カクヨム - 「書ける、読める、伝えられる」新しい魔の山
辻憂(つじうい)
性
膨大なアイディアの宝庫は盗掘者にとって財宝の山であった。目立たない無限のアイディアがここにはある。それを使わないなど愚かに過ぎる。すべての成功を目論むものはカクヨムに足を運び入れたのだった。
小説を書く人間は山にある木々のごとく、編集者はその山の登山者である。
この山の中から黄金に輝く竹を一本どうにか見つけ出し、そこで斧をえいやと振って中からシンデレラを取り出さなければならない。
(かぐや姫ではどうにも縁起が悪い。月や他の出版社へ行ってしまう)
衣服に近いスタンド(創作者の血で出来た文章のこと)がポピュラーである。このスタンドをどうにか己の編集者としてのスキルだけで倒していかなければならない。心のやわらかい部分を撫で続けるレズエステのようにスタンドは編集者に襲い掛かる。登山を成功させようと思う編集者にとって終電は幻想であった。
「ねえ、おねえさん、遊んでいかない?」
真紅のネグリジェをまとった妖艶な女性が登山者に声をかける。露骨なまでに性的な表現は編集者にとっての天敵であった。
「まずコートをきてくれないと。痴女みたい」
「……っ!痴女の何が悪いっていうのよ!性は女性を抑圧するための道具として……!」
だんだんと女性がオークのような形に変化していく。巨大なトロルの姿が編集者の眼前にはあった。編集者はそそくさとその場から逃げ出した。
「マテ ワタシ オマエ オカス」
かろうじて腰に留まりながらもビリビリにやぶれてしまったネグリジェの下にはいつのまにか巨大なイチモツが出来上がっており、腐臭を伴う白濁液を地面にパタパタと撒き散らしながら編集者をサイの角のように追いかけている。
「おい、こっちに財宝があるぞ!」
どこかからそんな声が聞こえてきた。さっと木の影にかくれるとオークはそのまま前方に向かって走り続けていく。
「オデ ヒト オカス」
「ひぃっ」
オークの目には若い男の姿があった。どうやら彼は山からアイディアを持ち帰って自分のものにするためにここに訪れたようであった。彼のようなものは珍しくなく、そして
「おほお」
編集者はその悲鳴に顔をしかめた。チラリと覗いてみると剛直した柱のようなものが若い男の臀部に深々と突き刺さって灰色に濁った謎の液体が若者の体内に注がれている。
「おご・・・げぼ・・・」
口から濁った緑色の泡を吹き出すとビクビクと体をふるわせて若い男はその場に崩れ落ちる。すると徐々に男が若い女の姿になってオークの巨体に絡みついた。
「何をやっているんだ。早くこっちへ」
自分の腕をぐいとひっぱられ、呆けた状態から意識を取り戻した編集者はあわてて山を駆けていた。
「あなたは?」
「俺?俺はただのしがない小説家希望さ。君だってそうだろう」
「えぇ……」
「あいつらは、ああやって自分の仲間を増やしているんだ。性的な表現は簡単で依存性も高くウケもいい。だからその快楽に飲み込まれてしまうと……」
「どうなるの?」
「飲み込まれてしまうとああなってしまうんだよ。見た通りさ」
「でもまったく性的な要素をなくすというのも不自然だと思う」
「お前もか」
「え」
「オマエモ、性欲ヲ、肯定スルノカ」
「うわあ」
編集者はバッと大きく手をふりはらう。黒い霧につつまれたかと思うと男は黒褐色の鎧に包まれており、まるで昆虫のような仮面をつけていた。
「待って。話をしましょう。性欲を完全に否定して何か」
「問答無用!」
黒い霧から剣のようなものを作り出すとそれを編集者に向かって振り下ろす。間一髪のところで編集者はそれをかわす。
「腕モ足モイラナイダロウ。スグ我々ノ仲間ニナレル」
「はあ」
軽いため息をつくと昆虫のような男は消えていた。この世界から隔離したのである。この山においてルールを改変する権限を編集者はカクガワという名の神から授かっていた。行き過ぎた存在は念じるだけでこの山から消すことができた。
「あまりこういうことはしたくないのだけれど」
「?」
昆虫のような男からしてみると目の前から改造しようとしていたターゲットが消えたのである。それどころか遠くにいたオークの気配すら感じることができなくなっていた。
(ドウニモオカシイ)
山を駆ける。ただの一人も見当たらず、
「ウオオオオオオ」
男は叫んだがその声はどこかも分からない世界で木霊するのみであった。
(聞こえますか。編集者よ)
編集者の脳に声が響く。
「はい、カクガワ様」
(人々を楽しませ、我らの利益となる作者を探すのです)
「御意に」
創作者は止まっていた足を動かし、緑の中を進んでゆく。
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