歪んだ日常の果て~カイン視点~
※イリューヴェル皇国第三皇子、カインの視点でお送りします。
ウォルヴァンシア王国に向かう少し前のお話です。
この世に生まれ落ちてから数十年……。
俺の心に常にあったのは、何故自分は『三番目』だったのか、何故、生まれてしまったのか……。
考えて何が変わるでもない疑問と悔しさを噛み締めながら、俺は生きてきた。
北の大国、イリューヴェル皇国皇帝の正妃の子と言えば聞こえはいいが……、その立場で幸せだと思えた事は、一度もない。
むしろ、何のしがらみもない、ただの民の一人として生まれたかったというのが本音だ。
先に生まれた、出来の良い兄貴達……、望まれた存在は、俺が生まれる前から
「おやおや、カイン皇子ではありませんか。相変わらず不摂生な生活をされているようですなぁ」
一晩遊んだ女の所から皇宮に戻った早朝、俺を嫌味ったらしく呼び止めたのは第一皇子派の貴族のおっさんだった。
まぁ、おっさんっつっても、人間以外の種族は寿命も半端ねぇし、見かけは三十代の人間のそれなんだけどな。けどやっぱり、腹でけぇ……。テメェの方が不摂生全開だろうが。
「別に構わねぇだろ? ろくでなしの三男がどこで誰と何をしてようがな」
嫌味には嫌味で返す。俺が皮肉めいた笑みでそう言ってやれば、おっさんはわかりやすい大げさな態度で溜息を吐いてみせると、お決まりの文句をぶつけてきやがった。
「確かに貴方様は、他の御兄弟とは比べるべくもなく……、陛下の悩みの種となっておられます。ですが、一応は……、この誇り高きイリューヴェル皇家のお血筋に連なる者。少しはその立場をわきまえて頂きませんと」
「ふあぁぁ……、毎度飽きねぇもんだなぁ。お忙しい貴族のアンタの貴重な時間が無駄に終わっちまうぜ?」
「いえいえ、我らが貴き陛下の御許で不測の事態が起きぬ様、目を配る必要がありますからな」
うぜぇ……。
俺の姿を見かけたら一も二もなくとっ捕まえて貶し落としてぇだけだろうが。
誇り高きイリューヴェルの忠臣とかよく口にしてやがるが、その程度の浅さと下種の代表みてぇな嫌味のオンパレードには飽き飽きしてんだよ。
はぁ……、やっぱ、もうちょっと女の所で寝とくんだったな。
「まぁ、好きに言っとけよ。その内、親父が俺に追放命令でも出す事を期待してな?」
相手をする気はないと背を向けて歩き出すと、背後で下種の舌打ちが聞こえた。
互いに足音を遠ざけながら、やがて、俺は少しだけ後ろを振り返る。
別に俺なんかに構わねぇでも、次期皇帝は兄貴達のどっちかだろうが……。
このイリューヴェル皇国だけでなく、他国にまで響き渡っている俺の悪評は相当のもんだ。
たまに他国から来た商人や女達が口にする事がある自分の評判に、大して思う事はない。
周囲からどう思われようが、見も知らねぇ奴らの中でどう自分が評されようが……。
「面倒くせ……」
それは、自分を含む全てへの正直な思いだった。
第三皇子の立場も、俺を疎みながらもイリューヴェル皇家の、親父の顔を潰すなと嫌味を飛ばしてくる奴らも、兄貴達も、何もかも……。
不必要な存在なら、さっさと追い出せばいい。
俺だって、一日も早く……、この国から飛び出したいと、そう思ってる。
それなのに、皇帝である親父は俺を手放そうとはしやがらない。
(他国で問題起こさねぇかって、そっちを心配しまくってんだろうけどな……)
お陰で俺は、イリューヴェルというだだっ広い鳥籠の中でしか生きられない。
どこにいても、親父の目が、イリューヴェル皇家の監視の目が、俺を縛り続ける。
俺の身に刻まれた、悪趣味で強力な術のせいで……。
お陰でどこにいても、親父が呼び出しをかけてくれば、俺はそれに絶対服従で身体が強制転送される仕組みにまでなっている。
最早、術というよりも呪いだな……。
「――ふぅ」
部屋に戻った俺は、上着を適当に脱ぎ捨てて寝台にダイブした。
何日留守にしてても、女官達が几帳面に部屋の手入れをしている事が丸わかりだ。
まぁ、一応は俺も皇子だしな……。その部屋を放置ってわけにはいかねぇんだろ。
「昼まで寝るか……」
別に、遊んだ女の所で過ごしても良かったんだが……、昨夜相手をしてやった女は、あまり俺の好みじゃなかった。
化粧も濃かったし、俺に対する声音は男に媚びる要素の強い猫撫で声。
俺に声をかけてきたのも、イリューヴェル皇家の皇子だったからだ。
どんなに悪評のある皇子でも、寵愛を得られれば甘い蜜が啜れるとでも思ったんだろうな。
断ってもしつこい女だったから相手をしたが、ハズレはハズレ。
最初の印象通り、寝台の中でもあまり乗り気になれず、女のあからさまな反応に萎えかけた。
だが、皇子の俺を求める下心大ありのこの女と、一晩の暇潰しで適当に相手をする自分を、あぁ、同じようなもんだなと、最中に零れたのは、――自嘲の笑み。
俺が抱いたその女も、自分なりの幸せってやつを求めて俺に縋ったんだろう。
まぁ、応えてやる事は出来ねぇが……、慰め合う事は出来たのかもしれない。
互いに抱く欲をぶつけ合い、一夜だけの夢を見る。
その時だけは、何もかもを忘れる。だから、……俺は女の肌に救いを求める。
自分でも馬鹿みてぇな事やってるな、とは思うが、それでもやめられない。
この面倒で投げ捨てたい日常の中で、まぁまぁ面白ぇと思える遊びのひとつだからな……。
きっと、この先もずっとこうだ。適当に気に入った女と寝て、その辺で遊んで、無意味に時を過ごしていく。
いや、もしかしたら……、差し向けられてくる刺客に消される未来も、あり得るかもな。
「面倒くせぇ……」
口癖になったこの台詞も、聞き飽きたし、言い飽きた。
「いっそ……、死んじまった方がマシかもな」
簡単だ。何もせずに刺客の手にかかればいい。
だが、結局はいつも生き残る……。それが俺の望みなのか、本能からくる生への執着なのか。
そんな自分の不甲斐なさにも、そろそろ飽きてきた。
俺の種族的な寿命は相当に長い。それが尽きるまでこんな日々を過ごすのか?
何も変えられず、ただ腐っていくだけの自分を、このまま惨めに生き永らえさせるのか?
「はぁ……」
――それから、すぐの事だった。
イリューヴェル皇帝である親父から呼び出され、遠く離れた他国へ行けと告げられたのは。
狼王族が集う、気候が安定し過ごしやすい王国、ウォルヴァンシア。
そこで一ヶ月、他国の地について学んで来いと命じられた俺は、当然の事ながら……、拒絶も逃亡も許されなかった。
イリューヴェルを出られるのは正直有難かったが、親父の命令ってのが気に食わなかったんだろうな……。一応の反抗ってやつは恒例のようにやったが、最後は結局親父の思い通り。
けど……、その通りにして正解だったんだろうな。
腐り続けていたどうしようもない人生を吹っ飛ばすような、そんな出会いが……、俺を待っていたんだからよ。
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