第4話 ドウゲンの苦悩

 クウヤとエルフが魔方陣の上で向かい合って立ち、目をつぶり瞑想している。クウヤは大人しく瞑想しているようなフリをしていた。


「まったく……。父上は……」


「ボヤかないで意識を集中して。ほら、魔力を錬って」


 クウヤはお付きのエルフ、ソティス・ティアマトと魔法の鍛錬に励んでいる。魔法鍛錬前の剣術鍛錬の疲れと父親に対する苛立ちから今ひとつ身が入らないでいた。


 ソティスは少し呆れ顔ではいたが、辛抱強くクウヤを指導する。クウヤも半ば焼け気味に魔力を練る。次第にクウヤの合わせた手と手の間に青白い仄かな光が灯る。


「少しずつ大きくしてみて」


 ソティスはクウヤに促す。


(難しいな……。何か体の中から強い力を感じる。…………また何かが湧いてくる!)


 クウヤはさらに魔力を込めると体の中から沸き上がる得体のしれないすざまじい力の奔流を感じた。一点に魔力を集中していたクウヤは沸き上がる魔力の奔流をなんとかねじ伏せようとさらに魔力を込め始めた瞬間、激しい光が手の間にある小さな光の玉から発せられ始めた。


「! クウヤ様魔力を抑えてっ!」


 ソティスの声も一歩及ばす、光の暴走が始まる。クウヤの手の間から強烈な光の奔流が溢れ出す。光の暴風が吹き荒れる。クウヤはどうすることもできず、光の奔流にされるがままに小刻みに震えている。意識が朦朧としてきたのか、クウヤの目の焦点が合わなくなってきた。すると次第に光の奔流が光を失い、闇の奔流に変わっていった。


(魔力が止まらない……! くそっぉ……意識が…………)


 ソティスはやむを得ず、封印の魔法を無詠唱で発動させる。闇の奔流に悪戦苦闘しながら、ソティスは少しずつ力づくで押さえ込んでいった。


(治まれっ!)


 ソティスは心でそう叫ぶとなお一層魔力を込め、闇の奔流を押さえ込んだ。急速に闇の奔流が収まり、一瞬暗闇が広がり徐々に視野が回復してきた。


 そこにはクウヤが魔方陣の上にぐったり横たわっていた。


「やれやれ…………。しょうがない子ねぇ」


 ソティスはため息をつき、クウヤを抱きかかえるとそのままその場を離れた。


――――☆――――☆――――


「…………ん。あ………。ソティス………」


 クウヤが自室のベットのうえで意識を取り戻す。傍らのソティスに気づいた。


「気がつきました? しばらく横になっていてください。だいぶ魔力を消耗している状態なのでしばらくは朦朧とするはずですから」


 ソティスは素っ気なく、お茶の用意をしながらクウヤに話しかける。クウヤは気がないような生返事をして、多少上の空のようである。しばらくクウヤはベッドの上でまんじりともせず、天井を見つめていた。


「これで何度目かな?」


 自嘲気味にクウヤはソティスにつぶやくように尋ねる。


「さぁ……? 数えていないのでわかりません」


 またも素っ気なくソティスは答える。ただ、視線は少し慈愛のこもった優しげな視線をクウヤに返した。


「ただクウヤさまの場合、魔力量がほかの人の桁違いに多いということが一番の原因なのですからやり方が何か間違っていたということではないと思いますけど……。もう鍛錬を数こなす以外ないと思います。そんなに力を落とさないでください」


 物憂げに落ち込むクウヤにソティスは優しく諭す。クウヤはしずかにその声を聴きながら、少し思案する。


「……そういうものなのかな?」


 まだクウヤは半信半疑ではあったが、ソティスの優しい言葉に納得しようとした。


「さぁ、もう少しお休みください。魔術の鍛錬はまだまだこれからもつづきますよ。催眠の魔法使いましょうか?」


 ソティスの提案に少し何か思うところがあるのか、間を開けてクウヤは答える。


「いや、いい。このまましばらくいたい」


 ソティスは何も言わず、頷き退室していった。


 クウヤは目を瞑り、しばらく何かを考えていてが次第にまどろみ、夢の世界へと入っていった。


(まただ。こんなところにくるなんて。きたことないはずなのに……)


 クウヤの眼前には漆黒の虚空が広がり、闇の渦が渦巻いている。見慣れないはずの街なみが様々なガレキとなって、渦に巻き込まれて中心で消えている。人々の命を飲み込み、命の火をしらみつぶしに消してゆく。


(昔にこんな景色を…………)


 …………


 次第に心の奥底から、恐怖が沸き上がる。


 コワイ…………


(コワイ…………? )


 コワイ


(こんな気持ちはどこから…………)



「…」


「……」


「………さま」


「………ヤさま」


 どこからか呼び掛けられる声が聞こえる。


「クウヤさま、そろそろお時間ですよ」


 素っ気ないソティスの声がクウヤを現実世界へ引き戻した。


「……ん」


「何か悪い夢でもご覧になりましたか?少しうなされていましたが………」


 ソティスが尋ねるとクウヤは少し間を開けて訥々と答えた。クウヤは夢で見た見慣れぬ街の様子とその街が闇の渦に飲まれていく様をソティスに語った。ソティスは何も言わず静かにその話を聞いていた。ただ、ソティスの話を聞いている様子は全く想像のつかない絵空事を聞いているようではなかった。その様子を見てクウヤはソティスを不思議な目で見た。


「……何か知っているの?」


 クウヤはおもむろにソティスに尋ねた。


「いえ、その夢に出てきた言う闇の渦というのがクウヤ様が暴走されたあとに小規模なものが出来るので、それにによく似ているなと思いまして……」


少し驚いたようにクウヤはソティスの顔を見つめた。


「もしかしたら僕はどこかで街を滅ぼしていたのかな……」


 クウヤは視線を落とし、力なくつぶやいた。


「…っ! まさか。いくらクウヤ様の魔力が桁違いとはいえ街を滅ぼすことなどできませんよ。ご安心ください」


 ソティスは珍しく少し慌てたがすぐにいつもの素っ気ない感じでクウヤを慰める。 さらに魔術の鍛錬の再開を促す。クウヤは少し釈然としないものはあったがソティスの声に促され魔術の鍛錬に戻っていった。


――――☆――――☆――――


 クウヤとソティスの鍛錬が終わって、魔導室から出てきたところクロシマ子爵と出くわした。クロシマ子爵はクウヤと少々言葉を交わすと、ソティスに目配せした。クウヤはそのまま自室へ向かい、ソティスと別れる。クロシマ子爵とソティスは子爵の自室へと向かう。


「どうだ、あいつの仕上がり具合は」


 落ち着いた調度品が並ぶ子爵の自室の中央で、重厚な机の向こう側に置いてある木彫で飾られた大きな皮椅子に子爵が深く座っている。ソティスは子爵に向かい立っている。

静かに子爵がソティスに問うと有り体に魔力のコントロールができず、暴走することを述べた。子爵は何も言わず腕を組み静かにその話を聞いていた。またソティスは暴走のコントロール法をクウヤ自身が体で覚える以外ないことも付け加えた。子爵はその話を聴きおもむろにソティスに尋ねた。ソティスは数ヶ月みっちり鍛錬することと、基礎体力の不足を補うことでコントロールはできるだろうと思うところを述べた。


「なるほど……。まだまだだな、アイツは……」


 子爵はやや渋い顔をして考え込む。


「ドウゲン様、そうはいっても、クウヤ様はドウゲン様の剣の鍛錬を受けた後であの魔術の鍛錬をしてきたんです、それを思うと普通の子供以上の能力を持っていると思います。普通の子供であれば、剣の鍛錬の後に魔力の発動をさせることすら難しいと思います」


 ソティスは珍しく子爵に対し熱のこもった反論した。


「確かにな……。しかし、あの子の境遇を考えると、そうも落ち着いていられない。アレはそのうち非常に困難な状況に出会うだろう。そのときに一人で立ち向かうだけの力を付けねばならんのだよ」


 子爵はやや自嘲気味にソティスにつぶやく。


「ドウゲン様、クウヤ様についてもっと詳しく教えて下さいませんか? そうすればもっと対策の立てようがあるかもしれません。いまのままではクウヤ様の負担と不満が増えるばかりでいつまでこの剣と魔術の鍛錬をしてもらえるかわかりませんよ」


 ソティスは子爵に詰め寄り、今まで抱えていた不満と不安を子爵にぶつけるように言い放った。


「……あぁ、そうだろうな。ただ、アレは“特別”なんだ。アレの背景はどうあれ、どうしてもやってもらわなければならない。政治的にも微妙な存在なんでな。アレが背負ってしまったモノは複雑で重い。そのことは魔術の鍛錬を頼むときに行っただろう。忘れたとは言わせないぞ。公爵からもその旨いわれたろう?」


 子爵は苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「それはそうですが、個人的には見ていて辛くて……。まだ幼い子供が戦術魔導師並みの鍛錬なんて信じられません。それにもう少しきちんと言い含めて納得の上で鍛錬をしたほうが成果が上がると思います」


 ソティスは一気に話すと、ふと思いついた。


「………もしかして、クウヤ様はあの実験の“副産物”ではなく“成果そのもの”なのでは?」


「! ………。それ以上の詮索は命を危険にさらすぞ」


 子爵は少々苛立った様子でソティスを睨みつけ、言い切る。


「何度も言うように、あの村で起きたことやあの村自体が今や存在しないことになっている。ソティス、お前だからいうが、これは帝国の最高機密に抵触する。帝国や公爵に喧嘩を売る気ならば構わないが、個人的にはそういうことはやめてほしいな。…………ソティス、分かってくれ。これ以上は詮索してくれるな。頼む」


 子爵は搾り出すような声でソティスに懇願する。ソティスは少しうつむきながら静かにその言葉を聞いている。


「……わかりました。何かご事情がお有りのようですね。しかしクウヤ様の状態を考えると、少し休みの日を設けるか何かしてもらえないでしょうか? このままではクウヤ様はそのうち全てを放棄するかもしれませんよ」


 諦めたソティスは妥協案を提案した。


「わかった。それは考えておこう。他には?」


 子爵は少しホッとした様子で答えた。


「あと少し気になるのは、どうもクウヤ様は夢で何かあの実験に関することを見ているかもしれません。クウヤ様の夢に例の闇の渦と崩壊する街が出てきたそうです。あの実験の一部を思い出したのかもしれません。記憶の封印が弱まっているのでしょうか?」


 ソティスは何気なくクウヤの夢の話をした。


「なっ! ………わかった、覚えておこう。下がっていいぞ」


子爵は少々動揺しながらもなんとか平静を保って言った。


 ソティスは会釈をして部屋を出ていった。


「……さて一難去ってまた一難か……。いや一難の後に更に一難だな。机上の学習を増やして、体を休める時間を増やすか……。とは言うものの記憶が戻りつつあるのか?封印が弱まることはないはずなのだが…………。厄介事がまた増えるな…………」


 子爵の苦労はいつまでも続くようであった。

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