第55話 授業

 入学式後、比較的平穏な日々が続く。あくまで比較的であった――


「クウヤァァー!」


 建物の陰からクウヤを呼び捨てにして何者かが突然飛び出す。

 そのクセモノは彼を襲う。


(めんどくさ……)


 クウヤは淡々と単純作業をこなすように詠唱に入る。入学式と同じように空気弾を生成、発射する。見えない弾丸が標的を確実に撃ちぬく。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!」

「……全く……」


 空気弾で弾き飛ばされたクウヤを襲った曲者くせものは叫び声を上げ、飛んで行く、飛んで行く、果てしなく遠くへ……。


「……今回はどこまで吹っ飛んだかな?」

「さぁ、かなり遠くまで行ったみたいね……」

「ほっときなさい。いつものバカだから……」


 エヴァンが額に手を当て、ひさしをつくり、飛ばされた曲者を目で追う。ヒルデも同じように目で追う。ルーはまるで関心を示さず、そそくさと立ち去ろうとする。


「……みんな行くぞ。授業が始まる」


 クウヤは何事もなかったように授業ヘ向かう。他の三人もそれに続く。


 入学式後、誰かしらが思い出したようにチョッカイを出してくるが、クウヤは日々の課業のように淡々と振り払っていく。他の三人も慣れたもので、スッカリ彼らの日常事として片付けられていく。

 あまりにも日常茶飯事となったため、四人とも、その犯人が何者で何のためにそのような行為に至ったのか考えることも全くなかった。


 そんな雑事を除けば、極めて平穏な日々が続いている。クウヤにしてみればこんな平穏な時間は、リクドーを離れて久しぶりだった。


「えっと、次の授業は何だったっけ?」

「確か、魔導工学概論じゃあなかった?」

「あっそうか、そうだったね。行こうか」


 クウヤたち四人は次の授業の講義室へ急ぐ。


「天誅ぅぅぅー!」


 またもやクウヤたちをどこからともなく現れた暴漢が襲う。

 不意打ちを食らったクウヤはとっさに身をひるがえし、暴漢の攻撃を何とかかわす。躱された暴漢はバランスを崩し、道に転がっていく。その暴漢はボロを身にまとい、髪を振り乱し体勢を立て直しクウヤに向き直す。そのゴツゴツした顔の落ち窪んだ眼窩にある目は血走しり、クウヤを睨む。


(……全く、今日に限ってなんてしつこいんだ)


「くそっぉ」

「しつこいんだよ、なんだってんだ!」


 再びクウヤに向かってくる暴漢。

 普段、あまり感情を露わにしないクウヤが感情を露わにして、暴漢に向かい怒りをぶつける。

 しかし、暴漢は怯まず、クウヤを見据えている。


「これであの世へいきやがれ!」


 暴漢は懐から何かを取り出した。丸い鉄の玉のようにも見えたそのモノには短いヒモのようなものが見える。暴漢は短く詠唱する。


「我は万物の根源に求め訴える。いでよ! ほむら!」

(これは……火の魔法? ……爆弾?)


 暴漢はほんの小さな火を生成し、その丸いモノについたヒモに点火した。ヒモは小さい火花を上げながら燃え出す。


 ヒモは導火線だった。


「ちっ! 風よ! かのモノを切り裂け!」


 クウヤは大急ぎで風の刃を生成する。風の刃は目にも止まらぬ速さで、暴漢にむかっていく。

 その刃は火の着いた導火線を根元から切り取った。


「うわっ! くそっ! おぼえてろ……」

「逃すか!」


 暴漢は役立たずになった爆弾を投げ出し、一目散に逃げ出す。クウヤは空気弾を発射、逃げ出す暴漢を撃ちぬく。

 背中を強かに空気のハンマーで殴られた暴漢はばったりと倒れこみ、地面に打ち付けられた。


「エヴァン! 手伝え!」

「おうさ!」


 クウヤは相棒に声をかけ、暴漢を取り押さえにかかるが暴漢は立ち上がり激しく抵抗する。

 

(ちっ! 大人しく捕まれ!)


 クウヤは暴漢の拳を右へ左へ躱しながら暴漢の腹や太ももに拳や蹴りを入れ、確実にダメージを与えていく。エヴァンも暴漢の背後につねに回り込み、蹴りを入れ、ダメージを与える。


