第2話 漆黒の森
暗闇の山路を一団の騎馬隊が辺りをうかがいながら、注意深く奥へ進む。彼らは全員、闇のような黒光りする軽鎧を装備し、屈強な体つきをしていた。闇の獣の群れが獲物を狙うように森の奥へ進んでいく。
しばらく進むと、遠くの漆黒の森の中に火の手があがっているのが見えた。
「隊長、あそこのようです」
「らしいな。全員気を抜くな!行くぞ」
眼光鋭い騎馬隊の長は部隊に号令し、闇の向こう側の森の奥へ疾駆する。
「村についたら、“石”を回収、直ちに撤退する。痕跡をのこすな!」
「はっ!」
隊長の檄のもと騎馬隊は一陣の風となって更に森の奥へ駆けていく。小一時間ほどして目的地に到着した彼らは“石”の回収のため奥へ進んだ。
そこは深い森の中の小さな村落であったが、何者かによってなぎ倒されたように建物は破壊され、燃やされている。まるで空から流星が落ちたかのようであった。ただその地面には星屑のように赤い光が散らばっていた。件の闇の集団はその廃墟と燃え残りの中を黙々と一団となり進んでいった。
「隊長、あれを」
隊員の一人が指し示した。その方向を見ると、小さな影が後ろの炎に照らされ揺らいでいる。
「あれはなんでしょうか?」
「わからん。が、生存者ならば保護せねばなるまい。一人ついて来い。副長は残りを連れて周辺の探索および"石"の回収を行え。それから魔法陣の消去をわすれるな」
隊長の一声の後、隊員はそれぞれの役割を果たすべく村内へ散っていった。
ことごとく破壊された村の中で彼らが生存者を見つけることはなかった。一部の犠牲者は皆一瞬で死の淵へ突き落とされたのか驚愕の表情をうかべ炭化している。そんな炭の彫刻が辺り一面、林のように並んでいる。対照的に、その足元には怪しい深い紅い光を蓄えた“石”が散らばっていた。
(いつもながら酷いな……。この手の任務はいつもこうだな…。生存者は……いないようだな。一体公爵はいつも何を……。俺あての特命もあったが……)
隊長は周囲を見渡し、ため息をついた。そう思いながら、用心深く小さな影に近づく。小さな影は小刻み震えていたが、その場所に立ち尽くしていた。小さな影は3才ほどの少年だった。少年は恐怖のためか一言も言わず、立ち尽くしていた。奇妙なことに着ているものは所々焼け焦げボロボロになっていたが、隙間から見える肌には火傷らしい傷は見えなかった。
(この村の子か? ……もしかして、アレが特命のモノなのか?)
隊長はその子に警戒しつつゆっくり近づき、しげしげとその子供を眺めながら落ち着いた口調で語りかけた。
「君、大丈夫かい? 助けに来た」
「……」
少年は呼びかけに答えず、立ち尽くしている。よく見ると少年は呆然として目の焦点があっていない。しかも恐怖のためか、小刻みに震えている。
「名前は言えるかい?」
「……ク ……ウ ……ヤ」
小さくかすれるような声で少年はかろうじて訥訥と答える。ただ、まだ目の焦点はあっておらず、混乱した様子で冷静さを取り戻してはいなかった。
隊長がふと見ると、少年の体の表面にモヤのような闇がまとわりついているのを認めた。
(なんだ……? 闇が……まとわりついている?)
しばらく考えていると、村の探索を終えた隊員たちが集まってきた。
「村には生存者はいません。ほとんど消し炭になったようです」
「そうか。分かった。確認するが、生存者無し……だな?」
隊員たちが首肯すると、隊長は今一度辺りを見回し思考した。
「この子が唯一の生存者のようだ。“石”の回収は終わったな。あとは魔法陣は消したな?」
その場の隊員たちが今一度首肯した。
「よし、引き上げる。この子は連れていく。魔導士はいるか? 記憶を封印しろ。思い出すべき記憶ではないだろうからな」
隊長は矢継ぎ早に指示をだしながら撤収準備に入った。反対に魔導士の作業はなにやらもたついていた。隊長は魔導士を急かしたが魔導士は違和感を訴えた。
「何かあるのか?」
隊長は魔導士に怪訝な調子で尋ねた。
「異常なんです。通常の幼児の魔力量ではありません。普通の数倍は確実にあります。そのためか記憶の封印がうまくいきません」
魔導士はこうした事態に経験が無いのか、戸惑い困惑した様子で答えた。
「通常、これ程の魔力量ならばギルドが既にうごいて、訓練所に放り込むはずなのですが……」
「魔導士ギルドは人さらいまがいのこともしているのかね?」
「い、いえ、ギルドが動くのはあくまで安全確保のためです。異常な魔力を持った幼児というのは生きた爆弾と考えて間違いないですから。暴発を防ぐため、予防的措置として訓練所へ強制的に収容して、監視下に置くことはたまにあるんです」
隊長は少し感心したようにうなずく。
「なるほど。それはさておき、封印にはどのぐらい時間がかかるか?」
「一時的な封印ならば、なんとか終了しています。ただこれは数日しか持ちません。それでよければ、出発可能です」
「わかった。ところでつかぬことを聞くが、魔力が増大すると目で見えるのか?」
隊長の突然の問いに魔導士は驚いた表情を見せたが、少し間を置いて答えた。
「通常は見えません。ただ、魔王級の魔力であれば十分制御されていない場合、うっすらと闇の霧をまとったように見えることはあるとは聞いたことがあります。私は見たことはありませんが。それが何か?」
「大したことではないが、一瞬その子の体のまわりに闇のもやのようなものが見えた気がしたのでな。……まぁこんな子供ではそれはないか」
「おそらくないでしょうね。ただ万が一そのようなことがあれば、将来は魔王を従えるような存在になるかもしれませんね。伝説の魔戦士のように」
魔導士の一言に隊長は背筋が寒くなる感じがした。隊長の胸裏にある思いが過ぎる。
(公爵の狙いはこれか……? まさかな……。)
一瞬悩んだものの、すぐに隊長は己の任務を思い出し遂行する。
「よし、全員撤収! いくぞ!」
隊長は嫌な予感を振り払うように下命した。その一言の後、黒の一団はその場から一斉に立ち去っていった。そのあとに残されたものは消し炭と炭化した人型が残るばかりであった。
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