仲間を募る事にしました。
「……無謀だった」
俺は冒険者ギルドにある喫茶コーナーのテーブルに突っ伏している。
今日の午後、何時も行くスライムの森のある東門からじゃなく、ちょっとした湿地帯が存在する南門からウィードタートルの甲羅を取りに行くべく町の外へと出向いた。
湿地帯では主に虫や両生類系の魔物が多く跋扈している。あと、何故かアンデッド系の魔物も時折出現するらしい。
けど、アンデッド系の魔物は陽が落ちた夜の時間帯にしか活動しないらしいので、俺は遭遇する事はなかった。
お目当てのウィードタートルは湿地帯の比較的固い陸の上を根城にしていて、そこまで行くのにぬかるむ地面を歩いて沼を突き進まなければいけない。
きちんと事前情報は収集していたので、水を通さないオーバーオールのような作業着を着て出陣した。このオーバーオールはストッキングのように足の先まで覆っていて、靴の隙間から水や泥が侵入して足が濡れて気持ち悪いなんて事態には陥らない水田仕事に一役買う作業着だ。
きちんとぬかるみ対策もしたし、問題ない。俺は、そう思っていた。
けど、現実はそこまで甘くなかった。
湿地帯じゃ、俺の強みがことごとく打ち消された。
卓球のスイングなんて、ぬかるんだ場所だと上手い具合に足に力が入らず威力が減退するし、その所為で放った鉄球の飛距離と威力も下がる。そして、ぬかるみに落として危うく失くすところだった。
足もとられて思うように歩けず、何度か転んで体中泥まみれにもなった。あと、片足が埋まって動けなくなる事が三回程あって焦った。
しかも、湿地帯に出現する魔物は皆適応しているので、鈍く動く俺を恰好の獲物と認識して次々と襲い掛かってきた。
空を飛ぶ巨大トンボのクロヤンマは執拗に俺の頭めがけてその巨大な顎で襲い掛かってきた。しゃがんで避けて、その際にハンドアックスで斬りつけようとしても寸での所で回避されて倒すのに時間がかかった。
しかも、クロヤンマの幼虫のヤゴからも攻撃を受けた。奴等は成虫と違って素早く空中を飛ぶ事が出来ないけど、代わりに伸びる顎を目にも止まらぬ速さで俺目掛けて突き出してきた。
咄嗟にハンドアックスを振り下ろしていなければ、俺のどてっ腹に大きな穴がいていただろう。そう思うと今でもぞっとする。
ただ、俺の中では巨大蛙のビッグフロッグなんてのが一番怖かった。あいつ等は俺以上に大きな体で飛び跳ね、押し潰そうとして来たり、その長い舌を伸ばして俺を絡め取り丸呑みにしようとしたんだ。
避けるのも一苦労だったし、舌に絡め取られた時は無我夢中で舌をハンドアックスで斬り付けまくった。その甲斐あって、難とか丸呑みになる運命は回避され、命からがらビッグフロッグから逃げる事に成功した。
他にも巨大ヒルとかデカ蛇ジャンスネーク、三つ目ナメクジ、一つ目マイマイなんてのにも遭遇し、泥にまみれながらも攻撃を回避し続け、生きて帰る事に成功した。もう、ウィードタートルの甲羅どころじゃなかった、早いとこここからでないと命の保証はない、と自身の生存本能が警鐘を鳴らし続けていたからな。
そんなこんなで、泥まみれになりながらも難とか町の近くへと帰還し、川の下流で泥を洗い流してから町に入って即行で銭湯へと向かって身体を清めた。
風呂を浴び終えた俺は午前中の分の依頼完了手続きをする為に冒険者ギルドへと行き、報酬を貰って喫茶コーナーで早めの夕食を頼んで現在に至る。
もう、心身ともに疲れた。
今回は俺の甘い判断が招いた結果なので、自業自得だ。命があっただけでもありがたい。あと、流石は異世界。日本にいる時よりも命の危険が凄い。あんな巨大昆虫なんて今の地球じゃ絶対に存在出来ないだろ。
取り敢えず、次行くとしたらもっとレベルを上げて安全マージンを上げ、更に足をとられないようにカンジキも装備しよう。あれって確か雪の上だけじゃなくて泥の上も歩きやすくなる筈。なかったら適当に幅の広い板を加工して貰おうかな。
あと、これ重要。湿地帯行くには一人は駄目。一人だと足元に注意しながら目の前の魔物と対峙しなければならない。その時に新たに魔物が現れたらそっちにも注意を割かなきゃいけない。一人で周囲に注意を割き続けるのは限界があり、注意が散漫になった所で身の危険が降り掛かった。
ブルースライム相手なら一人でも大丈夫だけど、複数の魔物相手だとキツイな。この先ずっとブルースライムばっかり狩る訳にもいかないし。換金率はいいけど、もっと強い魔物の素材を手に入れた方が儲かる。
「……仲間が必要かなぁ」
今の所ずっと一人でやれてたから問題なかったけど、魔物討伐を主にやる場合は仲間が必要になる。
実際、冒険者の多くは仲間と一緒にパーティーを組んでる。ソロでの活動はあまり見られない。ソロで活動しているのは余程の実力者か変わり者、駆け出しくらいだ。
仲間がいれば、背後を任せられるし、互いにフォローし合える。足を引っ張り合う可能性もあるけど、そこは互いの得意不得意をしっかりと把握して、きちんと理解し合えれば解決する筈だ。
「……よし」
