Q.攻撃方法は何ですか? A.卓球です。

島地 雷夢

異世界に行く事になりました。

 

「えー、はろーはろー。あいあむごっど」

「は?」

 気が付けば、真っ白な空間にいて、目の前に日本語的な英語をしゃべる女性がにっこり笑顔で片手を挙げていた。

 女性は長く艶やかな銀髪にひらっひらの白装飾と言う、何処ぞのコスプレイヤーと言わんばかりの恰好をしている。瞳の色は金色で、整った顔立ちをしている美人さん。泣きぼくろがチャームポイントだな、うん。

「……」

「ごめんなさい。おちゃらけた感じで話し掛けたのは謝るので無視だけは勘弁して下さい」

 無言で女性を観察していたら、何故か泣きそうな顔をしながら謝ってきた。

 このまま無言で観察を続けていたら、本格的に泣き始めてしまうんだろうなぁ。いい大人が簡単に泣いていいものだろうか? と思いながらも取り敢えず女性に対してさしあたりの無い質問をぶつける事にする。

「で、あなたは?」

「神です」

 突拍子もない答えが返ってきた。

 ……あぁ、そうか。この人はちょっと頭が痛い人なんだな。自分は神様だと思って、わざわざ恰好もそれっぽくしていると。

 成程成程。理解した。

 この人とはかかわりを持たない方がいいと理解した。

 俺は踵を返して女性から離れて行く。

 すると、泣きべそをかきながら女性が俺の腰にタックルをかましてきて押し倒してくる。俺は咄嗟に手を付いて衝撃を殺し、顔面強打を未然に防ぐ事に成功する。

「ちょっ⁉ 無視していなくなろうとしないで下さい! 説明! 説明だけでも聞いて貰わないとこの先苦労しますよ⁉」

「苦労って何ですか?」

「異世界生活での苦労ですよっ!」

「異世界ぃ?」

 俺は半眼にになりながら、未だに腰にしがみ付いてえぐえぐ泣いている自称神様の女性を見据える。

「そりゃ、異世界なんて言われたらそんな懐疑的な目を向けますよね。でも事実です。宇都宮うつのみや卓海たくみさん。あなたはこれから異世界に行かなければいけません」

 女性は涙を拭き、少し目を赤らめながらも二本足できっちりと立ち上がる。漸くホールドから解放された俺も立ち上がり、そのまま踵を返していなくな……りはしない。したらさっきのような展開が待ち構えているのが目に見えているので、この人のちょっと痛い話に付き合ってさっさと解放された方がいいと考えた次第だ。

「因みに、あなた本来なら今頃死んでますからね」

 で、女性はいきなりそんな事をのたまったではないか。

 今頃、俺が死んでるって? 何を冗談を。

 と心の中で毒吐いたら、いきなり記憶がフラッシュバックしてくる。

 今日は日曜だったけど部活があったので学校に行って、必死に練習して、終わったから帰るかぁ、と帰路についていた。

 信号待ちをしていると、足元が急に光り輝いた。その光は何かの変な紋様が描かれた円状で、俺一人をすっぽりと囲んだ。

 その時、俺は瞬間的に横に飛び退いた。

 そしたら、横の林からカモシカが一匹飛び出してきて、俺の横っ腹に向けてタックルをかましてきた。

 俺はそのまま吹っ飛び、運悪く通行中のトラックにはねられた。

 その後、どう言う訳かここにいるって訳だ。

 あれが夢だとは到底思えない。カモシカタックルの痛みも、トラックにはねられた時の激痛もあまりにもリアル過ぎた。

 ……と、言う事は。実際に死にかけたんだろうなぁ。そして、この自称神様な女性のいる場所に何故か来てしまった、と。

 ちょっと信じにくいけど、あんな事があっても俺は平然といられるんだからこの女性が神様だって信じるしかないか。

 俺が死ぬ間際の記憶を呼び起こしたのを表情か仕草から読み取ったのか、神様は「漸く理解しましたか」とほっと胸を撫で下ろす。

「て言うか、召喚の魔法陣が出た瞬間に即横に飛び退くって、どんだけ反射神経いいんですか?」

「避けましたけどね。その後にカモシカからタックル貰ってトラックにはねられるダブルコンボ決められましたけどね」

「あれは傍から見てて運がないなぁって思いましたよ。いや、逆に運がいいんですかね?」

「よくないですよ」

 あの変な光――神様曰く召喚の魔法陣――が現れなければ、俺はトラックにはねられずに済んだのにさ。……いや、ちょっと待て。結局の所召喚の魔法陣とやらを避けても避けなくてもカモシカの進行方向上にいた訳だから、どっちにしろトラックにはねられてたんじゃないか?

