第48話 謁見前日

 クウヤは魔導学園の合格通知をもらい、マグナラクシアへ行くこととなった。それと同時に本国から召喚通知が届き、彼は皇帝と謁見することになった。帝国では通例として貴族の子息が魔導学園に合格すると皇帝との謁見が特例として認められていた。クロシマ家の養子となって初めての社交的行事にクウヤは戸惑いを感じざるを得なかった。


 その謁見とは別に、子爵の義父、カトレア子爵婦人の実父である公爵と会見することになっていた。形式的には公爵の孫ということになるが、所詮出自不明の孤児であり、血のつながった本物の孫ではない以上、赤の他人と変わりなかった。その事がさらにためらいをクウヤに感じさせた。


 クウヤの心情がどうあれ、マグナラクシアへ行く前に本土へ行かなければならないため、クウヤはエヴァンより先にリクドーを離れることになった。港にはエヴァンをはじめ、カトレアやソティスたちも見送りに来ていた。


「お父様、……公爵様の前では粗相の無いように気をつけて。一応、貴方のお祖父様にはなるけれど立場が違うことは絶対に忘れてはいけませんよ」


 見送りのカトレアはクウヤに事細かに注意するが突然、吐き気をおぼえ顔をしかめる。


「……母上、大丈夫ですか? なにか顔色がすぐれないようですが」

「……大丈夫、人の心配より自分の心配をしなさい。陛下との謁見もあるのですよ」

 

 気丈に吐き気を抑えながら彼女は注意を続ける。クウヤは彼女の体調が気になり、注意されたことに意識がいかない。


「……気をつけて。陛下との謁見次第で貴方の政治的立場も決まるのです。ぜひとも陛下に顔と名前を覚えて頂きなさい。そうすればたとえお祖父様とはいえ、貴方のことを無下にはできないはずよ。それから……、お祖父様には決して気を許してはいけません。いついかなるときも、絶対に忘れてはいけませんよ」


 カトレアはクウヤに訴える。その訴えはどこかしら懇願しているようで、ある種裁判の判決にも似た、独特の有無を言わせない圧迫感があった。その感覚に彼は戸惑う。


「……分かりました。気をつけます」


 クウヤはそう言うしかなかった。カトレアは目を潤ませ、彼を見つめる。目が潤んでいたのは体調不良だけが原因ではなかった。


「それじゃ、行かないと……」

「行ってらっしゃい。体には気をつけて」


 クウヤはうなずくと、本土行きの船のタラップを登る。


「クウヤ~。先にマグナラクシアへ行っておくからな~」


 エヴァンがクウヤに叫ぶ。クウヤは船のデッキから手を上げて答える。クウヤが乗船したあと間もなくタラップが上がり、船は船着き場からゆっくりと沖合いにむけて動きだした。


――――☆――――☆――――


 帝国『蓬莱』の港には様々な人や物が行き交っていた。リクドーではあまり見ることのない色とりどりの果物、奇妙な形の野菜、大小いろいろな魚など、様々な物資も人の流れ以上に行き交う様は、恐らくこの世界でも屈指の豊かさを享受している様子が見てとれる。また様々な人種も港に限らず、港につながる通りを歩いており、他国との交易も盛んなことが推察される。


 船から下りたクウヤは行き交う人々の流れをかき分け、迎えに来た公爵の使いと合流した。迎えに来たのは帝国の繁栄からは想像できないほど粗末な黒い馬車に乗った貧相な御者と使用人であった。


「君が子爵のところの子かね?」

「はい? あっ、そうです、そうです」


(随分地味な……。まぁ、こんなものか)


 多少の不安を感じつつ、クウヤは公爵の使いとともに馬車に乗り込む。使用人が彼の荷物を載せ終わると馬車はあちらこちら軋ませながら進みだした。


 軋む馬車のなかで、クウヤは公爵にそれほど歓迎されていないことを実感する。馬車は壊れてこそいなかったが内装にはまったく装飾がなく、椅子には申し訳程度のクッションがあるばかりで、一歩間違えば座敷牢と見間違えるほどの質素さであった。


