片想いに、終止符(ピリオド)を

彩咲真結流

片想いに、終止符(ピリオド)を

 今日、私はこの思い出の学び舎から巣立つ。

 着古したセーラー服とも今日でおさらばで、勉学に励んだ教室に入ることも今日でおしまいで、騒がしいくらい明るくて笑顔が絶えないクラスメイトや同級生の光景を見ることもなくて、三年間お世話になった教師とも別れ、親友までもの間柄だった人たちと同じ学校に通うこともなくなり、部活での汗と涙の結晶が詰まった胴着や竹刀たちともここに残していく。

 正直言えば名残惜しい気持ちでいっぱいで、もうここでの生活が二度と迎えられないと思うと悲しくなる。親友の皐月と鈴とも進学先はバラバラ。


 今日で全部おしまいか――


 私・大葉おおば かおるは卒業式の当日、早朝の4時半にはすっかり目を覚ましていた。

 カーテンを開ければ外には青く澄んだ空が一面に広がっていた。


「あ、もう桜が咲いてる」


 私たちが巣立つのを祝うかのように、ほんのりピンク色に染まっている桜の花は咲き初めていた。卒業式はもってこい、今日はそんな日である。


 今日、決着をつけるんだ――


 ベッドから起き上がって、昨日あらかじめ用意しておいたセーラー服を手にして、包み込むかのようにギュッと抱きしめた。

 今日は卒業式の前にやり残していたあることをやると決めた。

 あること、それはちょうど一週間前のこと――






 二月の終わりに差し掛かっていた日のお昼、高校の近所のファーストフード店で私は親友二人とランチしていた。


「で、あんたはこのまま秘めたままでいいの? 剣道部元主将の大葉さん」


「う……」


 そして私の向かいで親友の一人・井口いぐち 皐月さつきがシェイクを口にしながらこんなことを言ってきた。


「……やっぱり隠し通すのはよくないのかな」


「別に駄目とは言ってないじゃん。言ってないけどさ、薫はこのままでいいの? ホントのところ」


「このままは嫌……かな? でも……うーん」


 この件に関してはかなり奥手な私に、皐月は呆れたのか深くため息をついていた。


「鈴、あんたも薫に何かいってやってよ」


「薫ちゃん……」


 左横の席で私を心配そうに見守っている少女・保科ほしな りんは――


「薫ちゃん!」


「は、はいっ」


 返事をするために開いた口に彼女は、手元にあったフライドポテト二、三本一気に入れてきた。

 唐突のことなことだけあって、んぐっなんて変な声をあげてしまい少々恥ずかしくなりながらしなしになっていたポテトを頬張る。


「もう! 薫ちゃんったららしくないよ?」


「そ、そんなに?」


 普段大人しい少女から漏れたのは愛らしい怒りの声。と、プクーっと膨らませた頬だった。

 皐月も鈴に賛同するかのようにうんうんと腕を組みながら頷く。


「いつもの薫ちゃんなら、現実に真剣に向き合って考えてるのに……」


「いや、部活とかと恋愛は違うものじゃ」


「そんなことないよ!!」


「そうだよ、薫」


 鈴の話を向かいで聞いていた皐月が話しに入り込んできた。


「あんたは部活で伸び悩んでもやもやしてるときだって、苦手科目に苦悩してたときだって、現実逃避しないでちゃんと考えてた。アタシたちにだってそうだよ。アタシや鈴が部活とか人間関係で悩んでるときに、ひたむきに向き合えって言ってた」


 そんな時もあったなぁ……と私は高校での出来事を思い返してみた。確かにそうだ。私は逃げることが嫌だった。好きなことも苦手なことも、壁にぶち当たったときにだって、私はそうだった。


「だから今日はアタシたちから言う。現実と向き合え、あいつへの恋心を真剣に考えな」


「さっちゃんの言うとおりだよ。薫ちゃん、彼のこと、ちゃんと向き合って」


「二人とも……」


 その後二人は、優しい笑顔を私に見せた。頑張れって、後押ししてくれてるかのようにみえた。


「……ありがとう、二人とも。そうだよね、ちゃんと向き合わないとね。だから私、卒業する前にこの想い、ちゃんと明かすよ」


「それこそ薫だよ」


「うんうん、いつもの薫ちゃんだね」






 彼女らの後押しで、私は二年間秘めていた気持ちを伝える、と決心することができた。今思えば、本当にいい友をもったと思う。二人には感謝しているし、この学校で出会わせてくれた運命にも感謝している。

