おつかいをしよう!


「はい、この袋に買ったものを入れてきてね。お金もその中に入っているから、なくしちゃダメよ」

「はーいっ!」

「はーいっ」


おばさんから『|おてつだい(クエスト)』の説明を受けた。

エコバックを俺が受け取り、るなと手をつないで仲良く出発する。

このゲームは自由度が高く、保育園を出て街に行っても問題はない。ただし幼女の足なので、他の公園とかに行くのはちょっと遠いのだ。

今回俺たちが向かうのは、保育所の近くにある商店街の八百屋さんだ。歩いてだいたい15分ぐらいらしい。そうじゃなきゃ子どもにお使いなんて頼まないか。

とことこてくてく。

普段自分が見ている街並みよりも、大きな街並みの中を、るなと手をつないで歩く。

るなは反対の手に、どこから拾ってきたのか木の枝を持っていた。ふんふんと鼻歌を歌いご機嫌だ。

俺の頭の中にテレビでやっていた音楽が流れる。


ドーレミファーソラシドー


有名な子どもがお使いする番組の音楽だ。俺たちがお使いしている側なんだが。

「あっ!」っとるなが何か見つけたようで、俺の手を離して走り出す。慌てて俺も追いかけた。

着いたのは狭い路地で、一応道順としては正しいものだ。歩道と車道の間に段差は無く、白線で区切られている。


「これ、おちたらしんじゃうからね!」


と言ってその白線の上を、よろよろと綱渡りをするるな。

俺も恐る恐るその後をついて行く。

よろよろとたとた。

そーっとそーっと、落ちないように慎重に白線の上を歩いた。別に落ちても死なないのに、その時は何故か死んでしまうと思ったからだ。

るなは両手を広げてバランスをとりながら先を進んでいる。俺もゆっくりとるなの後を追っていく。

その時だった。


「がうっ!がるるるる!」


と塀越しに犬が吠える声と唸り声が聞こえてきた。こちらの気配を察知してなのか、何か別のものを見つけてなのかはわからないけれど、急に吠え出した。鎖が引っ張られてがちゃんがちゃんと音がする。

るながびっくりして飛び跳ねて白線から落ちた。特に死んだりはしていない。へたり込んではいたけど。

俺もその場にしゃがみこんで動けなくなった。とにかく怖かった。

がうっ!がうっ!と犬が吠えている。それが凶悪なモンスターの鳴き声にも聞こえてきた。

その場にしゃがんで動けなくなった俺を、誰かが引っ張っていってくれた。急に引っ張られたので転びそうになったけれど、なんとかついていった。

引っ張ったのは誰でもないるなだった。

るなも怖かったのだろう、目には大粒の涙が浮かんでいる。

犬の声が聞こえなくなったところで、ぜぇぜぇと息を切らせながら休んだ。

安心したら、急に涙が出てきた。

ぽろぽろ、ぽろぽろ。

目をぐしぐしと擦っても涙は止まらない。

気がつけばるなも泣いている。お互いが泣いていると、もう歯止めが利かなかった。

2人で抱き合って、大声で泣いた。


「ぐしゅ、こあかったよぉぉ!」

「るにゃぁぁ!ひっく、うえぇぇん!」


しばらく泣いた後、るなが「ふっかーつ!」と声をあげた。虚勢を張っているようにも聞こえたけれど、それでも頼りになりそうだった。

俺はまだぐしゅぐしゅしていたけれど、るなに手を引かれて歩いているうちに大丈夫になった。

また2人で手をつないで歩いた。今度は離さないように、ぎゅーっとつないだ。

目の前に横断歩道が見えてきた。これを渡れば商店街はすぐそこだ。信号は青になっている。

大人になった今はまず間違いなくすることはないのだけれど、今はそうするのが自然だというように、俺とるなは手を繋いでいなほうの手を、ぴーんと天高く伸ばした。

右見て、左見て、もう一回右を見て。

それから横断歩道を渡った。

不自然なくらい車がこなかったので、特に危険もなく渡ることができそうだ。

俺が普通に渡ろうとすると、るなが不自然な歩幅で横断歩道を渡り出した。

よく見れば、白い所しか踏んでいなかった。

それに気がつくと、るなはにっこり笑った。


「はやくわたらないとくるまがくるからいそいで!」


珍しく、俺がるなを引っ張って、横断歩道を渡りきった。


商店街に入ると、色々な店がひしめき合っている。

魚屋に肉屋なんかは「らっしゃい!らっしゃい!」と大声で叫んでいる。大きな声を聞くと、この身体はびくっ!っとなるのであんまり大声を出さないでほしい。

総菜屋さんの揚げ物の匂いがすごくいい匂いをしているけれど、今はお使いの最中である。「ころっけー」とふらふら歩いていきそうなるなを引っ張って八百屋さんに向かう。

八百屋さんにつくと、「いらっしゃい」と優しく出迎えてくれた。


「えっと、りんご、ください!」


そう言ってエコバックを差し出した。

八百屋さんはその中を見ると、ちょっとまっててと言って、中からお金を取り出して、りんごをエコバックに詰めていった。


「はい、重たいけど大丈夫かい?」

「だいじょうぶ!」


とるなが元気に返事をする。

エコバックの取っ手を2人で片方ずつ持っているから、そんなに重たくはない。

八百屋のおじさんは、俺たちに手を出すように言うと、ぷにぷにの手のひらに飴を置いた。


「お手伝いしている偉い子にサービスだ」

「ありがとうございましゅ!」


……最後に噛んだけれど、ちゃんとお礼は言った。

重たくなったエコバックを2人で持って、よたよたと歩いて保育園に戻っていく。

もらった飴はリンゴ味で、VRの中とは思えないほど味覚がしっかりしていて、甘くて美味しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る