第69話 遺跡の声の試練 弐
クウヤは再び虚空に投げ出され、
(また……暗闇……このまま……消えてしまう?)
クウヤは自分が暗闇に溶け込んで、消えてしまうのではないかと恐怖した。しかし、しばらくたっても身体の感覚はあり、消えてはいなかった。
(まだ、消えないんだ……身体。ずっと、このまま?)
クウヤの恐怖感がどんどん高まるのとは反対に、また先ほどと同じく霧が晴れるように視界が開けだす。
(今度は何を見せようと……)
視界が開けると、クウヤは自分が深い森の中にいた。彼の心の中は恐怖心に入れ替わり、懐かしさが占めていった。
(ここは……! あのとき夢に見た森だ!)
目の前に現れた森は、リクドーの屋敷が襲撃され、彼が寝込んだときに夢で見た同じ森であった。すると、また心の奥底から、泉から水が湧き出すように恐怖心がふつふつと湧き上がってきた。
(止めてくれ! あんなことはもう二度と見たくないんだ……)
突如現れた魔方陣が発動し、森の小村に破壊をもたらしたあの光景をもう一度見ることになるのかと思い、クウヤは身体の中心まで冷やされた感じがした。
しかし、目の前で展開される光景は、クウヤがどれだけ嫌がっても、変わることはなかった。
――再び、あの惨劇がクウヤの目の前で繰り広げられる。
「やめろぉぉぉー!! 止めてくれぇ!」
クウヤは張り裂けんばかりの声をあげるが、徒労に終わった。
以前見た惨劇が、寸分たがわす再生されてゆく。
彼は目を背け、惨劇を見ないようにすることさえできなかった。
その光景は目からではなく、直接彼の頭へ投影されたからだ。その光景から逃れようと、目を強く閉じ頭を狂ったように振り回しても、その光景が暗闇に沈むことはなかった。
音もなく、魔方陣が現れ、輝きだす。
天空から青白い光の雨が降りそそぎ、村人たちを激しく打ち据える。
この世のものとは思えないような、恐ろしい断末魔の叫び声を村人たちは上げる。
一部ははじけ飛び、ただの肉塊と化し、一部は青白く炎をあげ、生ける松明と化し、次々と炭の彫像と化す。
その体からは赤く光る液体が流れ出て、滴り落ちる。落ちた液体は妖しい赤い光を秘めた魔導石へと変わっていく。
赤く輝く魔導石がちりばめられた炭の彫像の林の中に立ち尽くすクウヤ。またも、幼いころの心の傷を逆なでされた彼は頭を抱え、胎児のごとくうずくまる。
クウヤは声にならない声を上げ、嗚咽する。小刻みに体が震え、その姿は車にはねられ、道に打ち捨てられた野良犬のようだった。
「なんでまたこの光景を……」
「……汝ハコレデモ人ノ味方トナルカ? コノ惨事ハ明ラカニ人ノ手ニヨルモノ。汝ハ一度、人ノ手ニカカッタ。ソレデモ、人ノ味方トナルカ?」
無慈悲な“声”がクウヤの頭の中に響く。彼は答えない。
「汝ハ、マダ人ノ味方トナルカ? 人ハ汝ノコトヲコトモナゲニ手ニカケルノダ。ソレデモ人ノ味方トナルカ?……」
同じ言葉を何度も、何度も、繰り返す“声”。冷酷で無慈悲な行為は延々と続けられた。
(……なぜだろう? こんなことに……なったのは……初めてじゃない……どこかで……)
クウヤの意識はどこか別の世界へ飛んで行った。
――――☆――――☆――――
「やーい、ながれものぉ、ながれものぉー」
「流れ者じゃないよぉ……」
「お前なんか、“ながれものぉ”で十分だ! お前みたいなやつが、こんなものを飼うなんて、ぜいたくだ!」
「やめてよ……」
「うるさいっ! お前は文句を言える立場じゃないんだ! この“ながれものぉ”、人間のクズ、人間様と同等に話すことすら汚らわしい、みっともない生き物のくせに、生意気言うんじゃないよ!」
夕暮れ、どこかの町の空き地に子供たちが集まって、何か騒いでいた。
一人の子が子犬を抱え、他の子たちから殴る蹴るされるがままで耐えていた。
その子はただひたすら耐えていた。
いくら殴られようと、いくら罵られようと……。
「おら、よこせよ! お前みたいな人間崩れに飼われるより、俺たちがかわいがってやるほうが、そいつのためになるんだよっ! よこせ!」
そういうと、殴る蹴るしていた子供たちのリーダー格が、いたぶっていた子供の腹をを思いっきり蹴り飛ばし、その子犬を強引に取り上げた。
いたぶられていた子供は痛む腹を抱えながら、リーダー格にしがみつこうと、地べたを這いつくばる。何とか守っていた子犬を取り戻そうと動き出すが、その動きは汚物の中で蠢く蛆か、土の中を
「ふっ……。おまえにはお似合いの姿だな。地べたを這いつくばるしか能のない蛆虫がっ!」
「がっ……!」
リーダー格は這いつくばる子供にとどめ止めとばかりに、顔面を蹴った。
取り巻きの子供も嘲笑しながら、その光景を見物していた。
「……とりあえず、こいつはおれがあずかる。文句ないなっ!」
乱暴されていた子供は答えない。答えようもなかった。その時には意識がもうろうとして、目の前のものもはっきり認識できない状態だった。ただ、子犬を取り戻そうと痛む体を庇いながら、手をゆっくり伸ばすだけだった。
そして、その子供は手を伸ばしたまま意識を失った。
子犬の悲しげな鳴き声を聞きながら……。
その子供は肌寒さと、ほほに感じる生暖かい液体の感触と、鼻につく鉄っぽい生臭さを感じるとともに意識を取り戻した。
