この手に掴むもう一度の奇跡~ルイヴェル視点~
※ウォルヴァンシア王国、王宮医師、ルイヴェル視点の独白です。
幸希が戻ってくる少し前の彼の心の内。
――もう一度、この手に出来る幸福を……、俺は夢ではないかと自身に問うた。
失った小さな重みと、愛しいと思える温もり。
あの幼子を失ってから、過ぎ去ってゆく日々が妙に長く思えた。
心の奥底に沈んだ傷が錘となっているかのように留まり、それは今も続いている……。
ウォルヴァンシア王国の王兄、ユーディス殿下の愛娘。
俺にとっては、忠誠を尽くし、仕える対象でしかないはずだった……。
あの幼い子供は、人の手を焼かせるのが得意で……、表情が面白い程に素直で。
(相手をしてやるのは……、嫌いでは、なかったな)
それどころか、あれが戻って来る度に……、柄にもなく、心が浮き立つ事もあった。
時の流れで考えれば、ほんの数年関わった程度の相手。
子供など幾らでも城下に溢れているというのに、何故あの子供だけが俺にとっての特別となったのか。今でもそれはよくわからない。
ただ……、あの子供を、ユキを構えない日々は……、あまりにも退屈で。
最後に見た幼子の顔は、自分に対する怯えと戸惑いだった。
命じられるままに、本人には告げず……、魔力と記憶を封じたあの日。
それがユキの為になると、そうわかっていながらも、俺はユーディス殿下を憎んだ。
向こうの世界で生きさせると言うのなら、何故最初からそうしなかった?
中途半端に俺達の日常を乱し、……忘れられない相手になどするな。
たかが子供一人……、たかが、子供、……一人。
大抵の事には諦めも納得もする性格だと自身を分析していたはずだが、あの件は相当に堪えた。
最後にあんな顔をさせてしまった事も、原因のひとつかもしれないが。
……幼子への仕事を済ませた後、ユキの母親から渡されたそれを見た時には、あんな冷たい態度で突き放すのではないと、そう後悔した。
だが、どれだけの後悔と悲しみを胸に抱こうと、あの日をもう一度とはいかない。
いや、塗り替える気であれば……、俺はきっと、ユーディス殿下やレイフィード陛下を裏切っていたかもしれないな。
あの日のやり直しは出来ない。だが、新しく始められる機会が訪れた。
向こうの世界で成人の儀を終えた幼子の身に降りかかった不幸……。
俺達にとっては幸福の報せ、だったのかもしれないが……、かつての幼子の身になって考えれば、哀れな突然の凶事としか言い様がない。
レイフィード陛下の話によれば、将来は子供を相手にする教師的な職を目指していたという話だ。
友人も多く、幸せな境遇に身をおいていた娘……。
それを全て捨てて、このエリュセードへと帰ってくる。
いや、記憶を封じられているあれからすれば、帰る、という表現は的確ではないな。
見知らぬ地への移住。ユキの覚えている記憶の中に……、俺達はいない。
(それでも……、この身に舞い降りた奇跡に、感謝すべき、か)
二度と会えないよりはずっとマシだ。
もう一度、今度はずっと……、この地で共に時を過ごす事が出来る。
もう一度、あれの隣に寄り添える日が……。
(悲しみを抱いて戻ってくるお前に……、今度こそ俺は、自分の心を偽らずにこの手を差し伸べよう)
あの日の悲しみごと、お前の心を救い上げてやれるように……。
胸に残る小さな痛みを抱きながら、俺は星々の煌めく夜空へと手を伸ばした。
この手に失った温もりを取り戻せるまで……、あと、少し。
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