトと申します。お気軽にソティスとお呼びください」


 ことの展開の早さに女性陣は理解が追い付いてこない。あまりのことに彼女たちは自己紹介さえしようとしない。しかたがないので、クウヤが彼女たちをソティスに簡単に紹介する。ソティスも二人に先ほどの攻撃は何だったのかというぐらい恭しく礼をする。普通ならば一国の姫に攻撃を加えたことで外交問題になるはずなのに、彼女はそんなことはどこ吹く風と言った雰囲気で、クウヤに対する態度と全く同じように接する。


 女性陣二人は訝しげにソティスを見ながら、小声でクウヤに耳打ちする。


「……どういうこと、クウヤくん? 何で侍女が攻撃してくるの? これって外交問題になるかも……」

「クウヤのところでは侍女が主人を襲撃する習慣があるとでも言うのですか……? それとも彼女の特殊な性癖?」


 クウヤも彼女たちにどう説明していいものか、わからなかった。苦し紛れに邸内へ案内するしか思いつかなかった。


「……いや、そういうわけでは。ま、とにかく中に入ろう。細かい説明は中で……」


 そういうと、クウヤは屋敷内へ他の三人を案内する。案内された三人、特に女性陣二人は疑心暗鬼になって、おっかなびっくりクウヤについていくだけだった。


「思っていたより、動きが良くて感心しました。魔の森走破は伊達ではないと言うことですね」

「まあな。あそこではかなり危ない奴に追っかけられて往生したからなぁ。しかし、いきなり攻撃することはないだろう。仮にもこっちには一国の姫様がいるんだぜ」

「ご心配には及びません。基本お忍びですし、万が一の時はクウヤ様が体を張ってくださると信じていますし」

「……それって結構ひどくない? 責任転嫁も甚だしいと思うんだけど……」

「大丈夫です。クウヤ様ならちゃんとなさいます。ソティスはそう信じています」

「……」


 ソティスはクウヤと旧交をあたためる。

 しかしルーはソティスから目を離さず、何かあったらすぐに動き出そうと身構えながら、歩いてる。ヒルデはルーほど露骨ではなかったが警戒してる雰囲気は醸し出している。


(やりにくいな……。なんとか警戒を解いてもらえないかなぁ……)


 クウヤとソティスは事も無げに談笑している。しかし、女性陣は未だ警戒を解こうとしない。クウヤは苦笑するしかなかった。


 女性陣とギクシャクしながらも、クウヤたちは食堂へ移動する。


「こちらで、少々お待ちください」


 ソティスはそう言うと一旦クウヤの前から立ち去る。待ち構えていたように、女性陣がクウヤの元へ詰め寄る。


「クウヤ、あの人は本当に信用できるのですか? 今ひとつ受け入れがたいのですが」

「そうよ、あの人のことについて教えて、クウヤくん」

 

 ルーとヒルデに促され、クウヤはマグラクシアに行く前までの様子を彼女らに話した。途中、エヴァンも参加し、昔話に花を咲かせた。その内容はソティスのしごきにだんだん移っていった。


「すると、彼女は厳しい教官だったんですねぇ」

「ま、そうだな。あの時は殺されるかと……」

「……クウヤ様、昔のようにいたしましょうか?」

「うおっ! いきなり、何っ!」


 気配を消し、突然現れたソティスにクウヤはこれ以上ないというぐらいのけぞる。


「いきなり来ないでよ。心臓に悪い……」

「何を言っているんです、クウヤ様。敵はいつも突然思いもよらぬところから現れるんですよ」

「いや、だからって……」


 そこでクウヤとソティスとのやりとりに何故かルーが参加してきた。


「そうです、クウヤ。ソティスの言うとおりです。いつも警戒を怠らないようにしないと。あなたは時折、どこか抜けたところがあってそのせいで、周りがいろいろ引きずられて迷惑するのです」

「ルーシディティ姫の仰るとおりです。その油断は命取りになりますよ」

「そうそう。だから、魔の森で遺跡に取り込まれたんじゃないの?」

「そんなことがあったんですか! 姫様」

「そうなのよ……」


 いつの間にか、ルーがクウヤに小言を言い出すだけでなく、ソティスと意気投合し、彼を攻め立て始める。

 

「もー、るーちゃんてば、調子に乗らないの。クウヤくん困ってるじゃない」


 そういったやりとりがようやく女性陣の警戒心を和らげた。


「そろそろクウヤ様、ドウゲン様のところへ帰還報告されてはいかがでしょうか?」

「そうか、そうだな。もうそろそろ行かないとな。それじゃ、ソティス後を頼む」

「承りました。いってらっしゃいませ」


 クウヤには忘れてはならない任務があった。それを果たすため、ドウゲンの執務室へ足を向ける。

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