 ……ついてねー。俺の死は不可避だったのかよ。

「まぁ、幸か不幸かトラックにはねられた際に消えかけていた召喚の魔法陣の上に着地? 落下? したのでこうして死ぬ間際にこの神の間に来る事が出来たんですよ」

「さいですか」

 神様が俺を慰めるように優しく語り掛ける。取り敢えず、俺は天から見放されずに難とか一命を取り留めたようだ。

「で、一命を取り留めた俺はこれからどうすればいいんですか?」

「異世界に行ってもらいます。剣と魔法のファンタジー世界です。ドラゴンだってエルフだっていますよ?」

「そうですか」

「…………えらく淡泊な反応ですね」

「そりゃ、いきなり言われてもそうですかくらいにしか思えませんし」

「可笑しいですね。過去にこの神の間に来た日本人は皆『マジで⁉』とか『夢の異世界生活ヤッホゥ!』とか『むっふっふ……キタコレ』とかオーバーなリアクションしてたんですけど」

「リアクションは人それぞれですから。それで、異世界生活って拒否出来ますか?」

「そしていきなり拒否の意向を告げてきますし」

 神様は俺の質問に若干涙目になる。そりゃ、拒否出来るなら拒否するさ。剣と魔法のファンタジー世界で、ドラゴンがいる。つまり、結構危険な場所と言う訳だ。そう言う世界にあこがれを覚えている青少年達やいい年したおじさん達なら勇んで向かうだろうけど、俺は行きたくないな。

 勿論、興味がない訳じゃない。俺だって年頃の男の子だ。そう言うファンタジー系のゲームだってするし、漫画だって読んでる。一度は行ってみたいとは思う。けど、一時の好奇心よりも身の安全を優先するくらいの分別はついてるつもりだ。

 なので、拒否出来ないか訊いてみた訳だけど、涙目の神様は頭をゆっくりと横に振る。

「残念ですけど、拒否は止めておいた方がいいと思います。拒否した場合、元の世界に戻れますが事故に遭った直後の状態になるので、そのままぽっくり逝きますよ? 救急車呼んでも多分間に合いませんし」

「そうですか」

 元の世界に戻った瞬間には死が待っている、と。

 俺、まだ十五年と四ヶ月しか人生歩んでないんだけど。流石にこの若さで死ぬのは勘弁願いたいな。まだまだやりたい事とかしたい事とか沢山あるんだ。人生を楽しみ切っていない。

「流石に死ぬのは勘弁ですね」

「と言う訳で、異世界に行ってもらっていいですか? あ、本来だったら勿論拒否も出来るんですけどね。宇都宮卓海さんの場合はもう生きる為には異世界に行ってもらう以外にないんで。異世界に転移する際に五体満足な状態になるので」

 そうか……生きる為には異世界に行くしか選択肢が残ってないのか。

 まぁ、元の世界に戻って死ぬよりも、まだ生き延びる可能性は無きにしも非ずだよな。頑張ればやっていけるかもしれないし。

 うん、俺は生きる為に異世界に行く事にしよう。行ってみたいと思っていたのは嘘じゃないし。

「分かりました。異世界に行きます」

「何か、無理強いするような形になって済みません」

「いえ。興味自体はありましたから」

「そう言っていただけて何よりです」

「所で、召喚の魔法陣って言いましたよね? あれって何なんですか?」

「あれは別世界の勇者としての素質のある人間を勇者として喚ぶ為の魔法です。一応、召喚される瞬間に時を止めて神の間へと連れて来て、異世界行きに了承してくれれば向こうの世界に召喚されます。まぁ、今回はイレギュラーが起きてしまいましたけど」

 そのイレギュラーって時を止められなかった事ですよね? もし時止まってたらタックル喰らってトラックにはねられたり……したね。うん。結局その場合も拒否する訳だし、元の世界に戻った瞬間にカモシカタックル&トラックアタックを喰らって御臨終の未来が待ち構えてるな。

 と言うか、正常に作動してたら絶望コースだったじゃないか。あぶねー、イレギュラー発生しててよかった。運は俺に味方をしてくれたようだ。

「で、本来ならば召喚を行った場所に転移されるんですが、今なら別の場所に転移も出来ますよ?」

「はぁ、何でそんな提案を?」

「いやね。別世界から人を勇者として召喚するのは、魔王の討伐を手伝って貰いたいからなんですよ。あなたは魔王討伐なんてやりたいですか?」

「やりたくないです」

「ですよね。異世界行きを拒否するくらいですもん。なので、このまま普通に召喚されると魔王討伐コース確定です。それを回避する為に勇者として召喚した場所とかなりかけ離れた場所へと転移する事が出来ます。あ、これ行うと今回の召喚は失敗したと相手方は誤認しますから、無理矢理見付けて手伝わされるなんて展開にもなりません」