思い立ったが吉日と言う事で、喫茶コーナーで夕飯を食べ終えると俺はギルドの受付に行って仲間募集の張り紙を貼らせてもらう事にした。掲示期間は三日で、それ以上掲示する場合はその都度受付の人に伝えれば延長が可能だ。
で、募集の内容は一緒に湿地帯に行ってくれる人。これが今一番重要だ。
冒険者は依頼をこなして生計を立てている。町での依頼や魔物退治などだ。ただ、当然ながら冒険者でもあまり近付きたくない場所と言うのがある。
この近辺で言えば、湿地帯がそうだ。理由は今日俺が体験したようなぬかるみに足を取られたり、全身泥まみれになる可能性が高いから。魔物の素材とかは結構いい値段がするが、足場の悪い帰り道で魔物の襲撃に遭ったり、泥に足を取られて転んでしまったりで素材が痛みやすい。素材が痛むと買い取り価格が減ってしまう。そうなると、堅実に買い取り価格が一番安いスライムを狩っていた方が金額的に美味しくなってしまう逆転現象が発生するとか。
身体的にも精神的にもあまりいい思いはしないので、湿地帯に自ら行く人は稀だ。依頼を出せば行く人は行くけど、そう言う人はかなり限られる現状らしい。
流石に一緒に湿地帯に行って欲しいと面と向かって頼む勇気も度胸も俺は持っていないので、こうやって紙媒体で間接的に……いや、一応直接的かな? まぁ、ともかく。ある意味天に任せて仲間を募る事にした。
やる事はやったので、今日はもう馬小屋に帰って寝よう。かなり疲れた。あ、いや。その前にドールンさんの所に行ってまだウィードタートルの甲羅はもう少し時間がかかりますって報告しておこう。
で、疲れも取れた翌日。
朝、町での依頼を受ける為にギルドへと来て、仲間の応募が無いか受付の人に確認した所、まだないとの事。そりゃ、昨日陽が落ちた頃に掲示したもんな。そんな直ぐに応募がある訳ないって。
俺は町での依頼をこなし、昼食を食べて依頼完了手続きとスライムの皮の収集依頼を受けにギルドへとまた赴く。
「応募ありましたよ」
と、受付に行ったら開口一番にそう告げられた。
「マジですか? 一緒に湿地帯に行ってくれるんですか?」
「はい。その方も湿地帯に用があるそうなんですよ」
「そうでしたか」
成程、つまり俺の仲間募集は渡りに船って訳だったのか。あと、その方って事は一人か。一体どんな人だろうか? 俺は受付の人に応募して食えた人の人物像を尋ねる。
「どんな人ですか?」
「昨日この町に来て冒険者登録をなさった駆け出しの方で、魔法使いだそうです」
「魔法使いっ」
マジすか。魔法使いの人が一緒に行ってくれるなら心強い。魔法なら足場関係なく攻撃出来るし、湿地帯でも攻撃力が半減する事も無い。
ただ、それでも一緒にやって行けるかどうかは一度顔を合わせて話してみないといけないよな。互いにそりが合わないと逆にストレス溜まるし。
「その人と今会えますか?」
「現在は町の外で魔物の討伐依頼を受けているので、今は無理ですね。恐らく夕方頃にこちらに戻るかと」
そうか、直ぐには会えないか。まぁ、向こうさんの都合もあるしね、仕方がないよね。
「分かりました。なら、自分ももう一度夕方頃ギルドに来てそこの待合スペースに座ってますので、もし来たら一声かけて貰えますか?」
「構いませんよ。ウツノミヤ様よりも先にお戻りになった場合はどうしますか?」
「待合スペースで待って貰うように言って貰っていいですか? なるべくそうならないように早めには来る努力はします」
「かしこまりました」
俺は受付の人に頼んで、依頼完了手続きとして、スライムの皮収集の依頼を新たに受けて町の外に出る。
陽が少し暮れ始めた頃にスライム狩りを中断し、町へと戻ってギルドへと向かう。
そして受付に行けば、既に魔法使いの人は戻っていて現在待合スペースで待っているとの告げられる。俺は急いで依頼完了手続きをして報酬を受け取り、待合スペースへと向かう。受付の人によれば、待合スペースの奥の角っちょに座っているとの事だけど。
「…………」
見付けた。多分、あの人だろう。背筋をぴんと伸ばして、手をグーにして膝の上に置いてる。
「…………えっと」
ちょっと、俺は目を瞬かせ、数回目を擦ってから再度その人を見る。
ジグザグに曲がった鍔広帽子を被っていて、それにマントを羽織って杖も持っているから如何にも魔法使いって感じがある。
けど……何で甲冑を着てるんだろう? あと、普通にヘルムも被ってて顔が分からない。明らかにそれだけ見たら騎士って印象しかないんだけど。
でも、そんな全身を金属で覆っていながら、更にその上に魔法使いの装備を着込むと言うアンバランスな出で立ち。否が応でも他人の目はそちらに向けられる。勿論、奇異の目だ。
ちょっと、話し掛けづらいんですけど。失礼だけど、このまま回れ右をして立ち去りたい……。
「…………」
「……あ」
甲冑の人は俺の視線に気づいたのか、顔をこちらに向けてじぃ~っと凝視してくる。
これは、もう逃げられないよね。
「っし」
俺は軽く頬を叩いて活を入れ、甲冑の人が待っている方へ足を運ぶ。
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