魔戦士クウヤ―やり直しの魔戦士―

梟ノ助

転生編―プロローグ―

第1話 崩壊

 漆黒の鎧をまとい、得体のしれない装飾を施した剣を持ち、禍々しい雰囲気を漂わせている 男が仁王立ちしている。鉢金の後ろからは少し癖のある髪が風に揺れている。


 荒々しい稜線を見せる急峻な山脈が連なり、その麓に見慣れない深く黒い森が広がる。生暖かい暖かい風が吹き、空には重々しい蒼鉛色の雷雲が立ちこめ、怪しげな光を音も無く散発的に放っている。


 彼に目の前には闇のオーラをまとった得体のしれない敵が存在し、まんじりともせず彼はその敵を視線で射抜くようににらんでいる。


 俗な言葉で言えば大魔王否、魔王の中の魔王、『大魔皇帝』とでも言うべき雰囲気を持った敵を目の前に、彼は一歩も引く雰囲気はない。


 彼は剣を振り上げ、雄叫びを上げ敵に立ち向かう。彼に付き従う仲間も万全の戦闘態勢をとる。


 彼の仲間は三人いた。


 一人は比較的小柄な体躯ながら、露出した部分には贅肉がなく、不釣り合いなほど巨大な両手剣を軽々と振り回し、目の前の『大魔皇帝』に相対している。蛮族のような不思議な意匠の鎧を身に着け、彼に付き従っている戦士のようだ。


 一人は魔導士風のローブをまとい、魔弓を構え狙いを外すまいと狙いすましている。短く切りそろえた黒髪が風に揺れ、独特の形をした耳が見え隠れする。切れ長の目は鋭く敵を射抜く。弓使いでありながら魔法にも長けた女魔導士らしい。


 一人は銀の軽鎧を身に着け、小柄な身の丈を超える槍と長剣を足したような長柄武器を構えている。一見すると神話に出てくる戦乙女バルキリーのような出で立ちで兜の下からはみ出した癖の強い栗毛が風にたなびく。自分の得物を構えながら詠唱しているところから、さながら魔法戦士といったところであろう。


『来たか、愚か者ども。我が意に背きし、反逆者「魔戦士」に先導されこんなところまで来るとは、愚かの極みよ! 偉大なる我に背きし罪を悔やんで死ぬがいい』


「うるせー! ゴチャゴチャ言わず、かかってこいや!」

「弱々しい三下ほどよく吠えると言いますが……実際に目にするとなかなか恥ずかしいものがありますね。仰々しい言葉を使えば使うほど己の弱さを告白しているようなものなのに」

「……仲間の口が悪くてすいません。手荒な真似はしたくないので、できれば早々に手を挙げてもらえると助かるのですが……」


 三者三様の反応に若干彼はめまいを感じざるを得なかったが、持ち前の精神力で乗り切る。


「行くぞ! 覚悟しろ!」


『この愚か者どもがっ! 身の程をしれぃ!』


 『大魔皇帝』から放たれた黒い波動は四人の戦士をなぎ倒す。彼は剣を杖代わりにして立ち上がるがそこに『大魔皇帝』が襲いかかる。圧倒的な力で……。


「がっ……!」


 強烈な衝撃に意識が飛ばされそうになるが、必死に耐える。しかし第二撃、第三撃と加えられるにつれ、抵抗できなくなる。


「……くっ」


 とうとう彼は意識を手放し、無意識の闇へ落ちていった。


――――☆――――☆――――


「てっ……!」


 突然、頭部に衝撃を感じた男はおぼろげな意識のまま辺りを見回す。なんの変哲もない、いつもの見慣れた事務所なかにいることを理解した。


 先程まで見ていたファンタジー映画ような景色はどこにもなかった。自分の身なりを確認してもくたびれた作業服に身を包んだ自分がいるだけだった。もちろん、仲間と思しき三人も周りにはいない。


 一通り自分の状況の確認を終えるのが早いか否か背後に得体のしれない気配を感じた。ふり返ると、彼の上司が軽蔑した目で彼を見ていた。


「……かっ係長」


「何をやっているんだ。キミは! 流くん、何度言えばわかるのだね? そんなガタイをして身体のほうには栄養が行っているみたいだが、頭の方には栄養が行かなかったのかね?」


 ヤサグレた男はうなだれ、ただ上司の叱責を受けていた。彼の上司はいつも以上に嫌味と皮肉と軽蔑の念を込めて彼を叱責した。このような叱責は彼にとって、何度目の叱責かわからなかった。彼は齢40をすぎ、正社員にもなれず、いまだ非正規社員のままでなんとか生活を続けているにすぎなない、そんな彼には反論の余地はない。