「じゃあ、別の場所に転移でお願いします」

「わっかりました。では、次にスキルとかの説明に入りますね」

 神様は突如クリップボードを取り出す。クリップボードには説明書きがされていて、説明は文章だけじゃなくて幼稚園児でも分かるように絵でも表現されている。

「これから行く異世界にはレベル、魔法、スキル等あなたの世界で言うゲームのステータスや技が普通に存在しています。レベルを上げる方法は大方のゲームと一緒で魔物とかを倒せばOKです。レベルが上がればステータスも上がり、言ってしまえば死ににくくなります」

「成程です」

「で、魔法やスキルは最初は覚えていませんが特定の行動や他人から教わる等をすれば習得条件を満たします。習得条件を満たした後は、レベルが上がった時に得られるポイントを消費する事でスキルや魔法を覚える事が出来ます」

 神様はクリップボードをめくる。

 めくったら、そこには『召喚特典について』と書かれていた。

「と、ここで召喚特典のご紹介ですっ!」

「急に通販番組みたいになりましたね」

 神様がクリップボードをぽいっと後ろの放り投げるとテーブルとハリセンが現れる。そして叩き売りのようにハリセンをバシバシと打つ神様。

「召喚された者には特典その1としてまず称号【異世界からの勇者】が与えられます!」

「称号って何ですか?」

「魔法やスキルに頼らず自動で能力の補助とか常にしてくれるありがたいシステムって覚えておいて下さい。で、【異世界の勇者】の効果は全ステータスアップ補正に加えてレベルアップがしやすくなるんです。異世界生活を送るのに、これ程お得な効果はありません!」

「まぁ、レベルが上がれば強くなりますしね」

「ただ、今回は勇者としては召喚しませんので劣化版の称号【異世界からの流れ人】になります。こちらはステータスアップ補正はありませんけど、普通より少しだけレベルアップしやすくなります。あと、この称号は隠蔽が働いて他者には確認出来ないようになってますので」

「成程です」

 この称号が貰える御蔭で他人よりも強くなりやすくなる訳か。強くなればその分安全に生活が出来る。うん、有用な称号だ。

「更に、特典その2! 異世界の地に足を踏み入れた瞬間スキルが一つ手に入ります! それで手に入られるスキルは任意で選択出来るものではなく、今までのあなたの行動や欲求によって自動で決定します! 因みに、これは場合によってはユニークスキル……一つしかない固有のスキルを手に入れる事が出来る可能性があります!」

「これってこの場で知る事出来ません?」

「すみませんが、この場所ではまだ未確定情報になっているので知る事が出来ません」

「あ、そうですか。分かりました」

 今のうちにスキルを知っておいて、色々と応用が利くか考えたかったけど、未確定なら仕方ないか。

「で、特典その3! 異世界言語の完全習得です! 別の世界に行って言葉が通じない、文字が読めない。当然そんな心配があると思います。ですが! 召喚された者には異世界言語をまるで母国語のように流暢に話し、理解し、読む事が出来るようになるのです!」

「それはとても有り難いですね」

「そして! 最後の特典はこちら!」

 と、神様が指パッチンすると上から巾着袋と冊子がテーブルの上に落ちてくる。巾着袋の中には何やらかたくて重いものがぎっしり詰まっているようで、落ちてきた際にじゃらがっちゃんと言う音がした。

「向こうの世界の通貨を10000ピリーと簡易ガイドブックが付いてきます! 1ピリーはおおよそ一円くらいと思っていただいて結構です。簡易ガイドブックは異世界に行ったらまず何をしたらいいか? 誰でも分かるステータスの見方、異世界から来た人達に人気の職業は? 日銭を稼ぐ方法、そして最初に訪れる町の地図と周辺にいる魔物の分布図が記載されています!」

「あ、それもありがたいです」

 一文無しで、更に全く分からない土地に放り出されたら生きていける気がしないしな。言語が分かるのもありがたいけど、情報や軍資金もありがたいよ。

「以上、召喚による特典の紹介でしたっ!」

「わー」

 俺は神様のノリに乗って、取り合えず拍手をする。神様は俺に硬貨の入った巾着袋と簡易ガイドブックを俺に渡す。

「さて、説明も終わりましたし、そろそろ転移しますね。あ、一応言っておきますけど、周囲には弱い魔物しかいない何処かの町に転移しますので、転移していきなりオワタになりませんので、ご安心下さい」

「あ、分かりました」

 初っ端ハードモードは回避されたようだ。神様の配慮に感謝感謝。

「それでは、めぐりめく異世界生活をご堪能下さい」

 神様が柏手を一つ打つと、俺の身体が光に包まれていく。

 そして視界も白一色に塗りつぶされていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る