六
秋が深まると、お姉ちゃんはほとんど外へ遊びに行かなくなった。
もしかしたら私が夏の終わりにあんなことを隆一お兄ちゃんに言っちゃったからなのかな。そんなことを言うと、お姉ちゃんは違うわ、あなたは気にしなくていいことよ、とだけ言って、ぎゅっと私を抱きしめてくれた。
ねぇ、お姉ちゃん。隆一お兄ちゃんのこと、今でも好き?
そう私が尋ねると、お姉ちゃんは目を細めながら、好きよ、と笑って答えた。
私とどっちが好きって意地悪なことを聞いてみたら、二人とも好きだわ、と答えた。
私はその答えに満足していたけれど、お姉ちゃんは最後に小さな声でこうつぶやいていた。
……あの人のことを言えないわね、って。
「お、由希ちゃんじゃないか」
ある秋の日の小学校からの帰り道。向こうから見知った人が来たと思ったら、隆一お兄ちゃんだった。
「隆一お兄ちゃん」
「久しぶりだね、元気にしてた?」
「うん。ねぇ、お兄ちゃん。学校でお姉ちゃんは元気にしてる?」
間を空けずに私はお姉ちゃんのことをたずねていた。
隆一お兄ちゃんの表情が硬くなったような気がした。
「そうだね。茉梨お姉ちゃんは元気だよ」
嘘だ。
このときまで人を疑うことを知らなかった私だけど、このときはなんとなくそんな気がした。
「……ほんと?」
「本当本当」
「それじゃ……」
一度言葉をぐっと飲み込む。
「それじゃ……隆一お兄ちゃんは、お姉ちゃんのこと、好きですか」
しばらく隆一お兄ちゃんは黙ってから。
「……好きだよ」
そう答えた。
「それならいいんだ」
このときの私はこう答えるしかなかった。だってお姉ちゃんと隆一お兄ちゃんが抱えていた問題について全く気づいていなかったから。
二学期の終業式の前の日。
突然、両親から引越しすることを告げられた。
あまりにも急な話で、そのときは学校の友達と別れるのが寂しくて泣いた。次の日の学校でもずっと泣きっぱなしだった。
自分のことで精一杯だったけど、それでもお姉ちゃんのことが気になった。
この頃になると、お姉ちゃんは家に帰ってくるとすぐ布団に入ることが多くなった。子供ながらに、お姉ちゃんの体調があまり良くないことは薄々察していた。
これは後で知った話だが、お姉ちゃんは学校に行っている間はずっと我慢して体のどこにも異常がないように振舞っていたらしい。体調が悪いことを誰にも悟られたくなかったのだろうけど、今思うと凄い精神力だなと感服するばかりだ。
「お姉ちゃん」
お姉ちゃんの部屋に入ると、お姉ちゃんは布団から起き上がって笑顔で出迎えてくれた。どんなに体調が悪いときでも、私を見れば、お姉ちゃんは笑ってくれた。
「由希……どうしたの?」
私はお姉ちゃんに駆け寄る。いつもしてくれたように、お姉ちゃんはぎゅっと私を抱きしめてくれた。
「お姉ちゃんは……いいの?」
「引越しのこと?」
「うん」
「そうね……」
どこまでもお姉ちゃんの声は優しかった。
今思うとこのときのお姉ちゃんも無理をしていたのかなって思う。本当は辛かっただろうに。
「引越しは私のわがままよ。私の体が……こんなのだから」
「うん」
「転勤までしてもらって、お父さんには迷惑をかけたと思っているわ」
こんなときでもお姉ちゃんは泣き言を言わない。
「でも……」
「でも?」
「隆一お兄ちゃんは……」
お姉ちゃんが寝込んでから隆一お兄ちゃんはうちに来ることはなくなっていた。
もしかしたらお姉ちゃんと隆一お兄ちゃんは喧嘩しちゃったのかな、ってこのときは思っていた。
「そうね……」
お姉ちゃんは目を閉じた。
「お姉ちゃん?」
「好きよ。隆一のことはずっと、ずっと好き」
お姉ちゃんの体は震えていた。
「好きだけど……でも、お別れよ」
「好きだけど別れちゃうの?」
「そうよ。由希だって、お引越しするから、友達とはバイバイするでしょう。それと同じよ」
バイバイと言われてまた少し悲しさがこみ上げてきた。
また自分のことで頭がいっぱいになって、また涙が出てきて、私はお姉ちゃんの腕の中で泣いた。
「由希にも迷惑をかけたわね。ごめんね」
お姉ちゃんがこの後ぽつりとつぶやいた一言を私は聞き逃しはしなかったけれど、その意味を考えることまではできなかった。
「隆一とは……お別れなのよ。今生では、もう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます