習得したスキルが分かりました。

 白く染め上げられていた視界が、急に色を取り戻す。そして、鼓膜には喧騒が響く。

「……ここが異世界、か」

 所謂西洋ファンタジーな世界っぽいな。石畳の道に、馬車、家屋も木造や煉瓦造りで煙突からは煙が立ち上ってる。

 行き交う人の中には全身鎧姿だったり、如何にも魔法使いって感じのローブと杖、鍔広帽子を被ってたり、聖職者の恰好をした人がいる。

 あと、背が低くてがっしりとした強面で髭を生やしたドワーフや、整った顔立ちに尖った耳を持ち金髪をなびかせるエルフ、獣の耳と尻尾を生やした獣人がいたりと物珍しさに目移りしてしまう。

 あと、髪の毛の色も目を引く。普通に赤とか青とか緑の髪の色をした人がいる。染めてるんじゃなくて、地毛なんだろうな、あれ。で、逆に黒い髪はあんまりいないな。自分が浮いてるように思えてしまう。日本だと黒髪は基本なんだけどな。

 行き交う人を見ると、本当に異世界に来たんだなぁ、と感慨深くなる。さらば日本。俺はこの異世界で暮らしていくよ……。

 っと、感慨に耽ってる場合じゃなかった。時間は有限なんだ。早速行動に移らないと。

「えっと、まずガイドブックでも読むか」

 何事においても初めてなので、ここはガイドブックを読んで何処に向かえばいいか考えるか。

『異世界ガイドブック~スレア編~ 

 これであなたも異世界デビュー!』

 何時の間にやらガイドブックにタイトルが印字されていた。神の間にいた時は何も書いてなかったのに。もしかしてこの異世界に来たから表示されるようになったとか?あと、この世界はスレアと呼ばれているらしい。

 何はともあれ、ページをめくって目次を開き、『異世界に来たら』と題された項目を見付けて、そのページを開く。

『まずは町の冒険者ギルドへ行って冒険者登録をしましょう。

 冒険者登録をすれば冒険者カードが発行されます。冒険者カードは身分証として機能する他、自身のレベル、ステータス、スキル、魔法、称号を確認出来るようになるので登録しておいて損はありません。また、冒険者カードを操作し、ポイントを消費する事でスキルや魔法の習得が出来るようになります。

 ※登録料金は一律で3000ピリーです』

 成程、まずは冒険者登録してカードを発行して貰う事が先か。

 読み進めていくとそうしないと身分証明が出来ない上に、ステータスとかが確認出来ないと書かれている。最初からこの世界に生まれていれば別の身分証が作られるらしい。当然、冒険者カードも作る事も出来る。で、身分証を持っていないと犯罪者か何かと誤解される可能性があるので早急に発行しましょう、と注意書きされている。

 あと、ステータスについては普通は身分証でだけ確認が出来るそうだ。いくら召喚された者でも自身のステータスを脳内で表示する事は不可能で、どうしてもそうやって見たい場合は【アナライズ】というスキルを習得しましょう、と書かれている。

 その後も他のページを見てこの世界のちょっとした常識を頭に叩き込んで行く。

 今いるこの町はトラストという名前だそうだ。円形に広がっていて、外界とは背の高い塀で隔てられていて魔物による被害を受けにくいようにしている。東西南北にそれぞれに門があって、そこから町の外に出られるようになっているとか。あと、通行税は掛からないらしい。

 あと、町の真ん中をぶった切るように川が流れている。近くの山から流れる川の近くに町を作ったらしく、きちんと水中に柵を設けているから大き目の魔物が入り込めないようになっているそうだ。

 スラムとか暗黒街とかそう言うのが全く無い治安のよい町で、住民は一応は食べるのに困らない暮らしをしているそうな。特に盛んな産業はないけど、結構マルチに手を広げているそうだ。