 赤い自転車を漕ぎながら、私は小さな幸せを噛み締めた。






 そして着いた、私が今まで通い続けた白亜の学び舎に。

 門は既に開いており、幸い校内には人影が見当たらない。ひっそりと忍び込みたかった私としてはありがたいことだった。


 下駄箱で少し廃れた上履きに履き替え、ホームルームへ向かう廊下へ足を進める。嗚呼、ここを制服を着て通るのがここで最後かと思うとちょっぴり寂しい、なんて思う私がいる。

 そして三年四組という表札が見えた。三年四組――私が所属しているクラスである。そこの一番窓側の前から三番目が私の席なのだが、入る直前に一つの影が目に入る。誰なのかは一目瞭然だった。


「よっ、薫」


 思わず嗚呼、という言葉が漏れてしまった。


「おはよう、篤史」


 私よりも先についていた少年・高槻たかつき 篤史あつしはニッと私に笑顔を見せる。


「遅かったな」


「遅いといってもまだ約束の時間より10分も前だよ?」


「それもそうだな」


 ハハっと篤史は笑いながらそういう。

 そう、彼こそ私の想い人で、同じ剣道部で、三年で同じクラスメイトになった人物である。


「それにしても二人っきりで話すのも久しぶりだよな。確か、最後の大会の帰り以来か?」


「そうだね。スマホでやりとりすることもあったけど、お互いに受験勉強もあったし」


「とか言うけど、お前難関大学の指定校推薦で受かったじゃんか」


「まぁそうなんだけどね。でもちゃんと今後の予習で勉強はそれなりにはしてたよ。流石に受験勉強に大忙しだった篤史には劣るけど」


「ああ、やってたよな、放課後一人で残って」


 その言葉を聞いて一瞬びっくりした。そんなこと、篤史に言ったことなんて一度もなかったのに。


「何で知ってるの? なんて顔してるぞ、薫」


「え、え??」


 その場で困惑した。しかそちょっとどころかかなり驚いてあたふたしていた。それをみて彼はクスクスと笑う。


「これでも俺は元副将として大葉主将の背後で見守ってたんだから」


「そ、そっか」


 未だにクスクス笑ってる篤史は、再び口を開く。


「懐かしいな、こんなやりとり」


「え?」


 突然彼は思い出話を始めたのである。何を考えているのか正直私には予想がつかなかった。


「ほら、俺が副将でお前が主将になったときとかさ、やり取りが夫婦漫才みたいだとか亮太とか後輩の吉原とか言ってたじゃん」


「そんな時期があったこともあった……うん、あったね」


 当時の私はそんなこと言われて嬉しかった。だなんてことは彼に言えないのだけど。


「それ以外にも、部活終わっても俺だけ一人残って自主練してるのを偶然薫がみてて、相手にしてくれたときとか」


「うんうん。そのときの篤史はまだまだ下手で、経験者の私の足元にも及ばなくて」


「うるせー」


 ムスッとしてる彼をみて、私はクスクスとつい笑ってしまった。

 でも、陰で努力してる姿を見て、ただの部活仲間から恋へと形を変わっていったのだけど。


「でも二年入ってから私が一人で自主練してたら、反対に今度は篤史がそれをみて相手しろって言ってきて相手したら、予想以上に成長してて、油断してた私は一本とられちゃってね」


「あの時は初めて薫から一本先取できてマジ嬉しかったわ」


「あれで余計に私の練習に磨きにかかったんだから」


「それも知ってる」


 笑いながら話は絶えなかった。篤史が私を主将に推してきたときの話や彼が高一の終わりに失恋して練習に精が入ってなくてそれに私が一喝入れたときの話、私の伸びがいまいちよくないときに相談のってくれたときの話、たくさん話した。

