第68話 遺跡の声の試練 壱
クウヤは気付くと、虚空を
(これが試練……? にしては、随分と緩い……)
クウヤは何か拍子抜けし、首を傾げる。すると、濃い霧が晴れるように何処かの世界の光景が次第に明瞭になってきた。
(ここは……どこだ? 見たことあるような……)
クウヤはいつの間にか地に足をつけ、立っていることに気付いた。そのまま立ちつくし、あたりを見回す。彼が立っていた場所はどこかの町のようだった。
「いたぞー! 魔族だ!」
突如、街角から聞こえた声に振り向くクウヤ。声の主はこちらへ向かってくる。よく見るとその手には、彼の上腕と同じような長さの棒を持ち、頭の上に振り上げ、こちらへ走ってくる。そのような暴漢が何人かいるのが目に入った。
クウヤは反射的にその暴漢たちを迎え撃つ構えをとる。全速力で彼に向かってくる暴漢たち。彼と暴漢たちが交錯する。
(来た! え……?)
しかし、その暴漢たちはクウヤを文字通り通り抜け、通過していった。彼が目に入っていないだけでなく、物理的な障害物にもならなかった。
(……すり抜けた? どうして?)
クウヤは今、起きたことが何なのか、理解出来なかった。よく分からないまま、通過していった暴漢たちを目で追う。暴漢たちの向かう先には、ボロ切れをまとった子供がいた。どうやら、暴漢たちはその子供を狙っているようだった。
クウヤは暴漢たちを反射的に追う。暴漢たちはその魔族の子供のすぐそばまで駆け寄り、取り囲んだ。
「魔族ごときが、街をうろつくんじゃねぇ!」
「ここは人の領域なんでな、お前のような人外がいていいところじゃない!」
「お前たちなんか、そこらへんにいるドブネズミと同じ存在なんだ! 死ねよっ!」
暴漢たちは、口々にありとあらゆる
「こいつ、おびえてやがるぜ。へへ……生意気に感情なんて持っているのか。おめーらには過ぎたものなんだよっ!」
一人の暴漢が棒を振り上げる。魔族の子供はどうすることもできず、ただ腕を上げ、何とか暴漢の一撃をしのごうとしている。しかしそんな努力は報われることはなかった。
振り上げた棒で、魔族の子供を強かにうち据える暴漢たち。その表情には弱いものを虐げる邪な悦びが浮かんでいた。
「やめろぉー!!」
クウヤはありったけの声をあげ、暴漢たちを静止しようとした。しかし、暴漢たちとって、いない存在である彼の声は、全く聞こえるはずもない。殴ろうと、蹴ろうと、彼の拳や脚は暴漢をすり抜けるだけだった。
「……やめろぉ! 止めてくれぇ! 止めるんだぁー!」
全く効果のない行為を続けるクウヤ。その間にも、魔族は殴る、蹴るの暴行を受け続ける。やがてグッタリとして、自らの意志では動くことはなくなった。
「くっ……! 止めるんだァァ!」
怒りが頂点に達したクウヤは、ありったけの魔力を込め、魔法を発動する。彼の身体からどす黒いオーラが立ち上ぼり始めた。その姿は地獄の獄卒が、地上に現れたかのような禍々しさであり、もしその姿を暴漢たちが目視できたなら、一目散に逃げ出すであろうことは必至だった。怒りにほぼ我を忘れたクウヤから、あふれ出る黒いオーラの量は、さながら黒い
そして、クウヤは炎の魔法を発動させる。発動し、現れた炎は真っ黒だった。黒の業火と呼ぶべきものだった。
地獄から召喚したような真っ黒い業火が彼から暴漢たちに向け、放たれる。暴漢たちは黒い業火の勢いに吹き飛ばされた。だが、彼らを焼き尽くすことはなかった。ただ単に業火の勢いに吹き飛ばされただけであった。
しかし、それでも彼らには十分な効果があった。彼らは何が起きたのかわからず、道の上に投げ出されたまま固まる。少し間があった後、暴漢の一人が叫びだした。
「…………ぅあぁァァ! 魔族の魔法だっ! 逃げろっ! 殺されるぞぉっ!」
虐げる側から虐げられられる側に転がり落ちた暴漢たちは、蜘蛛の子を散らすように、
(…………逃げたか)
クウヤは肩で息をしながら、暴漢たちを目で追う。一息つき、ふと魔族の子供を見た。そこにあったのは、散々暴行を受け、生前の姿が想像できないほど顔が歪み、四肢があらぬ方向にネジ曲がった骸だけだった。身にまとっていたものがボロ切れだったため、経緯を知らない他人が見れば、野良犬か野良猫あるいはドブネズミが、野たれ死んでいるようにしか見えなかった。
クウヤは無力感に苛まれ、骸を見つめ立ち尽くす。クウヤは無力感に苛まれていたのは、魔力の使いすぎだけが原因ではなかった。
