第16話 不安

 執事長はクウヤを抱きかかえるようにクウヤの自室へ運び、静かにベット横たえる。クウヤはベッドに横になると落ち着いたのか、眠りに落ちた。しばらくして、使用人から事態を聞いた子爵婦人が慌てて駆けつける。子爵も遅ればせながら、クウヤの自室にやって来た。

 

「あなた! なにがあったの。クウヤが倒れるなんて…」

「さぁ…。クウヤには少々刺激が強すぎたのかもしれない」

「…刺激って、何をクウヤに見せたのです……」

 

 子爵は仕方なく、爆発現場の様子を婦人に説明し、その光景を見たクウヤが呆然として立ち尽くしたことを説明した。婦人は子爵の説明に絶句し、クウヤと同じようにその場に立ち尽くした。

 

「…………年端もいかない子供になんてものを見せるんです!」

「あいつの今後を考えると、見せないわけにかない!」

 

 子爵と婦人の口論は次第に熱を帯び、周りを置いてきぼりにして白熱していく。そんなところにソティスが駆けつける。彼女は扉の外で部屋の中の喧騒を聞きつけ、子爵と婦人の様子を見て思わず叫んだ。

 

「お二人共やめてくださいっ!」

「皆様お静かに! クウヤ様がお休みです」

 

 間髪いれず、執事長が全員を諌める。三人とも執事長の一喝に我を取り戻し、多少恥じ入りながら自制する。彼は落ち着きを取り戻した三人を見て一礼し、クウヤのそばで控える。

 

「とにかく、クウヤはそっとしておこう。まだいろいろ残務処理がある。カトレア、けが人の方はどうなっている?」

「とりあえず、食堂にいるけが人の応急処置は全員終わりましたわ。今、治療師が引き続き治療しているところですわ」

 

 冷静さを取り戻した子爵は本来の役割を思い出し、婦人に食堂の様子を確認した。その様子を聞き、次の指示を婦人に与え、自らは爆発現場の検証と犯人と思われる遺体の見聞に向かう。婦人は子爵の指示通り執事長とともに屋敷内の再点検に向かう。ソティスは独りクウヤの様子を見るためクウヤの自室へ残る。当のクウヤはベットの上で未だ眠りの闇の向こう側にいた。

 

――――☆――――☆―――― 

 

 夢の中のクウヤは底知れぬ闇の中にいた。ただその闇は全く見知らぬ闇でなく、何度か”夢の中の風景”として現れた闇であった。その闇の中でひたすらあてもなく彷徨っていた。

 

(………またここか。一体ここはどこなのだろう?)

 

 彼は彷徨いながら、辺を見渡した。おぼろげながら見えたきた風景は深い森のようであった。彼は何者かにとりつかれたように森の奥へと入っていった。しばらく闇の森を歩くと小さな村落が見えてきた。

 

(あの村は………。どこかで……)

 

 何か記憶の奥底に引っかかるものがあり、それを彼は思い出そうとした。その最初の試みは…。

 

(……………思い出せないな…………)

 

 ……徒労に終わった。奥底の記憶は厳重に鉄の扉で封印されているかのように、記憶の表層に浮かび上がるのを邪魔されていた。そんな彼の思いとは関係なく見つけた小さな村落へゆっくり近づいていった。

 

(ここは…………。どこか見覚えがあるような……)

 

 その村には、小さいながらも何家族か暮らしていた。貧しいながらも、和気あいあいとした家庭がいくつかあった。その家族の一つに………………………

 

 

 

 ………………………彼本人がいた。

 

 

 

(あれは僕!?)

 

 

 彼はその光景に驚きつつ、村をさまよった。そんな彼は村人には見えていないようだった。まるで空気のような存在となって、村を浮遊していた。彼は浮遊しながら村の様子をしばらく観察した。

 物も乏しく食料も必ずしも十分な様子ではなかったが、笑顔が溢れ、村人は皆助け合って生きているようであった。

 その光景になにか懐かしいもの感じた彼であったが、判然としない違和感も感じていた。まるで彼は“別世界からの訪問者”のように村の光景を観察し続けた。そして彼自身である“クウヤ”を….。

 

 しばらくすると、村は静寂に包まれた。村人は皆、眠りについたようだ。

 

 わずかながらの星の光と虫の音のなか、眠りについた村。

 

 全てが眠りについたとき、それは起きた。

 

 突如、村の地面に巨大な魔方陣が出現し、赤く黒く光りだした。その赤黒い光は時間が経つほどに強さを増していった。村の変化に気づいた村人たちが家を飛び出し逃げ惑った。

 

 

 が、時すでに遅かった…。

 

 

 天空から青白い光の雨が降りそそぎ村人たちを激しく打ち据えた。村人たちは皆この世のものとは思えないような恐ろしい断末魔の叫び声を上げた。一部は醜く膨れ上がったあとはじけ飛びただの肉塊と化し、一部は青白く炎を上げ炎上しだした。生ける松明と化した村人は炎を上げながら、蠢めき、炭の彫像に変化した。その体からは赤く光る液体が流れ出て、滴り落ちた。落ちた液体はすぐさま赤い光を秘めた“石”へと変わっていった。