(期待はしていなかったけど、こうもあからさまだと笑うしかないな)


 クウヤは馬車の内装に苦笑するしかなかった。彼の思いを他所に馬車はひたすら公爵の屋敷に向かった。


――――☆――――☆――――


 市街地を見下ろす小高い丘の上に公爵の屋敷はあった。帝国の繁栄を象徴するようなきらびやかな屋敷は遠くからでもよく見えた。


 クウヤを乗せた馬車は正門を通らず、いくつかある通用門の一つから敷地内へ入る。屋敷に到着したが、正面玄関からの入館は許されず、いくつかある通用口の一番大きい入口から入ることになった。


(ここまで徹底しているとはね。馬鹿らしくて、笑いすらでないや)


 クウヤは使用人について、屋敷内へと入る。屋敷内の長い廊下を歩き、こじんまりとした応接室へ案内された。室内は豪華な装飾等はほとんど無く、実用一点張りの部屋のようだった。


「しばらく、こちらでお待ち下さい」


 使用人は港での態度とはまるで違う恭しい態度で、クウヤを部屋で待たせる。


(何だか、態度が違う……)


 クウヤは違和感を感じたが、態度には出さず出されたお茶を飲みながら、待つことにした。


 しばらく、その部屋で待っていると使用人がクウヤを呼びに来た。言われるままにクウヤはついていった。長い廊下をただ歩き続ける。


(遠いな……。一体何処まで行くんだろう?)


 ただひたすら歩き続けた使用人は目的地に着いたのか、その歩みを止める。


 その場所は、大きな扉の前であった。まるでクウヤを威圧するように彼の前に立ちふさがっていた。


 クウヤは扉の前大きく息を吐き、扉を開ける。扉が重々しい軋みを上げゆっくりと開く。


 クウヤはやや薄暗い部屋の中に向かってしっかりと床を踏みしめながら歩いていく。少し歩くと部屋の一番奥に誰かが大きな椅子が見えた。


 その椅子には誰がすでに座ってクウヤを待っているようであった。


 クウヤは足取り重く、その人影に向かって歩きだす。


「お前が子爵のところの子供か?」

「はっ。お初にお目にかかります。ドウゲン・クロシマの子、クウヤ・クロシマと申します。閣下におかれましてはご機嫌麗しゅう……」

「形式的な挨拶なぞ、どうでもよい。お前にまず言っておく。我が公爵家の末席を汚す以上、それなりの態度をとれ。我が公爵家の家名にキズを付けるような振舞いは厳禁する。それから、事あらばその身、その命を公爵家および帝国に捧げよ。それがお前の使命と心得よ、よいな。明日は陛下の御前で粗相の無いように。服はそれなりのものを用意してやったからそれを着ていけ。紛いなりにも公爵家に連なる者が粗末な格好では面目が丸潰れだからな。以上だ」


 クウヤは緊張し、公爵に挨拶したが、公爵はクウヤ一瞥し自分の言うことを言うだけ言ってそそくさと部屋を出ていった。


(何だ、あの親父は……。言いたい事だけ言って出ていったよ。ここまでとはねぇ……)


 公爵が出ていったあと、メイドたちがやってきた。彼女らはクウヤを今晩泊まる部屋へ案内した。泊まる部屋は普通の寝室で、特におかしなところはなかったがクウヤは訝しげに部屋のなかを見渡す。その様子が彼女らには奇異に見えたのか、彼のことを不思議そうに見ていた。


「……何か?」

「いえ、部屋の中をその様にあちこち見回された方は今までいらっしゃらなかったものですから」


 そう言われて初めてクウヤは自分の行動のおかしさに気づく。メイドたちはそんな彼を見てクスクスと笑う。彼も照れ隠しに愛想笑いをする。


 それからクウヤはメイドたちと軽く談笑し、明日の段取りを確認した。そうしているうちに、時は経ち日も沈んだため軽く食事を取り就寝した。


(明日は陛下との謁見か……。上手くいくといいけど)


 クウヤはそのまま微睡み、眠りの闇へ落ちていった。

 

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