第49話 謁見

 朝、メイドに起こされたクウヤは半分寝ぼけながら着替える。

 クウヤに用意された服は黒を基調とした儀礼用の軽鎧のようであった。所々金の装飾が施されており、そこはかとなく高貴さを演出していたが全く派手さなく、有力貴族の子女が集まる場所では浮いてしまうぐらい地味なものに見えた。


(あくまでも、添え物扱いなわけね……。まぁ仕方ないけど。動きやすいことだけが取り得か)


 クウヤは徹底した公爵の意思に辟易した。公爵家にとって彼はお飾りもしくは添え物でしかないことを改めて実感する。

 着替え終わり、まもなく迎えの使用人がクウヤを呼びに来た。彼は使用人についていった。


(あら? 正面玄関に向かっている……? )


 昨日とは違って、正面玄関へ案内されたクウヤは扱いの違いに戸惑う。戸惑うクウヤをよそに使用人は彼を外に案内する。外には昨日迎えに来た馬車とは違うものが待っていた。

 外で待っていた馬車は派手さは抑えられた黒を基調とした外装だったが、所々意匠をこらした金の装飾が施され、見るものを圧倒する迫力があった。


 クウヤは呆気にとられたまま、しばらく動けなかった。


「どうなさいました? お早くお乗りください」

「……はい」


 釈然としないまま、クウヤは馬車に乗り込む。昨日との違いに居心地の悪い彼は同席している使用人に尋ねる。


「昨日とはかなり違う馬車なんですけどこれでいいんですか?」

「何をおっしゃいますやら。総て公爵閣下の思し召し通りです。これでも閣下の威光を示すにはまだ足りないぐらいです。クウヤ様がもし閣下の直系であれば、こんなものではありません」


 使用人の一言でクウヤにはなんとなく気がついた。昨日の公爵の言葉と合わせれば、昨日と今日の違いが何故なのか想像がついた。


 結局は公爵の威光を示すための道具でしかない。それがクウヤの扱いだった。


 釈然としない思いを抱えたまま、帝都中心部にある帝宮へ一路向かった。


――――☆――――☆――――


 帝国の中心である帝都『エドゥ』は帝宮を中心に何本かのほぼ同心円状の環状道路で区切られ広がる都市で、幾重にも結界がはられ、さらに要所要所に小要塞があり、帝都全体がさながら一種の魔導要塞と呼べる程の厳重な警備体制が敷かれていた。


 クウヤを乗せた馬車は魔導要塞都市の環状道路に入り、中心部へ向かう。


 馬車から見える街並みは整然としたもので、リクドーのように雑然としたところは見受けられなかった。通りも常に清潔に保たれており帝都としての面目を保っていた。


 何本目かの環状道路を乗り継ぎ、クウヤを乗せた馬車は帝宮の正門へたどり着いた。


 帝宮の正門は両端に砲台を備え、矢狭間の列が三層に並ぶ櫓門となっている。その威容は訪れるもの全てを威圧し、そこにそびえていた。まるで巨大な魔物が大きく口を開け、威嚇しているようにも見えた。


(これが、帝宮か……。すごい)


 クウヤはその荘厳さや重厚感に感嘆の声をあげる。

 馬車は感嘆するクウヤを乗せ、正門をくぐっていった。正門から謁見の行われる建物までは大通りがまっすぐ続く。


「さぁ、着きましたよ」


 使用人の声を聞き、クウヤは下りる支度をした。馬車から下りると目の前に正門よりさらに巨大な建物がそびえて立っていた。彼はその巨大さに感嘆しながら、建物のなかに入る。


「リクドーのドウゲン・クロシマの子、クウヤ・クロシマ、ただいま到着いたしました!」


 入口付近でクウヤは大声で名乗った。するとその声に反応して、険しい顔で衛兵が建物の奥から飛び出てきた。


「何事か! 大声でっ! ……何だ坊や、こんなところで?」


 クウヤは事の些細を衛兵に話す。彼から話を聞き、衛兵は険しい表情をわずかに崩し、謁見待ちの合格者達がいる待合室へ案内した。


 待ち合い室のなかには、すでに何人か謁見予定の貴族の子女がいた。皆、きらびやかな礼服に身を包み、時間になるのを待っていた。


 クウヤか部屋に入るなり、中にいた合格者たちは少しざわめきだした。あからさまに眉をひそめるものも見受けられた。


(何となく、想像してたけど……。ま、いっか)


 声を潜め、まわりはなにやら噂をしているようだったが遠巻きにクウヤを見るだけで直接話しかけようとするものはいない。クウヤは大きくため息をつき、苦笑いして手近な椅子に座り時間を待つことにした。


