第8話 クウヤの個人授業 壱

「クウヤ様おはようございます」


 小鳥がさえずり、朝日が柔らかに室内を照らし光と影のコントラストがはっきりとしたいつもの朝だった。いつものようにソティスに起こされたクウヤはベッドの上で寝ぼけている。


「……おはよ」


 クウヤはいつものように自動人形オートマタのようにベッドから抜け出し、着替えを始める。


「さぁ、朝食をとったら魔法の鍛錬ですよ」


 まだ寝惚け眼のクウヤはソティスに気のない返事をして、よろよろと食堂に向かう。


 クウヤとソティスはいつものように食卓について、朝食が給仕されるのを待つ。朝は大抵、硬いパンと塩とわずかばかりの香辛料をふった魚のソテーであった。たいした会話もなく、給仕された料理を二人は淡々とたいらげた。ほとんどそれは毎日繰り返される形式化された儀式のようであった。


 朝食をすませた二人は、魔導室へ移動した。


「クウヤ様よろしいですか?」


「よしっ!」


 ソティスは魔力を練り、手と手の間に集中する。クウヤも魔力を練り、手と手の間に集中する。仄かに手の間が光り出し、小さな光の玉が出来上がる。すると、とたんに光の玉が霧散する。クウヤはガックリ肩を落としたが、気を取り直しもう一度最初からやり直す。そんなことを何十回と繰り返したあと、光の玉をしばらく維持することができた。


(ここから本番……!)


 クウヤがいつものように魔力を集中する。徐々に手の中の光が強くなっていく。


(きたきたぁ!)


 クウヤはさらに魔力を練り光の玉を収束させる。光がさらに強くなり周りの景色が陽炎のようにわずかに揺らぎ始める。光の玉は輝きを保ちつつ宙に浮いている。


「もうしばらくそのまま維持し続けてください」


 ソティスがクウヤに指示を出す。クウヤは言葉なく頷き、光を維持する。次第にクウヤの額が汗ばみだし、息遣いが荒くなり始める。


「そろそろもたない……」


「では、徐々に魔力を拡散させてください」


 一気に消耗したクウヤは収束した魔力を徐々に拡散させ始めた。宙に浮いた光の玉が光を失いながら、ゆっくり拡大していく。手のひら大ほどになったときに突如、光の玉が急速に拡大し始める。


「! クウヤさまっ!」


 一気に光の玉がはじけ飛び、クウヤが弾き飛ばされる。


「クウヤ様大丈夫ですか!」


 ソティスがクウヤのもとへ駆け寄る。クウヤはもぞもぞと動きながら、右手を上げて答える。


「……ひどい目にあったなぁ。もう少しで完璧だったんだけど……」


「それでも、意識が飛ばなくなっただけでも格段の進歩ですわ。……体は吹っ飛ばされましたが」


 苦笑しながらソティスはクウヤを助け起こす。クウヤはソティスの手をとり、埃を払いながら立ち上がる。立ち上がったクウヤはばつが悪そうに苦笑する。


「幸い大したおケガもされていないようですから続けましょうか」


「わかった」


 クウヤとソティスは再び魔力を練り始める。しばらく魔力の集中と拡散を繰り返したが、特に大きな暴発はなかった。


「クウヤ様、今日はこの辺にしましょうか?」


「そうだね。だいぶやったから疲れちゃった」


 魔導室からクウヤの自室へ向かいつつ、クウヤとソティスが話をしている。


「クウヤ様、大分魔力の制御がお上手になられました。もうそろそろ本格的に魔法を練習しましょう」


「へ? まだ本格的に魔法の練習じゃなかったの?」


「今ままでの鍛錬は単に魔力をコントロールするためのものです。魔法を使うためには魔力の制御は絶対必要な技術ですよ。魔法は制御された魔力に指向性を与え発動させなければなりません。先はまだまだ長いですよ」


「…………もういいよ。わかったから」


 鍛錬の疲れと合わさり、クウヤは相当うんざりした様子でガックリ肩を落とし、自室へ足取り重く向かって行いく。その時、ソティスに呼び止められる。


「クウヤ様、お着替えが終わったら座学を始めますので図書室へ来てください」


 絶句しつつ、ガックリ肩を落としたクウヤを尻目に踵を返したソティスは颯爽と歩いていった。


――――☆――――☆――――


「……ということですが、お分かりいただけましたか?」


「……なんとなく」


 ソティスの質問に、分かったのか分からないのかはっきりしないような曖昧な返事をするクウヤ。


「つまりは魔法の発動とは自らの魔力を具現化しある形に錬成することということです。簡単に言うとそうなります」


 いつものようにソティスがクウヤの理解を待っていないような結論を述べ、クウヤはただうなづくばかりであった。


「ところで純粋な魔力だけで、爆発したりとかそういうこととは魔法の発動とは違うの?」


 クウヤは今までの経験から、今ひとつイメージのわかなかったことについてソティスに質問する。


「例えば何か物が動いたりすることを見ると外見上の違いはありません。ただ、動くという現象に至る過程が異なります。付け加えると常人ならば単に魔力だけで何かを動かしたりということはありません。極めて特別な場合になります」


 クウヤはなんだか自分が人外の存在と言われているような気がして、多少気分を害していた。


「クウヤ様は極めて稀な存在ですので、今までの常識を当てはめることができません。これまでの話はあくまで一般論ということでご理解ください」


 多少、クウヤの気分を察してかソティスは追加で説明した。


「……ん、わかった。ほかの人はまったくちがうんだね」


「そうです。それからクウヤ様には特に気を付けていただきたいのは魔力の暴走です。普通の人間ではありえないことですから。強すぎる力は……」


「『強すぎる力は全てのものを不幸にする』だろ? わかっているよ」


 ソティスの言葉に、クウヤは座学で何度も聞いた言葉を重ねる。


「さぁ魔法の話はこのくらいにして、ほかのことを勉強しましょうか?」


 ソティスは話題を代えて、ほかの話題に移っていった。

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