潜入編

第23話 スラムへ!

 ソティスはクウヤが自室へ向かうのを確認し、遠くからその動きを監視する。彼は不満が溜まってくると、不満を解消するために周囲の人間が思いつかないような行動を取ることがよくあったため、彼女は気が気でなかった。子爵からはヴェリタ対策を優先して、クウヤの監視はそれほど厳しいものでなくて良いと言われてはいたが、彼女にしてみれば、今ひとつ安心できなかった。


 彼女の目には当のクウヤは何事か企てているように見えた。そのため彼女は警戒を緩めなかったが、予想に反してまっすぐ自室へ向う。それでも彼女は彼の行動を監視しながら様子を見つづける。彼は部屋に入る前に何事か決意したように見えた。しかし彼はとりあえず自室へ戻って着替えるとそのまま、ベッドに入った気配がした。彼女はそっと部屋の中をうかがい、彼がベッドに入ったのを確認する。


(……今日のところはおとなしくしてくれるみたいね。そうだと信じたいわ…)


 ソティスは少し胸をなでおろし、監視をやめ引き上げた。しかしクウヤはベッドの中でその様子を伺っていた。


「……どうやら行っちゃったみたいだな」


 部屋の外に監視の目がないことを察知したクウヤは行動を開始する。まず、窓のカーテンを細く切り裂き、結んでつなぎ合わせロープのようなものを作り出した。強く引っ張ったりしてしっかりと一本につながっている事を確認し、出来ばえに満足したクウヤはニヤリと口角を上げる。

 彼は出来上がったロープの端を窓の外の欄干に結び、もう片方を外に放り投げた。彼は短剣を装備し、最低限の装備を整える。そしてロープをつたい、夜の闇へ消えていった。


――――☆――――☆――――


 屋敷を抜けだしたクウヤはリクドーのスラムを徘徊していた。スラムの道の壁には松明が掲げられ、仄かに明るい壁が断続的に続いている。また、そこかしこに塵芥が散らばり、おぞましい匂いを発している。側溝からはネズミや得体の知れない昆虫が這い出していた。その不衛生な道を素性の良からぬ荒くれ者が徘徊していた。路地の奥や道の先の暗闇からは、時折怒号が聞こえる。


(やっばい雰囲気だな…。無事帰れるかな?)


 今更ながら、自分のとった行動の軽卒さに気づき、途方にくれる。あたりは暗く、路地から魔物の一匹でも飛び出してきそうな雰囲気に彼は飲まれそうになる。それでも、後には引けない彼はなおもスラムを探索する。


(しかし、どうすれば手がかりを得られるのやら…)


とりあえずスラムに来れば何とかなるとしか考えていなかった自分の考えの浅はかさを思い知らされる。


「おい、そこの坊主。こんなところでなにしてやがる!」


 クウヤは突然声をかけられたことに驚き、声の主のほうを向く。声の主はいかにもスラムに徘徊していそうなチンピラ風の男で、肩で風を切って威嚇しながら、彼の方に近寄ってくる。


「見慣れねぇ面だな。坊主、どっからきた?」


 チンピラ風の男はクウヤを値踏みするようにいやらしい目で、視線がまとわりつく気がするほど凝視した。彼はチンピラを眉をひそめ、胡散臭そうに見返す。


「どっからでもいいだろ。あんたには関係ない」

「舐めた口聞きやがって! ガキのクセに生意気たぞ! ガキゃぁ、おうちでママのオッパイに吸い付いていりゃぁいいんだよ!」


 チンピラはそう言うと、クウヤに突然殴りかかってきた。クウヤは簡単にチンピラの攻撃をいなす。チンピラは攻撃を躱されたことで、激昂し激しく殴りかかってくる。彼は内心、辟易しながらも攻撃をかわす。


「このガキ、ちょこまかと。素直に殴られろ!」

「んな、無茶な」


 クウヤはいい加減、一方的な言いがかりに辟易していたので一気に勝負を決めるべく、動きを止めチンピラに相対する。同時に拳を腰に引き力をためる。その動きをみてチンピラは好機とばかりにおそいかかってくる。彼はチンピラの拳をかわし、素早く懐に入り、渾身の一撃をチンピラの鳩尾にくわえる。


 刹那、チンピラの動きが止まる。チンピラはわずかに呻き声を上げ大きく目を見開き、鳩尾を抱え崩れるように倒れる。クウヤは特に何の感慨も無くそんなチンピラを見つめる。チンピラは気絶したのか塵芥の散乱する道にうつ伏せのまま、ピクリとも動かない。


(ふぅ、危ない危ない)


 クウヤは初めての獲物を見つめながら内心安堵した。辺りを見渡し、周囲にひと気がないことを確認し、チンピラを物陰に移動させる。辺りに落ちているゴミをチンピラの上に積み上げ、人目につかないように隠す。自分自身も積み上げたゴミの陰に隠れ、チンピラの頬を平手で叩く。


「おい、こらおきろ! おきろ!」

「ん…。ん…。ひぇっ!」


 クウヤは持っている短剣をチンピラのノドもとに突きつける。


「質問に答えれば、命まで取ろうとは考えていない。素直に答えろ」

「……はい、なっなんでしょう?」


 チンピラは冷や汗をかき、目を見開いて恐怖の目でクウヤを見る。恐怖のためか言葉もシドロモドロになる。


「この辺りで子どもが連れ去られる事件は起きているのか?」

「こっ、このスラムじゃ、誘拐なんてしょっちゅうあって、珍しくもない。大抵は女衒の手のものだ」

「女衒だけなのか?他はないのか?」

「噂だが、ヴェリタの連中が子供を買い漁っているらしい。孤児がヴェリタの小坊主に連れていかれるのをみたことがある」

「ヴェリタが?」

「あぁ、そうだ。大方クソ坊主どもの慰みものにするんだろうが、最近やたらそんな奴らが徘徊しているという噂だ」

「そうか…」


 クウヤそうつぶやくと短剣を鞘におさめる。チンピラは命拾いし安堵したのか、全身の力が抜けほとんど身動きしない。


「どこに行けば、そのヴェリタの小坊主に会えるか知らないか?」

「知らん。道を歩いてれば、そのうち会えるんじゃないか。まぁ、可能性は低いが奴らの集会場を当たってみたら、何か拾えるかもな。結果の保証はしないがな」

「なるほどな。ならそうさせてもらうとするか」


クウヤはそういうと、その場を離れようとする。するとチンピラが唐突に話しはじめる。


「…いいことを教えてやろうか?」


そう言われクウヤは立ち止まり、チンピラのほう向く。


「何か、あるのか?」

「山奥にヴェリタの集会場があるらしい。それを見つけられれば、お望みの情報が得られるかもしれん。興味があるなら探してみな」

「そうか…。わかった」


そういうと、クウヤは再び歩き出した。チンピラは彼が見えなくなるまで見送る。


チンピラがそういうと、物陰から古びたマントを羽織り、フードをかぶった怪しげな男が現れた。


「ごくろうだったな、わりとやるじゃないか」


マント男はそういうとチンピラに近づき幾許かの金貨を握らせ、こう言った。


「このことは他言無用。話せば…。わかるな?」


マント男は素早く短剣を抜きチンピラの首筋にあてる。


「わっ、わかってますって旦那。絶対にしゃべりませんから。その物騒なものをしまってくだせぇ」


チンピラは両手を上げる。マント男はチンピラの様子を確認すると暗闇へ消えていった。チンピラは身震いしながら、同じくスラムの暗闇へ消えていった。

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