第7話 力持つ者の代償

 図書室での会話を思い出し、クウヤはずっと考え込んでいる。クウヤには魔王を討ち果たした英雄が凱旋できないということを全く理解できないでいた。


(それだけの力があれば、絶対いろんなところで受け入れられるはずなのに……)


 そんな判然としない疑問を持ちつつ、クウヤは着替える。クウヤが頭をひねりながら着替えているときにソティスが声をかける。着替え終わったクウヤは返事をしてから部屋を出ていった。


 かがり火が灯り、ゆらゆらと揺れる光を踏みながらクウヤとソティスは食堂へ向かう。道すがら二人は図書室での話を繰り返す。


「やっぱりわかんない。どうして魔戦士が戻って来れないと思ったの? 魔王をやっつける力があればどんなところでも受け入れてくれんじゃないの? 行き場がないということがわかんない」


「……クウヤ様には今すぐには解りがたいこととは思いますが、強すぎる力は力を持つものだけでなく周りのものも不幸にしかねないことがあります。件の戦士はそのようなことを恐れ姿を消したと私は思います。いつかクウヤ様にも分かる時がくると思います」


 いまひとつ頭では理屈は分かっても腑に落ちない感じがありありとしたクウヤであったが、その場ではうまい言葉が見つからずただただソティスの言葉に首肯するしかなかった。


 そうこうしているうちに、様々な木彫で飾られている大きな食堂の扉の前に二人はついた。ソティスは扉を開け、クウヤがまず中へ入る。貴族の食堂としては質素な感じのする室内にはあまり飾り気のない大きな食卓があった。食卓には子爵家の主だったものが席についており、その食卓の一番端に子爵が既に席についていた。


「来たか。やっと食事にありつけるな。早く座れ」


 子爵が声をかけると、クウヤとソティスは席についた。二人が席に着くとまもなく料理が運ばれ、それぞれの席に配膳された。出された食事は魚料理とスープである。ただ貴族の食事としては飾り気のない質素な料理であった。一通り配膳されると子爵の祈りの言葉で皆が食事前の祈りを捧げる。その祈りは他の貴族や庶民であれば、神に対する感謝の念の表明になるのだが、子爵家では神に対してだけではなく、食材が食卓に上がるまでに関わった人々と食材そのものに対して祈るのが通例だった。淡々と食事が進み、ふと子爵がクウヤに尋ねる。


「食事の時間に遅れたが何かしていたのか? いつもなら真っ先に席についているのに」


「えぇ、ちょっと図書室へ行っていたものですから」


「ほぉ……。図書室に何かめぼしい本でもあったか?」


 クウヤは図書室でのソティスとの話を子爵に話した。力あるものが力あるが故に居場所をなくすことが理解できないクウヤはその疑問を子爵にぶつけた。

 

「……なるほどな。確かにお前にはまだ難しいかもな。人は自らと異なるものや自分の能力をはるかに超える力に恐れをいだくと、憎しみや嫌悪感を持つことがある。それから、その力を利用し新たな戦乱の火種になることもある。そのくだんの魔戦士はそれを恐れたんじゃないのか?」


「……? 魔戦士の力が別の戦を招くことがあるってことなの?」


「そうだ。強い力を持つものはいろんなものを引き寄せてしまう。いいものも悪いものもな」


「なんか納得できないな……」


 クウヤは子爵と話をしても何か割り切れない気持ちでいっぱいだった。考え込こむクウヤはしばらく固まっていた。


「……クウヤ、覚えておけ。力持つものはなんでも出来るわけではない。その力ゆえに様々なものを自制しなければならないことがある。それが力持つものの力を持つが故の代償だ。覚えておけ」


 子爵は言外に何か含みのある言い方で、クウヤを諭す。その言葉には何かしら過去の経験を踏まえているようであった。


「さぁさぁ、難しい話はあとにして食事を続けましょ。せっかくの食事が冷め切ってしまうわ」


 子爵婦人が考え込み固まっていたクウヤに食事を再開するよう促す。クウヤは言葉なくただ頷き、目の前の料理を平らげ始めた。そんな姿に食卓を囲む面々から失笑が漏れる。


 食事が終わり、子爵夫妻が席を立つと三々五々それぞれ席を外していった。クウヤもそれに釣られるように席を立った。


 クウヤは考え込みながら、自室へ向かった。完全に日は落ち夜のとばりのなか、かがり火がゆらゆら灯る廊下を独り歩いていた。


 自室に戻ったクウヤはベッドに潜り込み天井を見つめながら、考え込む。


(力を持つって、いいことばかりじゃないのかな…。力があればなんでも解決できると思っていたんだけど)


 クウヤはそんなことを考えながら微睡まどろみ、深い眠りの闇に落ちていった。


――――☆――――☆――――



(クウヤがあんなことを考えるようになったとはな……)


 子爵は自室で椅子に腰掛け、酒の入った杯を傾けながら感慨に耽る。部屋の仄かな灯火が子爵の影を揺らし、後ろにある家具に拡大した影を映す。


(まともにあのまま育ってくれればいいのだが……。まだまだ先は長い)


 一頻り思いを巡らせた子爵はやりかけていた執務を再開した。


 その夜遅くまで子爵の部屋の明かりは消えなかったという。

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