 そして、付近に生息している魔物は比較的弱いものに分類されるので、駆け出しの冒険者が拠点にするには持って来いだそうだ。神様の言った通り、ベリーハードモードでの異世界生活にならずに済んだようでほっと胸を撫で下ろす。

「よし」

 ある程度読み終え、ガイドブックに付属している地図を広げる。

 ではでは、身分証と自身のステータスを確認する為に冒険者ギルドへと行くとしますか。

 俺は地図を頼りに進んで行き、時には道行く人に尋ねて冒険者ギルドへと辿り着く。

 冒険者ギルドは結構大きな二階建ての建物で、出入口っぽい扉の真上に『冒険者ギルドトラスト支部』とでっかい看板がながっている。

 俺はドアを開けて中へと進む。ドアを開ければからんからんとベルが鳴り、誰かが訪れた際にきっちりと分かるようになっていた。

 中は広々としていて、待合スペースやちょっとした喫茶コーナーがある。で、奥の方には総合受付なるものと更に奥へと向かう通路、そして二階へと続く階段が見える。

 受付にはそれぞれエルフの女性が背筋を伸ばして立っている。

 受付は全部で五つあるけど、うち二つは既に冒険者が用事を済ませている最中だったので、空いている受付へと向かう。

「どうも、こんばんは」

「こんばんは。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「冒険者登録をしたいんですけど」

「かしこまりました。ではまず登録料として3000ピリー頂きますが、よろしいですか?」

「はい」

 俺は巾着袋から3000ピリーを取り出して、受付の人に渡す。

「3000ピリー丁度ですね。では、少々お待ち下さい」

 受付の人は3000ピリーを持って一度奥へと消え、3000ピリーの代わりに見た目定期券や図書カードと同サイズの白紙のカードと透明なケースに入った一本の針を持って戻ってくる。

「こちらが冒険者カードになります。現在は白紙ですが、あなた様とパスを繋ぐ事によって名前やレベル、ステータスと言った個人情報が刻まれます。パスを繋ぐ際にこのカードに魔力を注ぐ方法と血を一滴垂らす方法があるのですが、どちらになさいますか?」

「それらに違いってあるんですか?」

「特に無いですね。強いて言えば、血を垂らす方法は魔力を注ぐのに慣れていない人に向けた方法です」

「そうですか。じゃあ、血を垂らす方法でお願いします」

「かしこまりました。では、こちらの針をお刺し下さい。きちんと消毒してありますので感染の心配はありません」

「はい」

 俺は受付の人からケースに入った針を借り、左の人差し指に軽く指す。ぷくっと血が出て来たので、それを白紙のカードに垂ら……そうとして出来なかったのでそのまま押し付けて血を付着させる。

 すると、白紙のカードは淡く光り輝く。その光の中で、次々と文字が刻まれていく。文字が全て刻まれると輝きは消え失せた。

「冒険者カードの発行は終了しました。カードの方は身分証となります。紛失してしまった場合は再発行出来ますが、発行手数料がかかりますのでご注意下さい」

「分かりました、どうもありがとうございます」

「では、これから登録の方に移ります。カードに記載された内容を写しますので、少々お待ち下さい」

 俺はケースに戻した針を返し、受け取った受付の人は机の引き出しから一枚の用紙を取り出し、羽ペンにインクを付けて冒険者カードに刻まれた俺の個人情報を写していく。

「お名前はウツノミヤ・タクミ様ですか。歳は十五。スキルは一つ所持して……」

 羽ペンを走らせていた手がピタリと止まる。

 ん? どうしたんだろうか?

「あの、ウツノミヤ様?」

「何ですか?」

「スキルについて質問してもよろしいでしょうか?」

「え? あ、はい」

 思わず頷いてしまう。でも、俺だってまだ自分のスキルがどんなのか分からないんだよな。もし効果について訊かれたらどうしよう?

