第35話 野良犬の餌
木偶人形十体を燃やし、クウヤは疲れはてた。
「ほら、どうした?もう終わりか?」
研究員は肩で息して疲労困憊のクウヤに冷たく声をかける。クウヤは声もなく、上目遣いでその研究者を力なく睨む。
敵地で自分の全力を見せるわけにも行かなかったクウヤは中途半端な威力に調整していた。そのため、普通に魔法を使うより体力を著しく消耗した。
「どうした? 早く立って、次の標的を狙え! ……もう終わりか。使えんな」
立っているのもやっとの状態になり、これ以上継続させることが無理と判断した研究員が仕方なく彼を部屋に戻した。部屋に戻ると他の子供たちも戻っていた。他の子供たちはベッドに寝そべり顔だけクウヤのほうを力なく見つめる。彼らもまたクウヤと同じように疲れ果ていた。身も心も――
「今日のところはこれで終わりにしてやる。また 明日、がんばれよ。今日は大分頑張ったようだから特別食を出してやる。心して食え」
妙に口角を上げ奇妙な笑い顔で言いたいことを言うだけ言った研究員はそのまま立ち去った。入れ換わるように"特別食"が運ばれてきた。
「ほら、食え」
食事を運んできた研究員たちが子供たちに勧める。普段ろくなものを食べていない彼らにとって、肉団子のスープは極めて魅力的な食事に見えた。研究員たちはそんな子供たちの様子をせせら笑いながら見ている。
クウヤを含めた子供たちは何も考えることもなく、その食事に飛びついた。肉団子のスープにもみえたが、妙に血生臭く、お世辞にもまともな料理には思えなかった。しかし、彼らにはそれ以外に食べる物はなく何も無いより数段ましであった。例えそれがかつての仲間だったかもしれないとしても…… である。
食事を運んできた研究員はそんな彼らを冷笑し、得体の知れない歪んだ笑顔で見つめている。子供たちは研究員たちの妖しい素振りは目に入ったものの、それよりも生きるために食べ物を咀嚼することのほうが重要で、深く考えることはなかった。ただひたすら食べることに執着し、餓鬼のごとく食らうこと以外は意識の外にあった。
とりあえず、当面の食欲を満たした子供たちは、若干ではあるがこの訓練所に来て初めて満足を感じていた。腹が満たされたせいか、皆少しではあるが周りと関わりをもつ意欲が湧いてきた。
「今日の食事のあの肉は何の肉だったんだろう? ゴミ捨て場の肉でもあそこまでまずくないよな?」
そうクウヤが他の子供たちへ話題を振ってみる。すると他の子供たちはうなずき、クウヤの意見に同調する。今まで、お互いに警戒していた子供たちの間にほのかではあるがある種の連帯感が生まれていた。過酷な状況が少しずつお互いの距離を縮めていた。
――――☆――――☆――――
クウヤたちの部屋へ“特別食”を運んだ研究員たちが話しながら通路を歩いている。彼らはクウヤたちの食事にありついた時の様子について話している。時折、彼らの顔が何かを思い出すのか笑い顔になる。
「傑作だったなぁ、ガキどものあのがっつき方。やっぱりあいつら、野良犬と変わらんな」
「あぁ、しかも自分らのお仲間の肉にがっついんてんだぜ、笑うしか無いよなぁ」
「まったくだ。この時が一番笑えるな。アイツらバカだからなぁ……」
「女王様の相手の後はこれに限るな。あぁ、すっとした」
「全くだ。ムカついたときはこれ以上の憂さ晴らしは無いな」
食事を運んだ研究員たちはクウヤたちの様子を嘲笑する。このように、訓練している孤児たちを嘲笑し自らの憂さを晴らす様なことが日常茶飯事であった。彼らは上司のから受けるストレスをそういう形で発散させていた。結果的に、それはソーンが行う虐待と同じことをしていたが、その事には彼らは全く気付いていなかった。その意味では彼らも子供たちを人間扱いしていなかった。訓練所はクウヤたちを嘲笑する彼らの乾いた笑い声が虚しく響いていた。
「しかし、あいつら普段何食っているんだろうなぁ?あんな血なまぐさいのにがっつけるなんて」
「さぁ?大方、ゴミ箱の生ゴミでも漁ってるんじゃねぇの?」
「かもな。奴らはやっぱり、野良犬だな」
無駄口を叩きながら、通路を歩く。そのとき、すぐ近くの部屋から上司が突然出て来た。予想外の上司の出現に彼らは非常に驚き、慌てふためく。
「……ずいぶん楽しいそうね。あの子たちへの餌やりはそんなに楽しい?」
「! ソーン様……。何用でしょうか? このような場所で」
「あら、随分な言い様ね。あたしも楽しいおしゃべりに参加させてって言ってるだけなんだけど。わからなかったかしら?」
珍しく、ソーンが妙齢の女性らしいやわらかな返答をする。しかし、件の研究たちにとっては不気味で仕方がなかった。普段の彼女を思い出すととてもそのようなしおらしい回答をするようには思えなかったからである。そのため、ソーンの顔色を伺いながら、研究員の一人がソーンの申し出をやんわり恐る恐る断る。
「そんな、そんな。ソーン様が参加されるほどの大した話ではありませんし……」
「……そう。それは残念ね。まぁいいわ、その話は。話は変わるけど、私が彼らに処分した子供たちの肉を与えたかお分かり?」
ホッとした後に思いもよらない質問に、何を答えていいのか全く回答が浮かばないその研究員は一瞬頭の中が真っ白になる。それでも何か回答しておかないと後でどんな目に合うかわからない彼は以前聞いていた理由を答えることにした。
「……え? 経費削減……ですかね?」
「まぁ、それもあるけどそれだけじゃないのよ」
ソーンは鼻で笑い、研究員を見た。研究員たちは理由が思いつかず、頭をひねりながらお互い顔を見合わせている。
「何かあるのですか? それ以外思いつかいないのですが?」
「しょうが無いわね。ちょうどいい機会だからあなたちに教えてあげる。あれは人肉食で魔力量を増加できるかの実験でもあるのよ。人は動物を喰らい、体を作り命を維持する生き物。その生き物が同じ生き物を喰らった特にどんな変化が出るか、ちょっと調べてみようと思って」
「そうなんですか。それは気が付きませんで。よく覚えておきます」
「物分かりの良い人は好きよ。それから、私にも”特別食”を今後用意して欲しいんだけど、頼めるかしら?」
研究員たちは驚き、顔を見合わせ、ソーンを見る。
「……えっ、ソーン様もあれを召し上がるんですか? あんな血なまぐさいものを……」
「さすがに、そんなものはいくら私でも食べられないわよ。ちゃんと処理して、普段の食事のように食べれるようにして持ってきて欲しいの」
「そうですか、わかりました。用意するようにします。今度処分する実験動物からでいいですか?」
「お願いね。丁寧に処理してね、お願いするわ」
そう言い残し、ソーンはその場を立ち去る。取り残された研究員たちはあっけにとられながら彼女を見送る。
(やはり、女王様は女王様だな……。我々に理解できる範囲を越えている)
研究員たちは上機嫌で通路の奥に消えていった女王様をしばらく呆れ顔で見送った。
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