 話し尽くしてお互い自分の席でだらーんとしていた。その間沈黙が続いた。


「……卒業しちゃうね、私たち」


 先に沈黙を破ったのは私のほうであった。


「だなー。正直あっという間すぎて名残惜しいな」


「私もだよ」


 私は自席から立ち上がって、窓の外に映る早咲きの桜に見とれながら言った。


「なぁ」


 そんな矢先、彼は一つ質問を私に向けてきた。


「一昨日電話で言ってた話って何だったんだ?」


「……ああ、話、ね」


 わざとすっかり忘れてたような様子をかもし出す。私はなんとなく窓の鍵を開けて、桜を眺める。


「こんな朝早くからここにきたってことは、なんかあるんだろ?」


「うん」


 外から吹くそよ風が私のセミロングの髪をふわりと靡かせた。

 彼に背を向けたまま風によって運ばれてきた桜を見つめながら、右手を手元の淵に添える。


 言わなきゃ、ピリオドを打たなくちゃ――


 胸の奥底にそっと隠し持ってた感情を放たなくちゃ。わかってる。結果を恐れるな、私。言わなきゃ、一生悔いが残る。それだけは、それだけは嫌だ。


「……かお」


「私っ」


 彼の言葉を遮るように私は声を張る。言うんだ、今。片想い、おしまいにするんだ。そして私は体ごと彼のほうに向ける。本気ので彼と視線を交わす。

 そして口を開く。




「私、ずっと篤史のことが好きだったよ」






 言えた。ようやく。二年以上見せなかった恋心を曝け出した。とにかく結果なんて気にしない。私は今まで彼に見せた笑顔の中で一番の笑みを見せた。


「え、え…?」


 篤史は自分の頬を思いっきり引っ張っていた。手を離し、痛いと小言を呟いてもいた。


「……篤史?」


 ただ衝撃的だったのか思わぬ発言で驚愕したのかわからないが、その場で唖然としていた。

 それが一分も続くため、流石に私は心配になって彼の方へ歩み寄ろうとする。が、その前に向こうから近づいてきた。

 距離が30cmくらいになったあたりだろうか。彼は大きな両手で私の肩をガシッと掴んで……


「これは、夢……じゃないよな?」


 何をいうのか、彼はちょっとあほっぽい台詞を言う。それに思わず私はフフッと笑ってしまっていた。


「夢だったら私が困っちゃうよ」


「だよ、な」


 そして彼はゆっくりその場にしゃがみこむ。あーとかうわーとかいいながら左手で自分の黒髪をクシャクシャとさせる。


「……ちょっと」


「へ?」


 私が返事をしてる間に篤史は私の左腕を引っ張り、流れに身を任せていた私はいつの間にか彼に抱き寄せられていた。


「え、えええ??」


 再び私は焦る。しかしこの焦りは先ほどの見られてたということに関しての驚きとはまるで次元が違う。

 抱きしめられている。ぎゅっと強く、彼に抱擁されていた。


「……一回しか言わないから、よく聞いておけ」


 パニックを起こしていた私はうんと一言言うこともできず、ただ何度も首を縦に振り続けた。


「……高一の終わりに失恋して一喝されてから気になって、先輩たち引退してから副将としてお前をずっと見てて…。俺らが引退して教室でしか会わなくなっても、いつもお前を目で追ってて、いつの間にか俺は惹かれてた」


「……」


「気づいたのが遅くてさ、いつ言えばいいのかわからなくてさ、志望校受かってから何度も言おうとタイミングとか色々考えてたら、いつの間にか今日を迎えちゃってさ。正直、さっきも話しながらいつ言おうか考えてた。でも情けないことに先を越されてさ」


 抱擁が解けないため顔は見えないが、彼は今苦笑しているのだろうか。後に、男なのに情けないよなぁなんてことも言ってきた。


「まぁ、前置きは長かったが……」


 抱擁が解かれたときは、彼の瞳は本気の色をしていた。


「先越されたけど言わせてくれ。俺は薫が好きだ」


 彼の声色は今までで一番凛々しく、男らしかった。


「だから、俺と……付き合って、くれないか」


 言葉を詰まらせながら言われた彼の精一杯の気持ち。それに私はもちろんはいと応答する。そして私たちは再び抱き合う。





「あ、そういえば朗報」


 いつもの声色に戻った篤史は何かを思い出したかのように呟く。それに私はただ?マークを頭に浮かべて首を傾げる。


「俺、ギリギリ薫と同じ難関大学受かった」


「!! それってつまり……」


「おう、大学も一緒だ」


 ニッと笑う彼の言葉に、いつの間にか私は涙して、抱きついていた。


「これからは主将副将じゃなくて、としてよろしくな、薫」


「うん……!!」


 そして私たちは優しく唇を重ね合わせる。



 さよなら片想い、そしてこんにちは両想い。

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