第34話 リゾソレニアの“名もなき導師”
――ヴェリタ教皇領リゾソレニア――
クウヤたちが地獄の底にいる同じ時期、リゾソレニアの中心にあるヴェリタ教最大の寺院―通称
その剣幕に驚いた教皇お付きの導師が”名も無き導師”を何とかなだめ、その場へ押しとどめようと必死で説得する。それでもお構いなくその若い導師はなだめる導師を押しのけてでも奥へすすみ、教皇へ謁見しようと歩みを止めようとはしなかった。
「導師! 導師! お待ちください。
「しかし、訓練所の待遇は目に余るものがある! ぜひとも猊下に報告して改善していただかなければ!」
その若い導師は憤慨のあまり、押しとどめる導師の言葉が届かない。なおも無理やり奥へ進もうとする。押しとどめる方も更に必死にその若い導師を押しとどめる。
「お気持ちは十分にわかりますから。それ故、一度冷静になってお待ちいただきたい!」
「冷静になって待つ時間が惜しい! 猊下に直接お会いできなければ、最高導師のところへ行く!」
「お待ちください! 導師っ! 導師ー!」
寺院内にその若い導師を引きとめようとするお付き導師の声が響き渡った。すると、この騒ぎを聞きつけた別の導師が寺院の詰所から出てきた。その風貌は他の導師と異なり、立派な法衣をまとい位が相当上の導師だということがわかる。その導師が付き人を引き連れて外の喧騒を諌めにきた。
「何事か! 猊下は瞑想中であるっ!」
「……最高導師っ! 実は”名も無き導師”が猊下に謁見を求めて来ているのですが、猊下が瞑想中だといっても聞かないんですっ!」
お付き導師が様子を見に来た最高導師に泣きつく。話を聞いて、最高導師はその若い導師に穏やかだが凛とした口調で問う。
「何故に…? ”名も無き導師”よ、理由を述べよ。猊下の瞑想は何人たりとて妨げてはならないこと、そのことは知っておろう? いくら猊下から格別なご配慮をいただける”名も無き導師”であろうとその掟を破ることは許されんぞ」
「はっ、承知しております最高導師。しかしながら、猊下に至急ご報告申し上げたきことがありまして、失礼を承知でここまで
最高導師に対しその若い導師はひざまずき上位の導師に対する礼をとり答える。最高導師は目を細め、一瞬思いを巡らし沈考する。そして、その若い導師に問う。
「……そのような緊急事態ということだな。ことの顛末を述べてみよ」
「はっ。実は……」
――”名も無き導師”は最高導師にことの顛末を述べた――
「……なるほど。そういうことでしたか」
「はい」
若い導師は最高導師の肯定的な反応に安堵しながら、次の言葉を待つ。最高導師は若い導師に噛み砕き言い含めるように次の言葉を更に続ける。
「分かりました。その話は猊下に私からお伝えしておきましょう。おって猊下から指示があるでしょう。ただ、今後そのようなことであれば猊下のお耳を拝借するほどのことはありません。この私に報告なさい。私から指示を出しましょう。それから、信徒の
穏やかではあったが、異論を許さないといった雰囲気で最高導師は若い導師を諭す。若い導師はその言葉を聞いてもなお恐縮する様子もなく、言葉を続ける。
「はっ、ご無礼をいたしました。……ところで、最高導師にお伺いしたいことがります」
「何事かな? ……私で答えられる範囲のことでしたらどうぞ」
「何故、あのような訓練所で魔法を訓練するのでしょう?とても、慈悲の実践としての孤児救済とは思えません。私には戦争準備のための訓練のようにも思えるのですが……?」
その言葉を聞いて、最高導師の雰囲気が一気に変わる。表向き穏やかな物腰は変わらなかったが、やわらかな雰囲気はなくなり、何やら人を刺すような殺気にも似た雰囲気を醸し出し始める。そしてその若い導師に対して、穏やかだが有無を言わせぬ口調で宣言する。
「……そのことに関してはまだ若いあなたには理解の範囲を超えることでしょう。しかし、力をつけることで守れるものがあります。また訓練所の運営に関しては猊下の並々ならぬ強い意志の基に進められています。そのことは忘れてはなりません。我々は『白い蓮華の教え』の指し示す救いを猊下と一つとなってこの世界に広めるため、正義の牙城となるこの国を守り育てなければなりません。ここまで言えば後はわかりますね? あなたはまだ若い。その若さ故、様々なことに疑問を持つでしょう。ただその疑問に囚われて、我々の使命を忘れてはなりません。我々はヴェリタの『白い蓮華の教え』を広め、この不浄なる現世を教化していく使命を持っているのです。現状の些細な疑問に立ち止まってはなりません。使命を与えられし者としての務めを果たしなさい」
その返答を聞き、その若い導師はこれ以上の詮索は無意味と悟る。仕方なく、その場を引き下がることにした。ただ最高導師の言葉を聞いて、彼はこの国、もしくはこの教団は何らかの後暗い目的を隠しているんだなとおぼろげながら感じた。彼の質問に対し、口調は穏やかながら真正面から回答することはせず、建前論にすぎない教義を根拠に強圧的な回答をされたことから何となくではあるが誤魔化された感じがしたからである。仕方なく、最高導師に対し一礼しその場を辞した。
水晶寺院を出て、門前街を歩きながらその若い導師は考える。この国は表向きの目的の他に隠れた目的があるのではないか――その疑念がいつまでも心のなかから消えることはなかった。
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