「これで終わりっ!」


 クウヤの拳が暴漢のあごを激しく撃ち抜いた。

 暴漢は膝まづき、崩れるように地面へ平伏し、失神した。クウヤたちはそのスキを逃さず取り押さえた。

 クウヤは何やら周囲がざわついていることに気づく。ふと周りを見渡すと彼の周りに人垣ができていた。クウヤたちの大立回りのせいだった。


「君たち大丈夫か!?」


 騒ぎを聞きつけた学園内警備員たちがクウヤたちの元へ集まってくる。クウヤたちは彼らに暴漢を引き渡す。

 警備員は暴漢の両頬を強かに平手打ちし、気絶している暴漢を起こす。


「クウヤ、覚えていろっ! お前はいつも狙われているんだぞぉっ!」

「早く来い!」


 気がついた暴漢は大声を上げ、激しく抵抗するが、警備員たちがそれを許さない。脇をがっちり固められ、もがくことしかできない。

 警備員たちは暴漢の脇を抱え、クウヤたちのものとから連れ去っていった。


「なんなんだろうなぁ……。変な奴はいるもんだなぁ」


 クウヤは他人ごとのようにつぶやく。あまりにも何度も襲われていたので、そのようなことがあっても他の三人も特に気にする様子はない。


「……さぁ、授業が始まるわ。いきましょう」

「そうだな、行こうか」


 ルーが声をかけ、クウヤたちは授業へ向かった。


――――☆――――☆――――


 クウヤたちは講義室にいた。野外劇場のように階段状になった席に他の生徒たちと授業を受けている。


「えー、我が国の魔力供給体制は教科書の絵の通り、港近くにある魔力供給所からマグナラクシア全域へ供給されています――」


 マグナラクシアは国土のほぼ全域に魔力供給網が張り巡らされていた。この魔力供給網は正にこの世界の電力供給網といってよかった。このインフラにより、マグナラクシア国内であれば潤沢な魔力を湯水のごとく使うことができた。そしてその潤沢な魔力は港近くの魔力供給所から一括供給されていた。


「――魔力供給所では魔導石から魔力を抽出を行っています。この魔力供給所で使われる魔導石は国内の鉱山からと各国からの輸入で必要分をまかなっています――」


(魔力は魔導石から抽出されるんだ。魔導石、魔導石……? 魔導石ってどんなものだっけ?)


 クウヤは授業を聞きながら、取り留めのない考えに耽っていた。ルーはあまり興味ない様子で聞き流してたが、ヒルデは熱心にノートを取っている。エヴァンは……彼なりには努力していた。してはいたのだが、本能には勝てず次第に静かに眠りの世界へ誘われていった。


(悩みなさそうだな、こいつは……。イビキたてなきゃいいけど)


 横で見ていたクウヤはため息を付きながら、隣で至福の世界に浸りきっている相棒を眺める。


「――さて、前置きはこのぐらいにして、今日の本論へはいりましょうか。今日は、先程の話に出てきた魔導石の性質や重要性について話したいと思います――」


 壇上の教員の話は続く。魔導石の性質や重要性などについてである。


 ――魔導石は魔力を帯びた鉱物であり、外見は透き通った赤紫色を呈するが含有する魔力量によって色が異なる。また、含有する魔力量が多いほど透明度が増し、内部に宿る光が強くなる。

 マグナラクシアでは武具やその他魔法道具の材料などの他、各種機械の動力源としても重要なものとされている。この鉱物から魔力を抽出して魔力を供給しているのは先に述べたとおりである。

 産地はヴェリタ教皇領リゾソレニア、魔族の国パンデモニウム近隣で採掘され、マグナラクシアへ輸出されている――

 

「――天然の魔導石は地の底から湧き出る魔力が結晶化したのと言われていますが、マグナラクシアの技術開発が進み人工的に魔導石を合成することも可能になっています。錬金術の応用により生物の元々持っている魔力を結晶化する技術がそれです――」


 クウヤは魔導石が人工的に合成されること、特に生物を材料にするということに何か引っ掛かりを感じた。


(……生き物を魔導石化できるなら、ヒトも材料にできる……?)


「先生、魔導石の材料にヒトは使えますか?」

「何ですか、藪から棒に……」


 突然の質問に目を丸くし、壇上の教員はクウヤのほうを見る。クウヤは少しばつの悪い心地を感じながらさらに続ける。


「いえ、生き物が材料になるならヒトもなるのかなと思ったので質問したんですが……」

「結論から言えばヒトも魔導石にできます。そのような実験が行われ、魔導石化に成功した事例はあるそうです」

「……え? んじゃ、この国ではヒトから作った魔導石を使って魔力を抽出している……のですか?」


 クウヤは嫌な想像をした。もしヒトから抽出した魔力を使っているならば、例えば、灯りを点すのにヒトの脂で灯りをとるようなものである。そのような違和感をクウヤは感じていた。

 そのことにきづいた壇上の教員は含み笑いしながら、クウヤの懸念を否定した。


「まあ、その心配はしなくて大丈夫です。我が国で使われている魔導石は地下から掘り出したものです。それに、ヒトの魔導石化は恐ろしく手間暇のかかるものらしいので、そんなことをしていたら、我が国は魔力が枯渇してしまうでしょう。需要をとても満たすことは出来ませんから。……他に質問は? なければ続けます」



 クウヤは立て板に水の説明にとりあえず、理解した。しかし、今一つ納得できないものも感じていた。ただそれが具体的に何に対して納得できないのか彼自身明確にできなかった。