「毎度毎度、どうしてそんなに仕事中上の空になるのかね?全く、このままでは来月以降の契約更新は考えないといけないねぇ」


 上司はささやかな侮蔑を込めてつぶやいく。その顔には邪な想いが宿っていた。


「そっ、それは困ります」


「なら、結果を残したまえ。難しくはないだろう。全く、普通に働いているならば、こんなことにはならないだろうに....」


 うなだれながら彼はそのつぶやきを聞いていた彼は上司に促され、よろよろと仕事に戻った。彼にとって、このやりとりは慣れてしまった日常である。彼はまさに崖っぷちに立たされており、この仕事を首になればおそらく次はない状態に追い込まれていた。年齢的なものや過去の実績を考えれば、アルバイトですら絶望的であり、ましてや正社員など夢見ることすらできなかった。そんな先の希望が持てない日常を過ごさざるを得ないまま、彼は漫然と日々を過ごしていた。


(こんな生活が続くなら、全てがなくなってしまえばいいのに…)


 彼が願うのもの無理はなかった。周りのもの全てが無能者として責め立てているように彼は感じらていた。周りのものすべてが彼を軽んじ、蔑んでいるように感じていた。そのことがさらに彼の意欲を奪い、状況を悪化させるという悪循環に陥らせていた。


(こんな世界なら、生きていてもしかたがない。こんな世界なんて…。この世界を壊す力があれば気も晴れるのに)


 大人気なく彼は煩悶し続ける。その瞬間、彼はまるで闇の膜に覆われたかのように周りとの接触を断ち、彼の中で仄暗い思いを内に抱くようになる。そんなとき彼にとっては、この世界は安住できるものではなくなっていた。


「またやっちゃった?」


 不意に声を掛けれられ振り返ると、妙齢の女性がそこにいた。彼女はうっすらと慈愛のこもった聖母のような笑みを浮かべ話しかけてきた。なぜだかそれまで心のなかに浮かんでいた仄暗い思いは一瞬にして霧散する。


「はるかさん…」


 彼の見かけから想像がつかないほど情けないか細い声で答えた。以前から彼女は何かと彼を気にかけていた。その真意を彼は測りかねていたが、少なくとも今の彼にとっては地獄に仏といってよかった。


「クウヤくん、頭悪くないのに要領が悪いからねぇ。もっと要領よく上司と付き合わなきゃ」


「そう出来ればいいんですけど…。どうも係長とは馬が合わないらしくて…。それに突然なんだかわからない光景が頭に浮かんできて…」


 彼は少々甘えるように彼女の問いかけに答える。このやりとりだけが仕事中での彼の数少ないやすらぎであった。


「しょうがない人ねぇ…。仕事中にまたぼーっとしていたんでしょう」


 口調は呆れていたが、その目は仄かな慈愛がこもった温かい目であった。


 突然、奥から上司の声がかかる。


「ごめん、クウヤくんいかなきゃ。頑張ってね」


 彼女はやや後ろ髪惹かれるようにためらいながら、彼の元を去った。彼は仕方なく自分の仕事に戻り、また元の陰鬱な世界へ逆戻りすることとなった。


(ほんとに何時までこんなことを続けるのだろうなぁ…。死ぬまで時間はないけれど…)


 彼自身は精一杯仕事に打ち込んでいるつもりであった。しかしながらそれを裏付けるべき結果が出せなかった。何が影響してそんなことになったのか彼は思い悩む。


 そんな思いに浸っていたときにそれは起きた。


(?)


 次第に足元から響いてくる凄まじい轟音。


 あまりの轟音に音を通りこして、強烈な衝撃波となって彼を襲う。


「!?」


 彼には何が起きたのか理解する暇もなかった。


 天地を揺るがす、大振動。すべてのものが、大轟音と共に崩れ去っていく。壁が、天井が、床が崩壊してゆく。崩れた床の隙間から闇が広がり始める。崩れた瓦礫が闇に消えてゆく。人も漆黒の闇へ落下していく。墜ちていく瓦礫と人々が暗黒の万華鏡のような景色をかたちづくる。彼の想像を超えて、消えてゆく。


(はるかさんっ)


 彼に好意を持つ女性も足元に広がった暗闇に消えていく。声にならない叫び声を上げながら暗闇の奥深くへ墜ちていった。


 ついに彼の足元が崩れ、その下に広がる漆黒の空間へ飲み込まれていった.........。彼もまた暗黒の万華鏡の一部となりはてた。


 そしては全ては暗闇の中に消えて、何者も残らなかった。

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