 しばらく、待っていると会場に準備が整ったのか合格者たちを皇帝の執事と思われる人物が呼びに来た。その人物は部屋に入ると謁見するにあたり、注意することを一つ一つ説明し始めた。合格者たちは皆一様にうなづき諸注意は終わった。


 クウヤを初めとする合格者たちはその執事についていく。謁見の間はクウヤが想像していたほどの大きさはなく、帝宮の規模を考えるとかなりこじんまりした部屋である。

 部屋の一番奥には一段高い舞台のような場所があり、玉座が鎮座している。


 クウヤたちは玉座の前で整列し、跪いて皇帝の登場を待つ。クウヤも一番後ろで皇帝の登場を待つ。

 その時、クウヤは違和感感じた。謁見の間で全員が緊張しているのは当然のこととして、それとは別の緊張を感じた。わずかながら悪意と殺意の混じった他とは異質な緊張であった。思わず、クウヤはそれとなく周りの様子を伺った。


(変だな? 特におかしなところはなさそうだけど……。気のせいか? 念のため……)


 クウヤが一人首を捻りながら何やら密かに詠唱し、身体強化を図る。するとまもなく衛兵から声が上がる。


「皇帝陛下、御臨席! 全員起立!」


 その掛け声と同時に合格者全員が立ち上がる。皇帝は玉座の上手から現れ、玉座に腰を下ろした。


 クウヤの見た皇帝は、眼光は鋭く、年齢からすれば不釣り合いなほどがっしりとした体躯で謁見の間にいる全ての人間を威圧していた。

 

「これより、合格者一人一人に褒賞が下賜される。心して受け取るように」


 合格者の名前が一人一人呼ばれ、皇帝の目の前で褒賞が下賜される。皆、心なしか興奮し、中には顔を赤らめ、興奮の様子を隠しきれないものもいた。


「リクドー司政官ドウゲン・クロシマ子爵の子、クウヤ。前へ!」

「はいっ!」


 クウヤは大きな声で返事し、皇帝の前へ進み出た。それとほぼ同時に列席者の中から皇帝に向かって走り出した者がいた。


「皇帝、ヴェリタの裁きを受けよ!」


 闖入者が皇帝に切りかかる! 室内の灯りを反射して、その刃が怪しく鋭く輝る。


 しかし、その刃は皇帝に届かなかった。クウヤがその太刀筋を断ち切るように賊の前に立ちはだかった! クウヤは手甲で賊の刃を弾いた。


「どけ! 殺すぞ!」

「……やれるものならやってみろ! 何者だ、お前は!」


 賊の脅し一歩も引かないクウヤに感嘆の声が上がる。


「衛兵! 何をしている。賊をとらえよ!」


 皇帝の一声に衛兵が反応し、賊に一斉に飛びかかる。周りを囲まれ、賊はめちゃくちゃにエモノを振り回した。しかし、衛兵たちはそれに怯まず、賊の動きを封じ、取り押さえた。取り押さえられた賊は訳のわからない叫び声をあげ、連行されていった。


「……クウヤとやら、前へ」


 事態が収拾して間もなく、皇帝は直々に声をクウヤにかける。クウヤは皇帝の目の前に進み出、ひざまずく。謁見の間にいた者たちは異例の事態に驚きを隠せなかった。皇帝から直々に声をかけられることは余程のことでない限り、ありえない異例の事態だったからだ。


「この度のそちの働き、しかとこの目で見たぞ。その名をしかと記憶しておこう。大義であった」


 皇帝の話を聞き、恐縮するクウヤ。


「二人で話したい。後で来い」


 皇帝の言葉に気が動転し、クウヤは返す言葉がなかった。


「皆のものも大義であった。下がってよいぞ」


 そう言い残し、皇帝は謁見の間から立ち去っていった。謁見の間に残された列席者はしばらく呆気にとられ、呆然としていたがやがて三々五々、謁見の間を出ていった。


 クウヤは一人謁見の間に残された。誰も部屋にいなくなったので、彼もその場を離れようとした。すると、皇帝の執事が彼を呼び止める。


「もし、クウヤ殿」

「はい、何でしょう?」

「陛下のお召しにより、こちらへご案内致します。後をついてきて下さい」


 クウヤはうなづき、執事の後をついていった。いくつかの階段を上り下りし、長い廊下をいくつか通り過ぎ、執事がある扉の前でたち止まる。


「こちらでございます」


 執事は恭しく、頭を下げ扉を開けた。クウヤはためらいながら中へ入る。そこは通常入ることのできない禁断の場所、皇帝の私室であった。


「ようきた。近うよれ」

「はっ、失礼します」


 皇帝に呼ばれ、クウヤはすぐそばまで歩みよった。

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