 クウヤの様子をみた壇上の教員は何事もなかったように授業を続ける。

 クウヤは先程感じた違和感が頭の中を占領し、授業は上の空だった。


――――☆――――☆――――


 クウヤたちは授業を終え、学園内の喫茶店にいた。先程の授業について話している。


「クウヤくん。ちゃんと授業聞いていた?」

「ん? ま、聞くところは聞いていたよ」

「よく聞いていたなぁ。ところで、さっきの授業は何の話をしていたんだい? 途中から記憶が無いんだけど」


 授業中のクウヤの様子が少し気になったヒルデが尋ねる。彼女は彼が質問した後、上の空になり、あまり授業を聞いていない事に気づき、少し心配していた。そんなヒルデの気持ちに気づいたクウヤは当り障りのない返事をする。

 エヴァンは間抜けな発言をして他の三人全員を呆れさせた。


「……おまえなぁ」

「エヴァンくん……」

「…………まぬけ?」


 クウヤもヒルデも呆れ顔だった。

 ルーが止めの言葉を投げかけ、他の二人の反応に苦笑いしていたさすがのエヴァンも少しむっとしてルーに反論する。


「まぬけ? 間抜けはないだろう、間抜けは」

「授業のほとんどを寝倒した人が間抜け以外の何者でしょう?」

「本能には勝てないんだよ人間は。それに言うだろう『寝る子は育つ』って……」

「それだから、どんどん脳みそ筋肉になるんです。……嘆かわしい。どういう方向に育つか考えたほうがいいですよ。少なくともここではアタマを鍛えないと意味が無いです」

「そうは言われてもなぁ……」

「まぁまぁ、ルーちゃんもエヴァンくんも」


 反論するにはしたが、次第にルーに言いくるめられるエヴァンにヒルデは助け舟を出す。ヒルデは自分のノートなどを見せながら授業の内容をエヴァンに事細かに教える。その姿は甲斐甲斐かいがいしくダメ夫を世話するできた嫁のような感じさえあった。


(……ヒルデが結婚したら、いい奥さんになりそうだな)


 他愛のない想像を巡らしながら、クウヤはエヴァンとヒルデの様子を眺めていた。

 そんなクウヤを見つめていたルーは思い立ったようにクウヤを問い詰めだした。


「クウヤもさっきの授業を理解しているのですか?」

「……大体はね。大筋は教科書見れば分かるし……」

「……貴方は分かっていない。見栄を張らずに私に聞きなさい。あんな上の空でわかるはずがありません。私が教えます」

「へ? 何をいっているん……だぁぁ」


 クウヤはルーに無理やり教科書を開かされ、ほぼ強制的に授業の復習をさせられる。


(何なんだろうなぁ、この娘は……。ま、いいや)


 内心、クウヤはルーのそういう強引なところに、わずかながら心地良さを感じはじめていた。


 ルーの強制的個人授業が一段落し、四人はお茶を飲みながら、再び授業の感想を話し始める。


「しかし、驚きです。生き物を魔導石化できるなんて」

「この国の技術水準の高さは世界一ですしね」

「しかしヒトも材料にできるなんてな」

「……エヴァンが魔導石化されても質の低い魔導石になりそうですね」

「なーにー! なんて事言うんだ。そんなことはないぞ」


 口々に感想を言い合い、他愛のない話に花を咲かせる。ルーの嫌味のある言葉も今の四人には心地よい言葉に聞こえていた。


「見に行けないかな、魔力供給所。クウヤ、お前さん学園長と知り合いだろ? 何とか頼めんか?」

「そんな個人的なお願いできるわけないだろう……」

「頼めないなら、勝手に見に行く……ってのは?」

「……エヴァン。お前何を言っているんだ……」

「まぬけの考えはともかく、一度学園長に頼むだけ頼んでみてはくれませんか? 私も興味があります」

「まぬけいうなぁー!」

「クウヤ、お願いできますか?」

「無視するなぁー!」


 ヒドイ言い回しではあったが、珍しくエヴァンの考えに賛同するルー。彼女もかなり興味があるようだった。エヴァンの抗議を無視し、彼女もクウヤにお願いする。


「……どうかなぁ。頼みづらいなぁ」

「ヒルデからも言ってよ。見てみたいでしょ?」

「えっ? 私は……、みんながいくなら付いていくけど……」

「決まりです。クウヤ、早速学園長に掛け合ってくれませんか?」

「えぇっ!」

「くれますよね」

「……はい」


 おでことおでこが付くぐらいの至近距離まで、顔を近付けクウヤに迫るルー。その迫力にクウヤは抗し切れなかった。

 いつもながら、ルーの強引さに勝てないクウヤである。


 こうしてクウヤは学園長のところへ向かうことになった。ただ、その足どりは極めて重いものであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る