IFルート・カイン編~ココアと寒がりさん~

「あ~……、寒ぃ」


「カインさん、そう言うなら、術で寒くないようにすればいいじゃないですか」


 真っ暗闇に包まれた部屋の中、暖炉の優しい灯りに照らされながら、私は背後からカインさんに抱き締められる形で毛布に包まれていた。

 ここ数日、気候が安定しているウォルヴァンシアに訪れた短期間の銀世界。

 そのせいか、気温は下がり、寒さに弱いというカインさんは暖炉の前に座りっぱなしだ。しかも、毎日私の部屋まで連れに来ては、自分の部屋に引き摺り込み、こうやって二人一緒に暖炉の火にあたる羽目になっている。

 術を使えば、こんな寒さはすぐに消えてなくなるというのに……。

 カインさんは寒さを我慢して、暖炉の前にばかりいる。


「別に術を使うほどじゃねぇよ……。それより、お前が淹れてくれたココア、取ってくれるか?」


「でも、寒い寒いって言っているじゃないですか。……はい、どうぞ」


 淹れておいた熱いココア入りのマグカップをトレイから持ち上げ、カインさんに手渡す。私も自分の分を両手に持って、その甘い香りのするそれを口に含んだ。


「美味しい……」


 ココアの味を楽しんでいると、トレイの方にカップを戻してくれとカインさんに頼まれ、あまり減っていないそれを移動させた。


「もういいんですか?」


「あぁ。せっかく淹れてくれたお前には悪いが、ちょっと今の俺には、甘すぎる」


「そうですか? ほど良い甘さだと思うんですけど……カインさん?」


 両手が空いたカインさんが、カップを持っている私の両手にその大きな温もりを寄り添わせ、私の首筋の左側に顔を潜り込ませてきた。

 ふぅ……と、肌を擽ったのは、カインさんの少し熱い吐息。


「術で身体の調整を楽にしちまうと……、こういう楽しみ方も出来ないだろ?」


「はい?」


 私の頬に自分の頬をすりすりと擦りつけ、幸せそうにまた吐息を零すカインさん。

 ……まさか、カインさんが寒さを我慢してこんな事をやっているのは。


「カインさん、……私とこうする為に我慢していたわけですか?」


「いやぁ、この前王宮図書館で読んだ本によ、雪山で遭難した男女が一緒に毛布で包まって、こんな風にお互いの身体を温め合うってのを見てさ。これは使えるな~と」


「なっ……」


「都合よく雪も降ったし、お前を他国に連れてって状況を作る必要もなくなったし、はぁ~……、寒さは苦手だが、お前とこうしてられるなら、悪くない、ってな」


 そんな事の為に、苦手な寒さを我慢して術を使わないなんて……。

 何を子供っぽい事をしているのだか、と思わないでもなかったけれど、カインさんと一緒にこうやっているのは嫌ではない。

 むしろ、ずっとこうしていたいような気になってくるので、仕方ないなぁと苦笑を零す。


「風邪引いても知りませんからね?」


「そうなったら、お前が俺に付きっきりで看病な?」


「駄目です。私は最初に術を使うように言っておいたんですから、これでカインさんが風邪を引いても自業自得です。ルイヴェルさんに頼んで、苦~いお薬を用意して貰いますから。ついでに、看病もしません」


「何でそうなるんだよ!! 普通、風邪を引いて弱ってる恋人を献身的に看病するのがデフォだろ!!」


 私がつれなくプイッと横を向き、冷たく却下の言葉を口にすると、カインさんが顔を後ろに引き、がうっと噛み付くように怒鳴った。


「それは、気を付けていて、結果的に風邪を引いた恋人に対する対応です!! はぁ……、この数日間、カインさんにこうされてばかりだったから、自分の時間が全くなかったんですよ? 少しは反省してください」


「寒いんだから仕方ねぇだろうが!!」


「じゃあ、術を使ってくださいと言っているじゃないですか!!」


「そうしたら、お前がどっかに行っちまうだろうが!!」


「一体どれだけの時間、私と一緒にいたいんですか!!」


「ずっとに決まってんだろ!!」


 ……どうしよう、この史上最大級の甘えん坊皇子様。

 普段はここまで言わないのに、むしろ、互いの時間を大事にしているし、カインさんだって、すぐにどこかへと姿を消し、遊びにだって行っている。

 なのに……、何故かここ数日の甘えようが半端ない。


(そういえば、最近、あまりカインさんと一緒にいられなかったような……)


 お父さんであるイリューヴェル皇帝さんと、その奥さんである皇妃様、つまり、カインさんのお母さんに呼ばれ、家族の時間を過ごす為に、二週間ほど彼は故郷へと戻っていた。

 さらに言えば、ウォルヴァンシアに戻って来てから、また二週間。

 今度は私の用事が忙しく、あまりカインさんとの時間をとる事が出来ていなかった。つまり……。


「こっちはな……、一ヶ月もお前と疎遠だったんだぞ?」


「……えーと」


 この多大なる甘えように、合点がいきました。

 私の肩を掴んで、自分の方を向かせたカインさんが、……物凄く不機嫌そうに私を睨んでいる。

 どうやらこの竜の皇子様は、たった一ヶ月の期間が、相当に苦痛だった模様。

 そのせいで、私との時間を取り戻すように愛情と温もりの補充にかかったわけ、なのね。


「カインさんって……、意外に、寂しがり屋さんですよね」


「お前は随分と平気そうだな? あれか? 俺と離れてても、何とも思わなかったわけか?」


 そして、また面倒な事に……拗ね始めた。

 私だって、カインさんに会えない間は寂しくて、イリューヴェル皇国から帰って来るのを心待ちにしていた。

 だけど、……彼ほどには寂しさのゲージが限界を突破していなかったのが、本音なわけで。

 その温度差を感じてしまったのか、カインさんが苛立ったように立ち上がり、部屋の入り口である扉に向かう。

 扉をバン!! と荒々しい音を立てて開き、その直後、ポン!! と、ミニ竜仕様に変身してしまった。

 去り際に、私をキッ! と、涙ぐみながら睨んだかと思うと、そのまま猛ダッシュで逃亡……。

 その両翼で飛ぶんじゃなくて……走っていった。

 暖炉の前で呆然とそれを見送っていた私は、ポリポリと頬を掻き、……どうしよう、と、視線を泳がせてしまう。


「う~ん……、カインさんって、やっぱり、寂しさを感じやすい、の、かなぁ」


 彼の育ってきた境遇を思えば当然だったのかもしれない。

 だけど、まさか涙ぐんで睨み付けて拗ねる程に寂しがっていたなんて……。

 ちょっと悪い事をしたかもしれない。

 私は少しだけ心の中で反省すると、暖炉の火を消し、ミニ竜姿のカインさんの後を追いかけて行ったのだった。


 ――その後、王宮内の森の奥にある小さな図書館に引き籠もったカインさんを慰めて機嫌を直して貰うのに、三時間ほどかかった上、その日の夜は償いとばかりに、カインさんに抱き締められながら眠る事になったのでした

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