おてつだいをしよう!
「よぉ」
「……おっす」
初めて『ようじょ・はーと・おんらいん』にログインしたその翌日。会社の昼休憩に、月本と顔を会わせた。
お互いの顔をまじまじと見る。……一部の女子が見たらあらぬ誤解を受けそうだ。何かとは言わないが。
数秒見合った後、お互いに思っていたことをつぶやく。
「この強面男があの恥ずかしがり屋の女の子の中身だと思うとなぁ」
「このチャラ男があの元気な女の子の中身だと思うとなぁ」
お互いに言って、ふざけんなクソと罵り合ってから、黙々と飯を食った。
普段であればもう少し雑談もするのだけれど、昨日のことがちょっぴり恥ずかしく、お互い事故になりかねないので、何も言えなかった。
飯を食い終えた月本が話しかけてくる。
「今日もインするか?」
「……あぁ。悔しいけど、ちょっと面白かった」
そう。面白かった。あのちっこい身体で、滑り台を滑って、友達と手をつないで遊んで、というのが、大人になった今の気持ちとはかけ離れた行為が新鮮で、確かに面白かったのだ。
だから、今日もインしようと思う。
「じゃあ、また10時くらいか?」
「家帰って飯食ってからだから、それぐらいだな」
「おっし、じゃあ今日はクエストやるか」
「クエスト?」
クエスト、というあのゲームに似合わない単語が出てきて、俺はぎょっとした。
「まぁ、詳しいことはメールで送るから。とりあえず、仕事を片付けちまおうぜ」
「そうだな」
めんどくせーと、頭をボリボリと掻きながら、月本は仕事に戻っていった。
俺も、ほんのちょっと夜のことを楽しみにしつつ、仕事に戻っていった。
ーーーーーー
「それで、どこにいくの?」
仕事を終えて家に帰ってきた俺は、さっそくドリームギアを起動し、『ようじょ・はーと・ おんらいん』にログインする。
月本、もといるなもすでにログインしていて、きゃいきゃいと手を取り合って合流した。……昼間の悪態を付き合っていたのが嘘のようである。
それから、相変わらずのたどたどしい、舌ったらずな話し方で、俺の手を引くるなに話しかける。
「あそこ!」
そう言ってるなが指差す先には、保育園の中の施設があった。
保育園の中にるなに手を引かれて入っていく。どうやら建物の中では靴を脱がないといけないらしい。本当に、よく凝ったゲームである。
るながしゃがんで靴を持つ。
俺は普段と同じように、腰だけ曲げて靴を取ろうとした。
「ちょっ!ひなちゃん!ぱんつ!ぱんつ!」
俺はハッとして、その場にしゃがみこんだ。周りには幼女しかいないはずなのに、パンツを見られたかもしれないと思うと恥ずかしくてたまらなかった。ちょっと涙目にもなった。
「もー、ちゃんとちゅういしなきゃだめでしょー」
「だってぇ……」
そりゃあ普段はスカートなんて間違ってもはいたことはない。間違えようがない。
だから、この失態は仕方がないはずなのだ。
それなのに、なぜか泣きそうになるのを抑えることができない。よくできた感情モジュールだ。まるで、俺自身が本当に幼女になってしまったような錯覚に陥ってしまう。
そんな俺を、るながよしよしと頭を撫でて慰めてくれた後、優しく手を引っ張っていってくれる。なんか、ちょっとお姉さんって感じだ。まったくの同期で同い年のはずなのになんでだろうな。
連れてこられたのは、給食室とでも言えばいいのだろうか、おばさんのNPCがなにか料理を作っている場所だった。当然それらもこの身体から見ればとても大きなものに感じる。
「おばさん!なにかおてつだいありますか!」
るなが元気よくNPCのおばさんに話しかけた。俺はそんなるなの後ろに隠れて、顔だけをひょっこりとのぞかせた。
おばさんはにっこりと優しく微笑むと、
「そうだねぇ、それじゃああそこのお皿をこの布巾で拭いてもらおうかねぇ」
と言って、テーブルの上を指差した。
それと同時に、目の前に『おてつだいをしますか?』というシステムウィンドウが表示される。
突然だったので、俺は小さく「わわっ」と両手で口元を抑えるようにして驚いた。どうにも、仕草まで幼女のそれになってしまっている。
このゲームは幼児体験をして遊びまわるというのが主な目的なので、本当にプレイヤーが自由に動き回れるゲームなのだけれど、このクエスト、まぁ『おてつだい』が発生することがある。
それは、先ほどのるなのようにNPCに話しかけて自発的に発生させることもできるし、NPC側から話しかけられて発生する突発クエストの様なものもあるそうだ。
「『はい』をえらんだらおてつだいがはじまるよ。はやくやろっ」
「う、うんっ」
俺は恐る恐るシステムウィンドウにタッチして『はい』を選ぶ。るなはもうさっさと押してしまったらしい。
すると、視界の左上に『おてつだいちゅう』という表示がちらつく。見えなくなるように意識すると、すぅっと消えていった。
るなに手を引かれてテーブルの前に立つ。テーブルは今の俺たちの身体と丁度同じくらいの大きさで、そのままだと何にも見えない状態だ。おばさんが足元に台座を用意してくれる。その台座に乗ると、テーブルの上の皿が見えた。
10枚ぐらいだろうか、目の前に皿が積み重なっている。るなはさっそく、横にあった布巾で皿の水気を取っていく。
俺も、真似して皿を拭いた。
ふきふき。
ふきふき。
元々の自分の身体であればそんなに大きくない、中皿ぐらいの大きさでも、この身体だととても大きな皿に見える。
そんなお皿を、るなと2人でふきふきしていく。
ふきふき。
ふきふき。
ふと横を見れば、「たのしいね!」と言わんばかりに、るなが笑顔を見せてきた。俺もにっこりと笑い返す。
ただお皿を拭いているだけ。普段でも自分で飯を作ればやっている作業なのに、なんだか楽しくなってくる。
気がついたら全部のお皿が拭き終わっていた。おばさんがそれに気がつき、こちらへと近づいてくる。
「まーまー!偉いわねぇ。お手伝いができるなんて、本当偉いわぁ」
そう言うと、その大きな手で、俺とるなの頭を撫でた。幼女の身体には少し強い力だったけれど、どこか暖かさを感じる。
何かをやって褒められるなんていつ以来だろうか。
ここ最近は、仕事もうまくいかないことが多く、上司に怒鳴られてばかりだったと思う。
ただ皿を拭いただけでオーバーに褒められた。
でも、それがすごく嬉しかった。
撫でられた頭を両手で押さえて、えへへと笑っていると、いつの間にか左上のアイコンが出てきていて、『おてつだいせいこう!』に変わっている。
そのアイコンをタッチすると、
・おてつだいくりあー!
15ぺたがおくられました!
と表記される。
ぺたと言うのがこの世界でのお金になるらしい。
「おてつだいするとね、おかねがもらえて、そのおかねでふくとかがかえるんだよ!」
とるなが説明してくれた。
なるほど、こうやってお金を稼いで、自分のアバターに個性を出していくのか。
俺もるなも、今はまだ初期装備のスモックにスカートだ。
そう考えると、もっとこのお手伝いをしたくなってくる。
「あら、乳幼児用のリンゴがないわ。……丁度いいわ。あなたたちに、お使いに行ってきてもらおうかしら」
奥にいた別のおばさんがそう言うと、再びシステムウィンドウが表示される。
俺はるなと顔を見合わせると、せーので『はい』を押した。
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