あたりはすっかり暗くなり、空は紫から漆黒に変わろうとしていた。
「……! ぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!」
彼は頬につたう生暖かい液体の正体を知る。
血だった。
彼の血だけではなかった。
無残に打ち据えられ、ボロボロになったそれを見た。
……子犬が無残に解体されていた。
首はねじ曲がり、ありえない方向を向き、脚の一本は引きちぎられ、別の一本はありえない場所で曲がり、白いとげのようなものが飛び出ていた。腹は裂かれ、臓物が雪崩のように外へ飛び出し、見るも無残な姿をさらしていた。
「ぐっ………おぉぉ……かぁ……!」
彼は心の底から悲しんだ。そして、こんな理不尽な行いをした相手に、どうしようもないほどの怒りと憎しみを覚えた。余りの激しい感情に体が震える。
彼は怒りを抑えきれず、叫びだす。その叫び声は次第に
――――☆――――☆――――
クウヤも同じ感情を抱いていた。というより、その感情はかつて彼が体験した感情だった。それは彼が「クウヤ・クロシマ」になる前、「流 空也」のときの体験だった。
遺跡の声はクウヤの記憶の封印を解いた。それは漆黒の森の惨劇の記憶だけでなく、異世界での体験をも呼び覚ました。
クウヤにとっては、二重に残酷な記憶を引き出されたことになる。
そして、クウヤの封印された人間に対する怒りや憎しみを引き出した。
「汝ハ人ノ味方トナルカ?」
無慈悲な声が再びクウヤの耳に届く。しかしクウヤはすぐには何も反応しなかった。
「……戻りたい。人の街へ。結論はそれからでもいいでしょう?」
しばらく時間がたって、ようやくクウヤが口を開いた。
「汝ハ魔戦士トナルコトヲ放棄スルノカ?」
「いえ、違います。それに試練は終わったのでしょう? ならば約束は守ってもらわないと」
今度は“声”が押し黙った。あれだけ精神的に追い詰めたはずなのに、いまだ正気を保っていたクウヤが想定外だったようだ。
「……ヨカロウ。汝ハ試練ヲ乗リ越エタ。約束ハ守ロウ。イクガヨイ」
すると、祭壇の下に魔方陣が現れた。
「ソノ魔方陣ニ乗レバ、外ヘ出ラレル。ココヲ出ル前ニコレヲ授ケヨウ」
クウヤは右手の甲に軽い暑さを感じてふと見ると、手の甲が光り、小さな魔方陣が描かれだした。
「これは……?」
「再ビ、ココヘ戻ルタメノ印ダ。入口デソノ印ヲカザセバ、再ビココヘ導カレル」
手の甲の魔方陣が完成し、一瞬強い光を放つ。手の甲には禍々しい文字が散りばめられた魔方陣が刻まれていた。
「ユケ。再ビマミユル時マデ、シバシノ別レダ」
クウヤは何も言わず、魔方陣の上に乗った。
魔方陣が強い光を放ち、輝きだす。それと同時にクウヤも光に包まれていく。
光が収まると、ただ祭壇があるだけだった。
「……イッタカ。ナントモ、強イ子ダ。彼ナラバ、ヤリナオスコトモ……」
そう誰ともなくつぶやくと、遺跡の中はクウヤが訪れる前の静寂に満たされた。
――――☆――――☆――――
「全く、坊主はどこへ?」
遺跡の前で隊長は調査団員とともにクウヤを捜していた。かれこれ、数時間はあたりを捜索していたが、これといった手掛かりを見つけることはできなかった。
(……これ以上時間がかかるならば、彼は放置するしか……)
隊長は非常な決断を迫られる状況に追い込まれたことを、調査隊の時間がないことを嘆く。
「……もうすこし付近を探索して、彼を見つけられないならばこの場を撤退する」
隊長は現状に変化がないことに危惧し、非常な決断を下す。
「ダメよっ!! まだ、時間はあるじゃない! もう少し探しましょう」
普段、感情を
「……しかし、それほど長居はできんぞ。繰り返し言うが、調査隊はあまり長居はできん」
隊長は苦渋に満ちた表情で、ルーにそう告げる。
「……隊長、私からもお願いします! あともう少しでいいんです。クウヤを、彼を探せてください!」
「俺からも頼むよ、隊長! あいつはそう簡単に死んだりしない!」
ヒルデとエヴァンも隊長に懇願する。
「……急げよ。これ以上は待てない」
言葉少なに、隊長は引き続き、クウヤ捜索を認めた。ルーたちの表情がぱっと明るくなる。
その時、遺跡の前に突如、魔方陣が現れ、輝きだした。
「何っ? 魔方陣だとっ?」
隊長以下、調査隊は突然の出来事に慌てふためき、混乱する。中には手持ちの武器を構えるものさえいた。
魔方陣は次第に光を失っていく。その中心には人影があった。
「クウヤっ!」
「……おう。待たせたか?」
「待たせたかじゃないわよっ……! クウヤのばかっ!」
ルーはクウヤにすがりつくように抱きついた。あとはただひたすら泣きじゃくって、クウヤは戸惑うばかりだった。
「……まったく、人騒がせなやつだな。どこで道草食っていたんだ? あんまり勝手にうごきまわるじゃないぜ」
「……そうね。ほんとに人騒がせね。……でも、おかえりなさい、クウヤ」
「あぁ、ただいま」
人目を気にせず、すがりつき泣きじゃくるルーの肩をやさしく抱きながら、クウヤははにかみながら答えた。
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