第17話 危うい秘密

 ソティスは静かに眠るクウヤの傍らで考え込んでいた。過去、転生者と言われた者たちの末路を知っている限り思い出す。彼女の知る限り、転生者の烙印を押された者たちは例外なく、悲惨な最後を遂げていた。あるものは迫害され、住民のリンチに会いぼろ布のように一族郎党虐殺された。またあるものは、戦争時に最前線で兵器として消耗されていったという。どちらにせよ、由来は分からないが転生者は社会の爪弾きものか、せいぜい戦争の道具としてしか扱われたことがなかったことにソティスの思いが至る。もしクウヤにそんな噂でも流れたとき、クロシマ家の行く末やリクドーの統治に悪影響がでる可能性があった。最悪の場合、帝国の内部に騒乱の種を持ち込むことになりかねなかった。危ない情報の源を断つために一番簡単な方法をまず実践しようと彼女は決意する。


(クウヤ様には口止めしないと――)


(とにかくこの件は子爵様には内々に報告しておこう)


 とりあえず、目の前の問題に自分なりの解決をつけた彼女はクウヤの様子を確認する。クウヤは静かに眠ったままであった。その時扉が開き、子爵が入ってくる。一通り爆発現場と爆発遺体の見聞を終え、クウヤの様子を確かめにきたようだ。


「クウヤはどうだ?」


「今はおやすみになられています。特にお体には問題ありません」


「そうか……。他に変わった様子はないのか?」


「ほかにと言われますと……。実は子爵様、内々にクウヤ様のことで報告して起きたいことが…」


「何か?」


 ソティスは子爵にクウヤの見た夢の話をそのまま伝え、自分の懸念を伝えた。子爵は渋い顔でしばし默考しながら話を聞く。しばしの沈黙のあと、彼は徐に口を開く。


「ソティス、この件が他言無用なのはわかっているな?クウヤにもよく言い聞かせておけよ」


 ソティスは厳しい顔で子爵の指示に頷き、気を引きめる。言うべきことをいったのか、子爵はまたどこかへ移動した。残されたソティスは先行きの困難さにため息をつく。とにかくすぐに解決不可能な困難ごとはさておいて、目の前の作業に没頭しようとクウヤの世話に専念する。クウヤは未だ安らかにベッドの上に横たわっている。


(…全く、嵐の中心がこんな顔で寝ているなんて…)


 ソティスはため息をつきながらクウヤの顔を見る。しかし、その目は穏やかで優しい目をしていた。


――――☆――――☆――――


 子爵は執事長と廊下を子爵の執務室に向け歩いていた。 


「…後始末は時間がかかりそうだな」


「はっ、死人に口なしですから。せめて何人か生きていれば、もっといろいろ情報を引き出せたのですが……..」


「まぁ、肉塊に文句をいってもどうしようもない。肉塊から分かることで調べをすすめるしかないな」


 そう話しながら子爵と執事長は子爵の執務室に入る。部屋に入った子爵は席に着き、執事長も向かい合うように立つ。


「ギャリソン、今までのまとめを」


「はっ、遺体を調べましたがどうも子供のようです。身体的特徴から、スラムに住む混血の子供ではないかと。あと爆発の様子から見るとどうも子供の体内に爆発物があったか、体自体が爆発物になったようです」


「子供の体内に爆発物?子供自体が爆発物とはどういうことだ?」


 執事長ギャリソンは子爵に極めて機械的に説明する。子爵は静かにその報告を瞑目しながら聞く。


「遺体の破片をみると、体内部から破裂するような引き裂かれ方をしてます。明らかに体内部での爆発を示唆します。ここから考えると体の中に爆発物があったのではと推察します。通常の爆発物が仕掛けられたか、内蔵自体を魔法により爆発物化したかは判然としませんが、“人間爆弾”としてこの屋敷に送られたことはおそらく間違いありません」


「……子供を爆弾にするとは敵はかなり非道な連中だな。とはいえ子供の体内に爆発物を仕掛けるにせよ、魔法を使うにせよかなり手間がかかるのではないのか?」


「そこのところはわかりません。今後の調査を待つべきかと…。ただ、そこのところがわかれば今回の事件はかなり解決すると思われます」


 子爵はそこまで聞くと執事長に調査の継続を命じた。執事長は一礼し、執務室を出る。残された彼は物思いにふける。その表情は至極苦渋にみちたものであり、この問題の複雑さと深刻さを彼の表情が物語っていた。


(人間爆弾まで使うとは、なりふり構わなくなってきたな…。こちらも積極的にやつらを潰さなないと…)


 子爵は水面下で過激化する攻撃に危惧を抱き、今後の対応を頭の中で様々なケースを想定して対応策を考える。なんにせよ、先行きに希望があるとは思えなかった。彼の脳裏の暗闇は星のない夜空ほど暗く暗く、彼にのしかかっていた。


――――☆――――☆――――


「…………ん、あ?」


「クウヤ様お目覚めになりましたか」


 目を覚まし、周囲の状況をいまいち把握していないクウヤにソティスが声をかける。彼女はクウヤの着替えを用意し、着替えるよう促す。彼女は二、三彼に体調について聞く。彼は特に不調はないと答え、着替え出す。


「クウヤ様着替えなら聞いてください。先の夢の話は決して人にはしないでくださいね」


「いいけど、どうして?何か不都合でも?」


 特に怪訝な様子もなくクウヤはソティスに質問する。ソティスはそんな彼の様子にやや拍子ぬけしたが、その理由を述べ、口外しないことは子爵の指示であることを伝える。


「…でも、どうして転生者はそんなに嫌われているんだい?もうひとつよくわからないんだけど」


「200年前に現れた大魔皇帝が転生者だったからというのがその理由です。…もっとも真偽のほどはわかりませんが、巷ではそう信じらています」


「……大魔皇帝は転生者」


 ソティスはクウヤの表情をを見て一瞬目を見張る。その表情は父親そっくりの渋い顔であった。血は繋がってなくても、親子の絆はしっかり結ばれているのだなと彼女は内心感心するとともに一抹の不安感も感じる。彼の雰囲気が一夜にして変わった気がしたからである。また、幼子の無邪気な気質ではなく、獰猛さをひた隠しにした老獪な気質を一瞬感じたことも彼女の不安を強くしていた。


「……父上は執務室かな?」


「さぁ、まだ屋敷内が混乱しているからちょっとわからないわ。でもなぜ?」


「この事件の調査に連れて行って欲しいんだ」


「……えっ?」


 ソティスはクウヤの思いもよらぬ唐突な申し出に絶句する。爆散した死体を見て、立ち尽くし呆然とするような純真無垢な少年がその事件の調査に同行したいとは彼女には全く信じられなかった。


「同行してどうするの?」


「……正直わからない。ただ、僕の知らないところで知らないことが起きていることがどうしても許せなくて」


 ソティスは何も言わず、クウヤの話を聞いていた。彼女自身も今回の事件については爆散した子供のことが気なっており、自分自身も調査に乗り出したかった。とはいえ、クウヤや彼女の立場を考えるとおいそれと混乱の中心に飛び込むような真似をするわけにはいかなかった。


「しかし、今の状態で調査は難しいのでは?追跡者の件も解決していませんが……」


「判っているよ。でも、このまま何もしないでいるのが耐え難くて、とにかく何かしたいんだ」


「とはいえ……………わかりました。後で子爵様にお願いしてみましょう。今日のところはもう少しお休みください」


「でも…………。分かった。今日はおとなしくしとく」


 そういうとクウヤは静かにベットの中で目を閉じた。その様子を見ながらソティスは心中穏やかならざるモノを感じていた。

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