 そんな阿鼻叫喚の地獄の窯と化した村の中をふらふらと歩く“クウヤ”がいた。“クウヤ”は村の中心部、魔法陣の中心付近にたどり着くとそのまま立ち尽くした。その時さらに魔法陣の光が一段と強くなったその瞬間、天空を切り裂き、一段と強い一条の光がさした。その光の先を見ると仄かに人型をしていた。その人型は舞い降りると“クウヤ”に取り付いた。すべての光が収まると焼け落ちた村と呆然と立ち尽くす“クウヤ”がいた。

 

(アレは僕……)

 

 その光景はどこか屋敷の爆心地の風景と重なるものがあった。

 

(あれ? どんどん近づくっ!)

 

 突如、彼は“クウヤ”に吸い込まれていった。彼と“クウヤ”とは重なり、ひとつとなった。

 

(僕は昔、別の僕で今の僕と一緒になった……?)

 

 そんな思いが心の中を駆け巡りだしたとき、別の光景が彼の脳裏に広がり始めた。

 

 彼は暗闇の渦の中をただひたすら落下していた。周りにはガレキと人が渦に巻き込まれ、あてもなく流れるままに渦の一部になっていた。

 

(この景色はいったい……。でも遠い昔にみたような…)

(別な僕の見たものなのかな……?)

 

 彼、クウヤの耳には、多くの人の怨嗟の声が断末魔の叫びが聞こえてきた。様々な人々の記憶が、思いがクウヤの心に情け容赦なく流れ込んだ。

 

 クウヤはとてつもない精神的な重圧を受け、悶え苦しんだ。多くの人の無念の思いがクウヤの心を苛んだ。クウヤはどんどん限界に近づいた。

 

「………やめてくれぇ!!! うわぁぁぁっ!!!」

 

――――☆――――☆――――

 

「大丈夫ですか!クウヤ様っ」

「………あれ?ソティス?」

 

 うなされのたうちまわるクウヤをソティスが介抱する。クウヤは全身に汗をかき、激しい運動したあとのように見える。

 

「だいぶうなされていたようですが、大丈夫ですか?」

「……ぁあ、前見たのと同じような夢を見た。前より、はっきり景色が見えた。森の奥の小さい村が魔法で崩壊した…」

「…えっ!」

 

 クウヤの話にソティスが驚く。子爵より口止めされている村のことと重なったため、クウヤの記憶の封印が解けたことを心配する。加えて、クウヤの話が重大な問題を引き起こしかねないことを懸念する。

 

「クウヤ様、忘れてください」

「はぁ?どういうこと?」

「この段階になっては、隠しようもないですがクウヤ様の夢に現われた光景は帝国の秘密に抵触するものです。クウヤ様の身に危険が及ぶだけでなく、この家、帝国に大きな波紋を起こす可能性があります。ですから……」

「分かった。夢だけの話の話にすればいいんだね、ソティス」

 

 ソティスはクウヤの言葉に静かに頷いた。うなづきながら、ソティスはクウヤの微妙な変化に気づく。今までのクウヤなら、何かと理屈をつけてすぐに納得することはなく、聞き分けのいいことはなかったからである。そんなことをソティスが思っていたとき、クウヤは言葉を続ける。

 

「……ソティス、夢に見たのはそれだけじゃないんだ」

「といいますと?」

「生まれる前の自分を見たような気がするんだ。今の自分と全く違う自分を…」

 

 クウヤは村の光景のあとに見た夢の話をソティスにする。話を聞いた彼女は少し驚き、ためらいながら言葉をつづける。

 

「…………言われてることがよくわかりませんが、今のクウヤ様はどちらのクウヤ様なんです?」

「…………わからない。ただ、どちらでもないかもしれない。生まれた時の自分と別の自分を混ぜたのが今の自分のよう思っているんだ」

 

 ソティスはしばらく沈黙し、何かを考える。何かを決意したように徐に口を開く。

 

「そうですか……。ただ、私が知っているクウヤ様は、お仕えしているクウヤ様は今ここにいるクウヤ様です。それは覚えていてください」

「…………………ん、わかった。ソティスありがとう」

 

 なぜかしら、クウヤはやや寂しげな微笑みをソティスに返す。ソティスはその微笑みに何かしら含みを感じながら、クウヤの汗を拭く。

 

「さぁ、もう少しお休みください」

 

 ソティスがそう促すと、クウヤは頷き、目を閉じる。

 

(クウヤ様は一体何を見たのだろう?)

 

 ソティスはなぜかしらじわじわと心の奥底から湧いてくる恐怖感を抑えられずにいた。また、まるで異世界から飛ばされた来たような話を聞き、何かしら漠然とした疑問が残る。

 

(クウヤ様は転生された……?)

 

 傍らで寝息を立てるクウヤを見つめながら、ソティスはそんなことを思った。 

 

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