「この【卓球】というスキルは、どのようなものなのでしょうか?」

「え?」

「え?」

 俺は自分の所持したスキル名に驚き、受付の人は俺が驚いたのに驚いた。

 いや、スキル、なんだよな? でも【卓球】って何だよ【卓球】って?

 まぁ、俺は小学五年生からのクラブ活動で卓球を選択し、中学の三年間は卓球部に所属していたし、高校に入学してからも卓球を続けていた。

 だから、卓球とはそれとなく縁はある。縁はあるけど、まさか【卓球】と言うスキルを所持する事になるとは思わなかった。

 で、受付の人が質問して来たと言う事は、この異世界スレアには卓球と言うスポーツは存在しない、もしくは浸透していないようだ。

 どう説明するか考え、至極簡単に答える事にする。

「……えっと、球を打つスキルです」

「え? それだけですか?」

「まぁ、簡単に言えばそんなスキルです」

「はぁ、そうですか……」

 微妙に納得したが、微妙に納得していないと言う表現に困る表情を浮かべた受付の人は重い手を動かしてまた羽ペンを走らせ始める。

 そして、全ての内容を写し終えたようで受付の人は羽ペンをペン立てに置く。

「では、これで冒険者登録は終了となります。カードの方をお渡ししますね」

「はい」

 俺は冒険者カードを受け付けの人から受け取り、自分も記載内容を確認してみる。


『名前:宇都宮卓海

 性別:男

 年齢:十五


 レベル:1

 体力:D+

 筋力:D

 敏捷:C-

 耐久:E

 魔力:F-

 幸運:C


 ポイント:0


 スキル:【卓球Lv1】

 魔法:なし

 称号:【異世界からの流れ人】(隠蔽中)』


 カードにはこのように記載されていた。

 体力などのステータス表記はランク表記となっていて、F-が一番低い値でS+が一番高い値となっている。F、E、D、C、B、A、Sの順に強くなっていく。レベルが上がれば必ず上がると言う訳じゃなく、そのステータスに準じた行動を取り続ける事により、レベルアップ時に該当ステータスのランクも上がる仕様らしい。

 なので、ただ漠然とレベルを上げていくよりも筋トレやランニングなどを行いながらレベルを上げた方が実質的に強くなるそうだ。

 例えレベルが負けていてもこのステータスのランクが相手よりも高ければ、一方的に負ける事はないらしい。場合によってはレベルが高い相手を一方的に打ち負かす事も可能だとか。

 と、簡易ガイドブックに書いてあった。なので、レベルを上げる際は色々と試そうと思う。

 何気に、幸運のランクが一番高いな。死ぬような目に遭ったんだけど……。あれか? 死ぬような目に遭っても死なずに済んでるから運がいいって事なのか? ……まぁ、深く考えるのはよそう。

 あと、称号の方はきっちりと隠蔽が働いていたので、訊かれる事はなかった。

「どうもありがとうございました」

「またのご利用お待ちしております」

 俺は礼を述べて冒険者ギルドから出る。

 このまま依頼を受けてもよかったんだけど、今日はもう休む事にした。

 何せ、この異世界スレアに来たのが夕方だったからな。まさか召喚の魔法陣が現れた時間帯と同じ時に転移されるとは。まぁ、ある意味当然と言えば当然か。

 なので、今日は休んで明日依頼をしようと思う。なので、ガイドブックを片手に宿へと向かう。

「っと、その前に」

 俺は行先を宿から武器屋へと変更する。明日依頼をするにしても、今のうちに武器は手に入れていた方がいいと思うんだ。何せ、今の俺はガイドブックと冒険者カード、そして7000ピリーしかない。下手すれば路地裏に連れられてカツアゲされる運命が待ち構えているかもしれない。

 一応、ガイドブックには治安はよく、カツアゲや強盗はない初心者に優しい町となってるけど、用心に越した事はない。

 と言う訳で、俺は武器屋へと足を運ぶ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る