「………ぬぅゥ、がぁァァ!!」
クウヤは言葉にならない声をあげ、嘆いた。目からは滝のように涙があふれ、腹の底から絞り出されたその声は地獄に落とされた罪人の嘆きのようだった。己の罪の重さと、罪悪感に押しつぶされる断末魔にも似た悲痛な叫びは、誰にも届かなった。
「……魔族ハ、犬猫以下ダ。ゴミ溜ヲ這ウ地虫以下ダ。人ハ魔族ヲ虐ゲ、ソノ命ヲコトモナゲニ奪ウ。地虫ヲ踏ミ潰スヨウニ。ソレデモナオ、魔族ヲ人ノ敵トスルカ?」
どこからともなく声が聞こえてくる、抑揚のない機械的な声。あの遺跡の中で聞こえた声と同じ声。クウヤは声の元を探す。しかし、どこから聞こえてくるのか見つけだすことはできなかった。その声は続ける。
「……魔族ハ、弱イ。人ガ思ウホド、脅威トナル存在デハナイ。人ガソノ存在ヲミトメ、生存スルコトヲ、容認スルダケデ、人ト魔族ノ間ノ問題ノカナリノ部分ガ霧散スル。ソレデモ、汝ハ魔族ヲ敵トスルカ?」
クウヤには何のことか理解できず、苛立ちがつのる。そのうえ、抑揚なく淡々と語る語り口が彼の神経を逆なでした。彼は思わず語気を荒げる。
「……魔族が敵かどうかなんてわからないし、敵とも考えてないよ! ただ、僕は人だ、人なんだ! 人だから、人を守る側でいたい!」
クウヤはあくまで自分は人間であり、たとえ作られた存在だったとしても、人間として生きていこうと思っていた。それを自らの口で語ることで、自分の内側にある不安を打ち消そうとしていた。しかし、“声”はそんな彼に冷や水を浴びせかける。
「タトエ自分ガ、人ニヨッテ作ラレタ、“人形”ダトシテモカ? 人ハ汝ノコトヲ同胞ト思ウマイ。ソレデモ人ノ味方トナルカ?」
“声”は畳み掛けるように、執拗にクウヤに人の味方となるのかを問い続ける。しかも、クウヤを挑発するような言葉を交えて。そんな“声”に、クウヤは苛立ちが高じて、的確な答えが出せなくなってくる。
「そのときになるまでわかるわけないよ! ただ、僕はどちらとも争いたくないんだ! いらない戦いは避けるべきだ!」
クウヤはそう言い切り、魔族側に立って人と争うことも、人側に立って魔族と争うことも望んでいない意志を示す。
するとやや間があって、その”声”は感情のこもらない抑揚のない口調で語りだす。
「……大魔皇帝ハ魔族ノ長トシテ、魔族ノ置カレタ立場ヲ大イニ憂エタ。ソシテ魔族ヲ守護スルタメ、創造者タル人ニ反抗シタ。ソレガ人ノ言ウ、大魔大戦ノ発端ダッタ。大魔皇帝ハ、悲劇ノ源タル業ヲ破壊シ、ソノ業ヲ持ツ人ヲ殲滅シタ。ソノ時、巻キ添エデ、数多ノ人ノ命ヲ、奪ウ結果トナッタ……」
――声は続けた。大魔皇帝の守護者である魔戦士は大魔皇帝と袂を分った。魔戦士は人と争う事を良しとせず、何とか和解の道を探ろうとした。しかし、時は遅すぎた。その時には最早、人も、魔族も和解の道を選択できるような状況ではなかった。憎しみが憎しみを呼び、どちらかが殲滅されるまで争いが止まることはない、そんな極限状況に陥っていた。争いを止めるため、やむを得ず魔戦士は大魔皇帝に刃を向ける選択をする。そして、魔戦士が大魔皇帝を封印し、自身も行方知れずとなり、やっと争いが止まった。
「……大魔皇帝ノ復活ニヨリ、魔族ハ立チ上アガルデアロウ。今マデ虐ゲレレタ歴史ヲ覆スタメニ。魔戦士ハ大魔皇帝ヲ守護スル使命ヲ持ッテイル。今度コソ、魔戦士ノ使命ヲハタストキダ。魔戦士トナリ、大魔皇帝ヲ守護セヨ。ソレガ、汝ノ役割デアル」
「知らないよ、そんなこと。僕は魔戦士の力がほしいのであって、魔戦士の使命がほしいわけじゃない! どうでもいいんだ、そんなことは! 皆を悲しませない力を求めているだけなんだ!」
クウヤと“声”との考えは全く異なっていた。確かにクウヤは魔戦士に憧れに近い感情も持っていた。それにその力を以てすれば、今まで彼が経験した苦難を解決できたかもしれないと、思っていたのも間違いなかった。
しかし、それは魔族の側に立って、人と戦うことではなく、人の側に立って魔族と戦うことでもなかった。ただ単に守りたかっただけだった。そのための力を魔戦士に見ただけであった。
「……ナラバ、汝ニ封印サレタ記憶、魂ノ記憶ヲ呼ビ覚マソウ。ソノ記憶モッテシテモナオ、人ノ味方トナルカ、見セテモラウ」
クウヤは一瞬のうちに虚空に投げ出され、意識を失った。
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